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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第一部
22/81

第22話 プラネタリウムー2

 

 それからというもの一体どのくらい寝ていたのだろうか。

 何度も夢を繰り返し、その内容は覚えていない。昔のことを見ていたような気もするし、ゴキブリからひたすら逃げていたような気もする。

 いづれそれらが夢だと気づき、そして薄っすらと目を開ける。

 外は暗い。

 真夜中の星空の下、どうやらここで寝てしまっていたらしい。

 だが、一体なぜこんな場所で……。

 そうか、地上じゃなかった。

 プラネタリウムの中、脱出の最中。ここはまだ地底なのだ。

 徐々に意識がはっきりと戻ってきた。

 あれからどのくらい時間が経ったのか。クガマルが起こさないという事は、まだ3時間は経っていないのだろう。生憎時計は持っていない。時間など普段はスマートフォンで確認しているが、やはりこういうとき腕時計が欲しくなる。地上に戻ったら早速買うか。いや、その前に公安隊に捕まるんだった。

 

 もう少し寝ていよう。

 3時間は寝ていいと言われているのだし。丁度いい具合に景色も綺麗だ。

 この夜空はずっと見ていても全く飽きはしない。

 確かあれが、そう、シリウスとベテルギウスと、それと何だったか、忘れた。だがその1等星3つで冬の大三角というはずだ。えっと、そうそう、プロキオンだ。

 寝付く前までは、東の空低い場所にそれらがあった。で、今はというと大体南西くらいか。

 当たり前の事だが、こうして天体が回っていることにちょっとした感動を覚える。ましてや人工の夜空なのだからどのようにでもできるが、それでも地球が回っていて、夜があって朝が来るんだなと。

 そう言えば、これは何月の空なのだろう。

 冬の大三角が向こうのほうから、反対の空へと、一晩でぐるりと移動した。

 まぁ、冬の空なのかな。よくわからないが。

 一晩でぐるりと。 

 一晩で。


 おや。

 いやいや、まだ3時間経っていないのだから、まだ一晩じゃあない。

 たしか一時間あたりの天球の動きは、えっと、何度だった?

 太陽の動きを考えればいいだろう。あれはざっくりと12時間で東から出て西に沈む。つまり、東にあった三角が今南西にあるということは……。3時間、以上?

 ボス、起こすの忘れてる?

 そんな訳ないか。ここはプラネタリウム、天球の回る速度なんて好きなようにいじれる。深く考える必要はないんだ。

 二度寝するまで、ぼーとして、星の名前でも思い出していよう。

 さて、次の1等星を見つけよう。双子座のポルックス、これはプロキオンのすぐ上に……。


 ……待って。

 いまプロキオンが動いた。

 だが、そういう動きではない。

 地球の自転に伴う規則的な天体の動きではなく、ぐにゃりと一瞬その位置がおかしくなるような奇妙な動きだ。


 不思議に思い、他の天体も注意深く観察する。

 奇妙な動きをみせる星々が所々に見受けられた。やはりそれらも自転による動きではなく、まるで空間が歪んだような動き方だった。

 そういう仕掛けのあるプラネタリウムなのだろうか、いや、どういう仕掛けだ。聞いた事が無い。

 輝人はそれを不審がって座席を立ち上がった。


 何かがおかしい。

 

 と、次の瞬間だ。

 突如響き渡る大きな音。がしゃんがらがら、と。

 ホール中央付近で何かが壊れた。

 それと同時に高速で回転する天体。星々はぐるりぐるりと天を駆けまわり、そしてぴたりと停止した。

 またそれに続くよう、ぷつりと全てが闇に帰る。


「なななっ、何!?」


 投影機が破壊された。

 

 静まっていた心臓が、突然の出来事に、ばくんばくんと興奮しだした。

 寝ぼけていた頭もいっぺんに目覚める。

 脈打つ全身。

 危険が迫っている。

 

 輝人は慌ててカバンの中から重たいサーチライトを取り出した。

 真っ暗闇のドームの中、それを中央の投影機に向かって照射。

 本来の設置場所から転げた機械。それは床上に倒れ横になっており、機械の周囲には、何やら怪しいものがもぞもぞと動いている。

 触覚をふよふよと動かして、6本の足でその周囲を這いまわった。

 ゴキブリだ。

 大きさにしてクガマルより少し大きい程度。例の巨大ゴキブリ、ゴキゲーターとはサイズ的には異なる。

 小さな、と言っても犬くらいはあるだろうが、そのゴキブリ達が投影機に2匹ほどくっ付いている。

 

「んぅうっ。」


 一瞬大声が出そうになるのを何とか堪えることが出来た。

 何度見てもゴキブリや蚊には慣れないが、それでもここで声を上げてはまずいことはいい加減理解できている。

 冷静に、そして素早く行動することが重要だ。

 

 隣の席に置いた殺虫剤のボンベを背負い、防護マスクを装着。

 震える指先が、バンドを引っ張るのに時間をかけさせた。 

 一旦大きく息を吸い込んで落ち着かせる。

 少し大げさくらいにゆっくりと固定バンドを締めた。大丈夫、ちゃんとできる。


「ボ、ボス、起きて。ゴキブリが。」


 そして次に、停止しているクガマルを小声で起こす。

 が、ここで一つの異状に気が付いた。

 クガマルの充電ランプが光っていない。

 完全に沈黙したクガマルは暗く、体のどこの部分も光らせていない。

 その良くない予感に背中が寒くなった。


「ボ、ボス!! 起きて! ボス起きて!!」


 クガマルを持ち上げて揺するも、やはり沈黙を保ったまま何も反応を示さなかった。


「ボス……。」


 今まで感じていた違和感。

 それらは勘違いではなかったのだ。

 冬の大三角が大きく移動するまで目が覚めなかったのも、要はそういうことである。

 

 慌ててクガマルを座席に置いて、ライフル状の放射ノズルを両手にとったが、その拍子に一旦置いてあったサーチライトが床に落下。ライトの光が天井を照らした。

 青白く映し出されるドームの天井。

 一匹、二匹、三匹、四匹……、いやもっと沢山だ。

 多数のゴキブリ達が天井を這いまわっていた。


「ぬぅわああああああああ!!」


 その光景に我慢ならず思わず声を上げてしまうが、幸い防護マスクに遮断されて、そこまでの絶叫には至らなかった。

 しかしその瞬間に、そのゴキブリ達の触覚の動きはピタリと一斉に停止し、それは輝人の方に向けられた。

 

「くたばれええええ!!」


 メガキラー、放射開始。


 白い噴霧の薬剤放射を、天井に向かって掃くように振りかける。

 そうすると、ぼたりぼたりと天井から大量のゴキブリ達が死体となって落下した。まるでそれは雨かというばかりに床の方へと降り注ぐ。だが雨と言うにはいささか以上に大粒だ。

 

「それっ、そうりゃあああ!」

 

 しばらく上の方ばかりを集中的に殲滅。中には一匹、顔面めがけて降ってきた個体もあったが、叫びつつもぎりぎりの距離でこれを回避。あんなものに当たろうものなら、気持ち悪い以上に、その質量でこちらの首がどうかなってしまうだろう。

 

 と、その時感じる足の違和感。

 もそもそと、痛痒いような感触だ。

 そこから伝う凍りつくような全身の寒気、慌ててこれに飛び退いた。

 付近の床を這いまわるゴキブリが数匹、こちらに向かって這い寄ってくる。

 近くでみれば、どれもこれも羽の生えていない個体ばかり。

 だがそんな事は関係ない。羽があろうとなかろうと、殺虫すべきゴキブリには変わりないのだ。

 そう言うわけで床の方にもメガキラーを散布する。

 当たり前だが、これによる効果は絶大だ。相手のサイズが小さい事もあり、少しでも噴霧が触れればあっと言う間にひっくりかえっていった。

 問題なのは、こいつらミニゴキブリが一体何匹いるのかという事。

 もうかれこれ5分ほどは放射しているが、一向にこれらの数が減る気配はなかった。

 見上げれば天井を何匹もが這いまわっており、下を見れば何匹もが座席の下を潜って押し寄せる。少しでもこれらを仕損じれば、ミニゴキブリの波にのまれてしまうだろう。かと言って、床のゴキブリばかりに気を取られていると、上の方がなんだかとんでもない状況になってしまっている。

 いや待て。

 さっきから増えていないだろうか。

 先ほど見上げた天井は10数匹が動きまわっている程度だったが、今はどうだ、白いドームがゴキブリで黒くなっている。

 どこかは不明だが、どこかから湧いてきているに違いない。

 このまま位置を移動せずに、ひたすら殺虫剤をかけるだけでいいのか。 

 敵が押し寄せてくる方向は360度以上、すなわち上部を含んで立体的に囲まれているのだ。

 適当に薬を撒いておけばその内全滅するだろう。

 なんて、そんな考えは甘かった。

 殺す数より、増える数の方が若干多い。

 弾幕ならぬ殺虫剤幕は、気付けばどんどん後退し、頻繁に振り向いて円形に倒していかなければ、迫りくるゴキブリにあっという間に飲まれてしまう。

 

 このままではまずい。

 そう思った今頃には、退路を完全に断たれていた。

 やがて上空より一匹のゴキブリがすたりと足元に落下してきた。

 まだ死んでいない元気なゴキブリ。

 それは牙を大きく開いて輝人に向かった。

 反射的に繰り出される輝人のキック。いい具合にこれを蹴り飛ばすことが出来た。

 しかし、上空からの攻撃がこれ以上に続くと、もう対応するのは難しい。

 逃げるのならば今が最後のチャンスだろう。

 

 輝人は放射ノズルを片手で持った。 

 出口にあっては天球で示すところの北側非常口が最短距離にあるとみえる。

 心の中で三つ数えるタイミング。

 いち、……にの、……さん。

 この瞬間に一気に駆けだす輝人は、片腕にクガマルを抱えて走り出す。

 前方より迫り来るミニゴキブリ達に薬剤放射を集中し、やり損ねた個体はそのまま踏みつけ、ただ出口に向かって全力で走った。

 北側非常口まで残りあと20メートル程。

 上から降って来るゴキブリを払いのけ、ただ無我夢中に前進した。

 いける。

 迫る扉は僅か10メートル前方。

 残された問題は、ふさがった両手で如何に扉を開くかということのみだ。

 蹴破ることが可能ならば幸いだ。しかし扉はどうみても金属製、錆びてでもしていたらもしかしたら自分の脚力でもいけるかもしれないが、それはあまりにも無謀である。

 一旦クガマルを下に置くしかないか。

 ごめんなさいと、小さくクガマルに謝った。

 しかし、その時だった。

 それが5メートルほどの距離まで来たときに、幸いにも扉が勢いよく横に吹き飛んだ。

 幸い、なのだろうか。

 なぜ扉が急に、勝手に吹き飛ぶことが起こるのだろう。

 その答えは目の前に。


 目の前に立ちはだかるのは巨大なゴキブリが一体。

 ゴキゲーターが現れた。

 それは周囲に湧いているミニゴキブリなんかではない。体長2,3メートルほどあるフルサイズのゴキゲーターである。

 大きな顎をがちがちと鳴らし、のっそりと扉から頭をのぞかせた。

 

 考えるよりも先に体が動く。

 気が付けば、そいつに向かって思い切りメガキラーを放射していた。

 約10秒ほど薬剤を吹き付ける。

 これでどうだと一瞬放射を停止させ、その効果のほどを確認する。甘い見積もり、ゴキゲーターはのっしのっしと内部に進入を果たす。

 後ずさる輝人、足元にミニゴキブリを踏む感触を得た。

 慌てて自身の周辺にメガキラーを散布するが、その間にもフルサイズのゴキゲーターは接近を試みる。

 10秒程度の短い放射だったが、少しは弱ったのかゴキゲーターの動きはあまり速くない。

 しかし出口に居座るそれを、到底かわすことは出来なさそうだ。

 ここが駄目なら次に向かう先は西側出口。 

 そしてその時、また新たな奴と目があった。

 2体目のゴキゲーターが、既に西非常出口から半身を出して触覚を振り回している。

 再び放つメガキラー。

 2体目に突撃される前に先手をうつ。

 周囲のミニゴキブリにも警戒し、ノズルを交互に忙しなく動かした。

 やがて2体目のゴキゲーターは絶命し、背中を床向きに転がった。

 西側出口に退路が開かれる。


 よし。

 と、思えたのは束の間であった。

 聞きなれないベル音が、自身の胸のあたりに大変けたたましく鳴り響いた。

 一体何事かと自分の体を見下ろすと、鳴っているそれは残圧計と一体になった警報ベル。

 残圧計に針が指す目盛りは、間もなく薬剤がなくなる事を示している。

 あとどのくらい放射が可能であるか、それは全く見当もつかないが、現状においてそれを止めるわけにはいかなかった。

 ノズルの放射レバーに込める力を抜いた瞬間、周囲を囲むミニゴキブリの群れにのまれることは想像に容易い。

 

 そして前方から接近してくる、弱らせた一体目のゴキゲーター。

 その個体に向かって再び放射を実施した。

 警報ベル音はその間も常にも鳴り続ける。

 あと何秒で目の前のこれを殺せるのか。10秒、20秒。


 ノズルから噴き出す薬剤の霧。

 レバーを握っているにも関わらず、ぷつりと唐突にそこで放射を途切れさせる。

 警報ベルの音はそれと同時に停止した。

 残圧はゼロ。メガキラーを使いきったのだ。

 眼前を覆っていた薬剤の霧は、ふわりと自然に消退する。

 現れるゴキゲーターの姿。

 それは……。

 ひっくり返っている。


 命が繋がった。

 輝人は急いでそれを避け、北側出入り口から転げ出る。

 一旦ドームを脱出。

 非常口の向こうは狭い通路が左右に伸びる。

 天文館の出口はどちらだったか。


 右か。

 右を見る。

 ゴキゲーターを発見。


 左だ。

 左を見る。

 ゴキゲーターを確認。

 

 何がまずかったと言えば、殺虫剤の適切な放射時間がわからなかったことかもしれない。しかしそれ以上の問題として、この警報装置、何の流用品か知らないが現場の使い勝手は全く無視。こんな場所でそんな音を鳴らそうものならどうなるか、虫が寄って来るだけに決まっている。


 とにかく、脱出経路が完全に断たれた。

 考える余地はない。

 逃げ込む先は再びプラネタリウム内。

 もはやプラネタリウムだけではなく、この天文館自体が既にゴキブリに制圧されているのだ。

 プラネタリウム内にあってはミニゴキブリの巣窟だ。そして外にはフルサイズのゴキゲーター。

 プラネタリウムの方に再び逃げ込んだ人間に気が付くと、ゴキゲーターは2体ともそれに向かった。

 そしてそれよりも早く輝人を囲みにかかるのは、無数のミニゴキブリ達。

 瞬間的に肩から外したボンベを振り回す輝人だが、その攻撃は無意味に等しい。

 そしてゴキゲーターに向け、思いきりボンベを投げ飛ばす。

 無論効果はない。


 終わるのか。

 もはや助けを叫ぶ行為すら頭の中に思いつかない。

 むしろ申し訳がなかった。

 一体何に対して?


 片腕に抱えるクガマル。

 こんなピンチにも、いつもの乱暴な口調で喋り、そして動き出すことは無かった。

 その原因が故障なのかバッテリー切れなのかはわからない。


 ただ最後に、この親切なドローンが再び正常に起動することを願った。


 あらゆる方向から輝人を包囲する大量の虫たち。

 輝人はその場に小さくしゃがみ、そのドローンを守るかのように胸に抱えた。

 

 

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