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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第一部
2/81

第2話 廃工場ー1


「は~い、どうも、こんにちわ~。ようこそ~、ヒカリン・チャンネル。毎度おなじみのヒカリンで~す。」


 同じくこちらも、広大な地下道の真っただ中、どこか遠くの場所である。

 この地点にあっては完全な暗闇ではなく、数メートルおきに設置されてた橙色電灯の光によって幾らかは明るい。

 どうやらここにはまだ電気が通っているようだった。

 そして、そんな照明に照らされるのは、頭を金髪に染めたひょろ長い青年と、その後ろには若い女が二人いた。


 今風の整った顔立ちをしたその青年は、70センチほど伸ばしたアルミ製の棒の先にビデオカメラを取り付けており、それを自身の方に向けると、そのカメラに向かってベラベラと喋り出す。

 いわゆる自撮りという行為に似ているが、撮影しているのは動画だった。

 実は彼こそが、今ネットで非常に有名な、無料動画サイト“マイチューブ”の人気投稿者、ヒカリンだ。

 俗にマイチューバーと言われる者の内の一人であったが、一般人ではなかなか出来ない大胆な行動や、法律ぎりぎりのリスキーな活動をすることで、彼は人気№1マイチューバーの座を勝ち取ったのだった。


 そして本日、彼がやって来たのは本来一般人では立ち入りを禁止されているアンダー5000mの地下世界、その一画となるどこかの地下道であった。

 もちろんこの男が許可を得て立ち入っているわけではない。むしろ許可など絶対に貰えないだろう。

 しかし、だからこそ潜入してみるのがマイチューバ―の性というものだ。

 彼らマイチューバーは、平凡な一般人では思い付いても実行できない、しかし誰かが挑戦しているのは見てみたい、そんなニーズに応えた動画を撮影する、それが彼らの人気の秘訣と言えた。

 そしてこの国では、先ほども述べたように地下5000mの境界以下は立ち入りを禁じているが、何故禁止されているのか、そこに何があるのかは一切公表されていない謎のエリアであった。

 そんな地下世界に一体何が隠されているのか、誰だって気になるのは当然だろう。

 そして、そんな思いの代行者がマイチューバー、ヒカリンと言うわけだ。

 地上では地下世界について様々な推論が交わされているが、ついに今日、それが白昼の下にさらされるのであった。


「と言う訳で本日、予告させて頂いた通り、何と地下5千メートル地帯の冒険を生配信でお送りします、ウェーイ! パチパチパチ。」


 金髪のイケメンことヒカリンはカメラに向かって喋り出す。


「そしてなんと、今日はスペシャルゲスト、自主アイドルのユウカさんとチカコさんに来てもらってます。イェーイ!!」


「は~いどもでーす。自主アイドルグループABC84のユウカで~す!」


「チカコで~す。」


 ヒカリンの後方に控えていた女二人がカメラに向かって挨拶する。

 二人とも高校のブレザーを少しアレンジしたような衣装を身に着けており、いわゆる今時のアイドルといった感じのなりであった。

 また彼らも、マイチューバーではないにしろネット上でその名を轟かせる人気アイドルグループのメンバーなのであった。

 どちらも超有名人という事で、このコラボならば配信される動画の再生回数は間違いなく記録が更新されるであろうと思われる。また今回は題材が題材だけに、ネットユーザーの注目度もかなり高いと思われた。


「ていうか~ここ暗すぎじゃないですか~、ちょっとやばいんですけど~。」

「ね~、めっちゃ暗い。なんか霊とかいそう。」

「え~まじ、やばいやばいやばい。」

 はしゃぐ女二人。

 ヒカリンもこの会話に乗っかった。

「え、怖い怖い怖い、おれ霊とかそういうのマジ無理なんですけど。」


「ねえ、……今なんか音した。」

「いやぁああああああああああ。」

「無理無理無理おれマジそーいうの無理!!」


「帰る? やばくない?」

「ええ!? いやいやいや、行くでしょ、これ生配信でしょ、ここで帰るとか無いっしょ。ね、ヒカリンさん。」

「おれマジ帰りて~。」

「ちょっとヒカリンさん?」


 こうして数分間に渡り心霊騒動の茶番は続く。

 全てアドリブなのかは定かではないが、しばらくするとヒカリンが話の軌道を修正した。


「え~と言う訳で、我々によって、地下に隠された秘密を暴こうという訳で……。」

「はい。」

「今日、……、歴史が変わります。」

「お~~。」

「というか、もう来ちゃってますけどね、それで、どうですか二人は。アンダー5000メートルに来てみた感想は。」

 ヒカリンはアイドル二人に話を振った。

「いや、マジめっちゃ怖いです。でも何て言うか~、ちょっと異世界に来たみたいな、そんな感激がありますね~はい。」

「はい、うちもちょっと怖いんですけど、でも何かワクワクしてきますね。」


「というわけでね、警察とか公安とかが、違法に閉鎖する地下5000メートル。これ実は数十年前は工場とかマンションとか普通にあったんですよ、ほら後ろ見てください、これ多分工場の扉っすね。さて、それなのにいきなり人の出入りを理由なく禁止した訳、はい、日本最大のミステリーに今から挑んでいきたいと思います!! イェーイ!!」

「イェーイ!!」

「ウェ~イ!」

「それでは早速行ってみようとおもいま~す!」


 こうして三人は薄暗い照明が照らす下、地下道の探検を開始した。

 しかし、探検とは言ってもしばらくはずっと直線が続き、他愛もない話で盛り上がる。

 確かにここは不気味で、今にも幽霊が出てきそうな雰囲気もあったりはするが、政府が立ち入り禁止をするような重大な何かがあるようには見えなかった。

 やがて調子づいて小躍りをしてみたり、モノマネをしてはしゃいだり、一行は視聴者を飽きさせないよう盛り上がりをみせ、ふざけた振る舞いをやってみせた。

 その行動が芸なのか素なのかは不明だが、その三人の若者らしい言動をこの場所において称賛する者もいなければ、叱咤する者も誰もいない。

 ただ、この不気味な空気のみが黙って彼らを見つめていた。


 歩くこと数分、そうこうしている内に自主アイドルことユウカが不意に歩く足を止めた。


「ねえ、何か聞こえない?」

 ユウカが静かに言った。

「え?」

「え~また心霊!? ちょ~おれマジ怖いからそういうのやめてよユウカちゃ~ん。まじやばいから~。」

「いや、何か音しない?」

「……する、かも。」

 ユウカに続いて耳を澄ませるチカコもそれに同意した。

「怖い怖い怖い。……、え、何か音がする。」

 ヒカリンもようやく音に気が付いたようだ。

 

 地下道全体に轟く連続的な低音。

 音源は徐々にこちらに接近してくるようで、その音は大きさを増した。


「車?」

「車っぽいよね?」

「え、まじ誰かいる系?」


 そうしてその場で固まる事、数十秒。

 数百メートル先のなだらかなカーブの向こう側から、爆音を引き連れて青白い光源と赤い回転灯が姿を現した。


「やっべ、あれって公安隊じゃね? やばくね!?」

 ヒカリンは赤の回転灯を視認し、それが公安隊の巡視車両であると瞬時に悟った。


 そしてその反対方向へと全力で走り出す三人。

 まさかこんな場所に公安隊がいるとは思いもよらなかったが、捕まったが最後、罰金では済まされない刑罰が待っている。

 しかし、そんな絶対絶命な状況でも、息を切らしながらカメラに向かって実況を続けるヒカリンは、流石はプロのマイチューバーである。だがしかし、そんなコメントの大半が、やばいの三文字で終わるのは状況が状況だけに仕方がない。


 やがて到着するのは先程のスタート地点、確かここには工場の入り口であろう扉があったと思い返す。

 公安隊の車も暗い地下ではそんなにスピードを出す事は出来ないのか、何とかここまで逃げ切れた。

 そして迷わず扉の中に逃げ込む三人。

 扉を閉めると三人は、顔を見合わせて笑い合った。




「何だ、人間かい。」


 バイクで駆けるアクションカメラの男は、そう小さく呟くとスロットルを捻る手を緩めた。

 相手が人ならば、そう慌てて追跡する必要もないわけだ。

 人を捕まえるのは公安隊の仕事であり、こちらとしてはどうでもいい。むしろー般人が勝手に侵入しないよう、公安隊にはもっと頑張ってもらわないと困る。

 しかし放置しておくのもまた問題。

 こちらとしては他に重要な業務があると言うのに全く迷惑な話である。


 男は侵入した一般人の追跡途中で一旦バイクを停止した。

 地下道の隅に設定しておいた小型センサーが発光している。

 その番号は№4。

 骨折り損のくたびれ儲けとはこの事だ。

 過去のあらゆるデータを参考にしてセンサーの設置場所をあれこれ工夫しても、一般人の侵入までは計算に入れていないのだから仕方ない。

 またやり直しかと思いつつ、男は屈んでセンサーを回収し、そうして再び発進した。




「やべぇ~、こんなとこも巡回してんだな、公安隊。いやぁ~まじ冒険だわ。」

「ね、まじでビビった~。やばいやばい。」

「ていうか公安隊に追われるとか、マジでうけるんですけど。」

「それな~。」

「きゃはははは。」


 どんっ、と大きな音がするのは次の瞬間。

 その音が、扉が吹き飛ぶ音であるのだと三人が認識するのは一瞬遅れた。

 まず三人の目に入ったのは赤色灯を回すバイクの姿。

 まさか車なら追ってこれまいと思ったが、相手はバイクだったとは。

 しかもカギをかけた筈の扉が開けられた。

 成程、バイクの突進により前輪でそれを吹き飛ばしたのだ。


「まぁ公安隊ではないけどさ。」


 バイクに跨る男は、そう言って三人の方を向く。

 側頭部のアクションカメラが放つフラッシュライトが三人の顔を眩しく照らした。


「えっ? 公安隊じゃないんすかぁ?」

 ヒカリンが言った。

「うん、まあ、一応。というか、地衛局。」

「まじか~~ビビったわ~~。まじ終わりを感じた~~。」

「いや、終わるよ。通報するし。」

「え? まじで、お兄さん?」

「そりゃそうなるでしょーよ、まさか知らず入った訳でもあるまいに。知ってるよね?ここ立ち入り禁止ね。どこの誰だかわからんけどさ、まあ駄目なもんは駄目ってことで。」

 そう言うと男はガラケータイプの電話を取り出し、番号を入力し始めた。

 が、その様子をみて、ヒカリンは慌ててその手を止めに入る。

「待って待って待って、お兄さん待って。ちょっと待とうよお兄さん。」

「いや、そういう訳には。」

「いや~実はいま動画を配信中でしてね。いやあ、お兄さんよく見ればイケメンっすね。ちょっと取材させてくださいよ~。」

「動画を配信? ああ、いま流行りのね。そう言えば君、どっかで見たことあるような~。ヒカ……なんだっけ?」

「ヒカリンっすよヒカリン。」

「ああ、それだわ。まあ全然知らんけど。」

「でこっちがアイドルのユウカちゃんとチカコちゃんで。」

 ヒカリンは二人を指して紹介する。

「ユウカで~す。」

「チカコで~す。」

「誰?」

「……。」



「それでぇ~、お兄さんはぁ、ここでどんなお仕事をされているんですかぁ~?」

 今度はアイドルとやらが擦り寄ってきて取材を始める。

 彼らからは地上の匂いがする。

 地下の事を何も知らない、太陽の香り。

 国が隠しているとは言え、ここがどんな場所なのか、やはり本当に知らないようだ。

 どうか何事もなくお帰りになって貰いたいところだが、公安隊が到着するまでは20分は掛かるだろう。

 その間こちらで保護するのも止むを得ない。

 それはそうと、ここ地下5000以下に一般人が紛れ込むとは、公安隊の監視態勢は一体どうなっているのだと言いたい。

 こんなようでは、いつか惨事が起こりかねないだろう。


「いや、何と言うか掃除とか消毒とか害虫駆除、みたいな?」

「へぇ~すご~い。」

「そーなんですか~。」

「ま、お仕事というか、汚仕事というか。」

「きゃはは何それおもしろ~い。」

「ちょっとお兄さん何言ってんのかよくわかんな~い。うける~。ていうかお兄さん、さっきからずっと気になってたんですけどぉ~、その服ちょっと汚なすぎじゃないですか~?」

「ちょっとチカコーそういうのは言っちゃだめだってぇ~。でもお兄さんマジでちょっと汚くない?なんかやばいんですけど~。きゃははははは。」

「……。」

 男は自分の身に着ける作業着を見下ろしてみた。

 成程、確かにかなり汚い。

 流石に一週間も地下に籠るとこうなるか。どうみてもこの汚れ具合、ちょっとどころの騒ぎではないが、その辺は鼻くそ程度の優しさで、ちょっとの汚れとフォローされたのか、いや、そんな事はないだろう。

 人目を気にしない地下ライフも、やはり一週間程度が限界のようだ。

「いやいやいや、二人ともその言い方は無いっしょ~。」

 ヒカリンがケラケラ笑う二人を制して言った。

「こういう人がいてくれるお陰で、おれらが地上で快適に暮らせるんだし。多分。」

「うんうんわかる~。」

「まじそれ~。」


 こういう人、ね。

 

 男は静かに溜息を吐いた。

「っていうかお兄さんまじクセェ~。」

「それ~。さっきから思ってた。きゃははは。」

「うける~。」

 そろそろ通報しようかと、男は無言で携帯電話をとった。

「お~っとそれは駄目っすね~。」


 次の瞬間ヒカリンは、ひょいと男から電話を取り上げた。

 不意なことで男はそれを取られてしまうが、取り返そうと腕を伸ばすとバランスを横に崩す。

 男の体は、まだバイクを跨いだままだ。

 スタンドを立てていないバイクが、搭乗者が片側に寄りすぎるとどうなるか、それは説明する必要もないだろう。

 男は奇妙な声で叫ぶと、次の瞬間に大型バイクは勢いよく転倒した。

「うわっちゃ~。こけたぁ~。」


「なにしてんすか、お兄さん~、ははは。」


 こけた無様な男を見て、三人は腹の底から笑ってみせる。

 男はぱぱっと服の汚れを払い立ち上がった。


「もういいでしょう。それ返しなさい。」


「それは出来ない相談っすわ。おれらって、民主主義的な感じで、国会に抗議するつもりでマジなんでぇ、言うなれば、おれらは正義?みたいな?」


 ヒカリンの発言に、アイドル二人は神妙な表情を作り、うんうんと、もっともらしく頷いた。


「まぁお兄さんが通報しないなら返しますけどぉ。っていうか寧ろいろいろ案内してくださいよ、お兄さん詳しいんでしょ。」

「やらないよ、そんなの。っていうか、はよ電話返して。はよ。」

「じゃあちょっと悪いっすけど……。」


 ヒカリンはそう言うと、前触れもなく急に走り出した。


「ほ?」

 工場の内部へと電話を持って走り去るヒカリン。

 アイドル二人も、その行動に一瞬戸惑いを見せたがとりあえず彼に続いて走りだした。

 

 暗い工場の奥へ駆け抜けるヒカリン。

 所々に照明はあるものの、ほぼ真っ暗闇である内部から、その足音との叫ぶ声だけがこちらに届いた。


「今からこの電話隠すんで~、おれ達のこと案内するか見逃してくれたら、隠し場所教えてあげますよ~~。それか頑張って自力で探してくださ~~い。」


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