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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第一部
21/81

第21話 プラネタリウムー1

 

 昆虫型AIドローン、クガマル。

 一見無表情に見えるクワガタ虫の頭部であるが、現在の状況にあっては内心の焦りを感じざるを得ない。

 その訳は、バッテリーの消耗率である。

 甲殻部分の隙間からちらちら発光する点滅ライトは、電力低下の警告ランプだ。

 その消耗スピードは出発当初には余裕とみえたが、ここにきてイレギュラーが発生したのだ。

 

 後方より忍び寄る謎の気配。

 再三にわたるセンサー探知にもかかわらず成果はなし。予想以上に電力を失った上、その退避経路も最悪ときた。

 もしも今、潤史朗が一緒であったならば、より的確な策を提示してきたのだろうか。しかしそれは考えるだけ無駄だ、潤史朗はここにいない。

 今手元にある道具と知識、そして最低限の電力、それらを駆使した最善を選択すること、やるべきことはそれだけだ。

 


「もう無理っす!! 限界っすよ、ボス!!」


 場所にあっては、白線が中央を走る片側一車線の地下道路だ。

 丁度その真ん中を走り続けた輝人は、遂に体力の限界を迎えて倒れ込むように両手両膝をアスファルトの地面に付けた。

 胸が裂けるのではないかと思うほどに呼吸は激しく、わざとらしい程に肩が上下する。

 この果てしない地下自動車道路を、背中にくっつく凶悪なドローンに走らされてかれこれ20分ほど。

 体力には多少自信があったものの、何せこの重装備だ。特に背中のボンベは人を一人担いでいるんじゃないかと思うほどに重たい。こんな状態では例えジョギング程度の疾走であっても、死にそうな位に辛くしんどい。こんな重労働は高校の部活動以来、いや、今が一番きつい。

 ぜえぜえと掠れる呼吸でどんなに弱音を吐こうが、そのクワガタロボ黙ったまま喋らない。

 しかしその虫は、こちらが足を止めたり減速したりすれば間髪いれずに罵声を浴びせに掛かるのだ。

 

「おい、何してやがる。」

 地面に突っ伏す輝人にクガマルは冷たく言い放った。

「はあはぁ、もう、はあはぁ、ムリっす、死にますって、ボス。はあはあ。」

 息が上がり、喋る事にすら苦労する。

「走れ。」

「はあ、はあ。」

「死ぬほどきついか。」

 輝人は声を出さずに頷いた。

 もはや喋る余裕すらない。

「なら死ぬまで走れ。」

 クガマルはそう言うと、一旦輝人の背中から離れた。

「だが、今足を休めればマジに死ぬ。死にそうな位きついか、死ぬか、どっちかだ。」

 輝人は黙ったまま。

 輝人の髪を伝った大量の汗は、ひび割れたコンクリートの表面をびっしょりと濡らした。

「無理ならやめとけ。てめえ何ぞ死のうがどうしようが人間社会に損失はねえんだ。いやむしろ死んだ方が世間的には良いかも知れねえな。」


「オレからすればな、ゴキゲーターもてめえも同じだ。人間に迷惑をかけて、みっともなく生きるゴミそのもの。取り立てて秀でるものがある訳でもなく、個性個性も口先だけ。てめえの代わりなんぞ幾らでもいる。そうさ、てめえみたいな人間は一人でも多く社会から消え去るべきだ。まぁここで死んどけ。それがいい。」


「だんまりか? おん?」


「こんなのがよくもまあ地衛局に入りたいだの抜かすもんだなぁ。」


「地底なめてんじゃねえぞ。」


 クガマルは一人続けた。


「さっき言ってたなぁ、おめえ。兄貴がどうとかって。」


「兄貴が死んだ真相に迫りたくて? それで地下5000潜入を企てて? そんでその実態を得意な動画配信で世間に広めたいと。」


「口先だけじゃねえか。おめえのやってる事は遊びだ遊び。そうやって言って格好つけたいだけだ。正にゴミ。」

 

 ただ俯き、クガマルに言われるままの輝人。

 しかしその沈黙の中、彼の両拳は強く握り締められ、そこに汗が滲み滴った。


「何だ、文句でもあんのか。」

「……。」


 震える膝で立ち上がる輝人。

 そして引きずるような足取りでゆっくりと歩き出した。


「……、俺は。そんなんじゃないっすよ……。」

 

 先ほどよりかは呼吸が落ち着く。

 少しづつだが、彼は再び走り始めた。


「あ?」

「……、俺は……。」


「あぁ、もういい。黙って前進しろ。」

「え?」

 クガマルはボンベの上に戻り掴まった。

「敵が近い。」


 後方数百メートル。

 何かが接近しているのをしばらく前から察知していた。

 先程よりずっと、それは地鳴りを連れて輝人の進行方向を辿ってきている。

 それがゴキゲーターではない事は明白だ。もしそれならば、とっくに追い付かれて攻撃されているだろう。

 姿は依然として確認できないが、その物体は地面を細かく鳴らしながら低速にてこちらに接近を試みているのだ。速度から考えるに恐らくゴキゲーターよりも巨大、若しくは別の理由でスピードがでない。

 まさか新種の害虫とでも言うのか。

 その可能性は否定しがたい。もしここに潤史朗がいれば、絶対に新種の虫だと言い張るのだろう。

 とにかく危険だが一旦戻って確認する訳にもいかない。


 しかし生憎のこと行きついた場所は直線が続く自動車道。

 足で逃げるには最悪の環境だった。

 

「くっそ。一体何が追って来てやがんだ。」

 クガマルは小さく呟いた。


 やはり、一連の不可解な現象と関係があるのか。

 搭載している各種センサーを全力全開で更なる探知を行えば、もしかしたらその正体を暴けるのかもしれない。しかしそれをするには残された電力では大変厳しい。もし自分が活動を停止し、この怪物の巣窟で輝人を一人にしてしまっては地上への帰還は絶望的。また同時にそれは潤史朗を殺すことでもあるのだ。


「ボンベの残圧は?」

「へ? え、えーと。3分の1っす。」

「……、わかった。」


 戦うにしても、未知の害虫に薬剤半分では心細い。

 今はただ走る。現状できることはそれだけだ。


「ボス!」

 輝人は掠れ声で叫ぶように言った。

「看板が。」

 見上げると、天井面から吊り下がる道路標識。

『300メートル先、地下天文科学館』

 運がいいのか悪いのか、とりあえずそこまで走れば一時退避はできるだろう。

「そこまででいい。止まるな。」

「了解っす。」



 辿り着いた先はとある天文館、当時のプラネタリウムだ。

 いわゆる地下開発時代の産物。内部は比較的当時の状態を維持しており地下施設にしては十分に綺麗だと言えた。

 

 道路の本線から分岐する道より大型駐車場に入り、そこから続く階段から内部へ進入できた。

 白く塗装された大きな扉、メッキ塗装の剥がれかけた銀の取手は冷たく重々しい。

 輝人は、中に入ると走って来た勢いのままカーペットが敷かれた床に転げた。

 ここでようやく休憩ができる。


「ご苦労。」

 クガマルは一言そう言うと、彼の背中を飛び立った。

 安心はできないが、取り敢えずここまで来れば大丈夫だろうと早速施設の探索に入る。

 ライトで照らす廊下には星座を描いた美しい天文図がずらりと並んだ。

 呼吸が落ち着いた後、輝人もクガマルに続く。

 

  廊下を抜けると行き着いた先は広い玄関ホール。中央には実際に使用されていた惑星探査機が展示される。

 一見は大規模なプラネタリウムだ。

 地下開発時代、広い容積と安い土地にみながこぞって地面を掘り進め、莫大な資産を投じて作られた娯楽施設。この建物もその一つだろうが、結局こんな地下に客足は伸びず、閉鎖に追い込まれたものを市が安く買い上げて公営にでもなったのだろうか。詳細は不明だが大体そんなとこに違いない。

 ここはそういった施設が特に多い階層である。

 

 さらに内部へと足を進める。

 すると、そこには見上げるほど巨大なホールが広がっていた。

 大きさとしては小さなドームほどはあるだろうか、プラネタリウムとしては今までに見たこともないほどの圧倒的なスケール。

 リクライニング可能なフカフカの座席は中央の投影機を囲んで放射状に広がった。

 

「す、すごい……。」

 その迫力に思わず息をのむ輝人。

 彼は入り口付近で立ち止まったまま、まだ何も映っていない白い天井に見入っていた。

「座りな。」

「……、え?」

 クガマルはそう言って輝人を追い越すと、ぶーんと中央の方へと飛んで行った。

 その意外な言葉に、輝人は一瞬頭の理解が追い付いていない様子。

 彼はそのままクガマルに続いて中央付近までステップを下って歩いた。

「ほう、驚いた。こいつまだ非常電源が生きてやがる。」

 投影機に取り付くクワガタ虫が何やらぼやいている。

「あ、あのボス?」

「あ?」

「いったい何を?」

「まぁ座れ。」

「お、おっす。」

 いわれるがまま、輝人は椅子に掛けた。


 実際のところ、今までずっと休みなく歩いたり走ったりで、もう足は限界であった。ただクガマルに鞭打たれて無理やりここまで気力で走ってきたのだ。

 椅子に座ると、まるで思い出したかのように下から疲労感が沸き上がってくる。

「オレもお前も休息が必要だ。」

「いや、でも、地下にはジュンさんを一人残して……。」

「どのみち倒れたら意味がねえだろ。現状じゃ5000メートル地帯に辿りつく前に死ぬ。」

「いや、そんな。」

「オメエ、足はどうなんだ。」

 クガマルに言われて足をさする。

 考えるまでもない。ふくらはぎに太もも、足の裏までも全てがちぎれて取れそうなくらい疲れている。ただ、人の命を預かって歩いていることを思うと止まることができなかっただけだ。

「そう言うこった。休め。」


「ボス……、もしかして優しい?」

「ぶち殺されてえか。」

「ひっ、すんません! 調子乗りましたぁあ!」


「ま、今のオレにお前をバラバラに解体するだけの電気の余裕はねえがな。」

「へ?」


 クガマルは輝人の隣の席に降り立つと、羽を甲殻の中に畳んでしまった。

 先ほども言った通り、輝人もそしてクガマルも休憩が必要だ。

 謎の敵が接近する最中の休息、タイミング的には最悪としか言いようがないが逆に今が休憩をとれるラストチャンスともとれる。

 幸いこの施設は頑丈で、通路は狭く出入り口が多い。警戒しやすく逃げやすい構造と言える。もし、迫りくる謎の怪虫と戦闘するような状況を避けられないのならば、やはり休息のタイミングは今である。

 また丁度いい具合に設置されているリクライニングチェア、これなら人の体もしっかり休まるだろう。

 そしてクガマルの方はと言えば、潤史朗から預かった彼の左腕がある。

 そこに仕込まれたバッテリー。ここから電力を補給すれば、ほぼ満充電まで回復が可能である。ただそれにも時間は掛かるが、輝人の睡眠時間を考えれば丁度いいくらいだろう。

 その機械の左腕は輝人のカバンの中。クガマルはもそもそとそれを取り出すと、専用のコードを自身の体から引っ張り出した。


「いいんすかね、本当に、その、休んで。」

「3時間したらブチ起こす。」

 クガマルは輝人の言葉を無視して言う。

「10秒以内に起きない場合は首が飛ぶからな。覚悟しとけ。」

「はっ、はいぃぃ。」


「ちなみにオレも寝る。」

「ええ? ボスが寝る? え? ロボっすよね?」

「あえて節電すんだよ、充電中は機能の大半をシャットダウンする。まぁ外の事は安心しろ、電子センサーの機能は生かしとくからな。なんかあったら叩き起こしてやる。むしろオメエが警戒すべきはオレだ。起きれなきゃ殺す。」

「お、おす。」


 と言いつつも全く不安がないといえば嘘である。

 ただし、それは飽くまで心理的な不安だ。実際センサー機能を生かしていけば例え意識を飛ばしていても嫌でも敵の接近には気がついてしまう。それはシステム的に確実なものであり、起きれなかった、などということはあり得ない。そもそも人間ではないのだから当然といえば当然だ。

 ただ不安だ、という根拠のないもどかしさが転がっているに過ぎない。

 安心できたところで、だから何かあるということもないのだが。


「オレは寝る。お前も寝ろ。じゃあな。」

 クガマルは、潤史朗の左腕とコードで繋がると、一言そう言い残してシャットダウン。お喋りに合わせて赤いランプを点滅させていた左右の複眼は、そこで完全に停止、暗くなる。充電中のランプのみを体の隙間から発光させて沈黙した。


「ドローンが、睡眠してる……。」

 冷静に考えれば単に電源を落としただけであるが、こうしてみると何だか妙な気分だった。


「俺も、寝るか。」


 とにかく今は、クガマルの言う通りに体を休めようと思う。

 潤史朗を一人残してきたのはずっと心に引っかかていたが、だからといってこのまま休まず進み続けるのはどうなのだろか。

 気持が逸っても、体の方は限界近い。クガマルの判断で間違いない。

 思えば、このドローンにずいぶん無理させられたようにも感じられたが、実際その指示には全く無駄がなく、悪い言い方をすれば上手くコントロールされていた。

 吐き出す言葉はことごとく凶暴であるが、その行動は理性的で合理的。頼れるロボというよりは、兄貴、それに近い存在性を感じた。


 見上げる空。

 いつの間にか、そこには日本の夜空が広がっている。

 こんなにきれいな星空を見るのはいつ振りだろうか、もしかしたら、こんなに美しい光景はここにしか存在しないものなのかもしれない。

 ここは地底。空とは程遠い場所に位置するも、これほど宇宙を近くに感じれる場所はないだろう。

 光の死んだ闇の中、ぽっかりと浮かび上がるような宇宙空間に体が吸い込まれる。煌めく星々は遠くも近く、何千何万光年の距離を感じつつも手が届きそうになった。

 クガマルが寝る前にいじっていた投影機。それが今になって時間差で動き出したのだ。

 そのまま椅子に横になっていると、自然に夜空がぼやけて見えた。

 顔の横を水滴が伝う。

 ただ星空が美しく。ただそれだけだ。


 こうしていると、ふと兄のことを思い出した。

 兄貴らしいクガマルのことではなく、実の兄の事。

 確か昔ずっと小さな頃に、こんな感じで川原に寝ころび一緒に空を見上げた記憶がある。

 兄は科学少年だった。天文学にも興味を持っており、年中通して天体観測に行っていたものだ。

 重たい望遠鏡を背中に担いで、凍りつきそうな寒い夜も家を飛び出していったのは懐かしい。

 そんな兄についていかなくなったのはいつ頃だったろうか。

 優秀な兄は県内トップの進学校に進み、そのまま大学も誰もが名前を知っているであろう超有名どころに進学した。きっと疎遠になったのはその辺りからだ。

 勉強も運動も、どんなに努力しても優秀な兄には追い付くことができず、親や親戚からは兄と比較されるばかり。そしていつのまにやら腐っていく自分がいた。

 何とか受かった大学でも結局遊んでばかり。

 ちょうどそんな頃、突然兄の死が伝えられた。

 国の研究機関で働いていた兄は調査で地底に潜ったらしく、どうやら事故に遭ったらしい。今ならば、その真実はメガ級地底害虫なのかもしれないと推測できるが、その時はもう何が何だかわけがわからなかった。

 何がわからないのかと言えば、なぜ死ぬのが自分ではなく、極めて優秀な兄なのかということだ。

 どう考えてもおかしかった。

 死ぬべき人が間違っている。

 クガマルの言葉を借りて言うのならば、死ぬべきであるのは自分のようなゴミクソで、その方が人間社会に損失はないし。むしろ死んだ方が世間的には良いだろう。父も母も、大変悲しんでいた。もし自分が死んだとしてもこうはならないだろうというほどに。


 それからだ。

 馬鹿な自分でも、馬鹿なりに何かを始めようと考えた。

 結果、実行したのは動画配信。これが一番自分らしいとやり方思った。むしろそれしか自分にはない。

 兄のように科学的な知識は微塵もないが、それでも一人の開拓者として何かできるだろうと。

 同時に芽生えた感情は、今こそ兄を超えられるのではないだろうかという熱い思い。自分は自分のやり方で、そうしてつかみ取ったネット上での名声。

 この活動にはあらゆる思いが重なり合い、そして今の自分がある。

 今更引き下がれるだろうか。

 そんなことは不可能だ。

 兄のためにも、そして自分のためのも今を生き抜いてやろうと、この満天の星空を見て思う。


 気づけば天体は幾度か西に流れていた。

 そろそろ目蓋が重たくなる。

 この最高の眺めの下、思い切り眠ってやろうと、ひとつ大きなあくびをした。




 

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