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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第一部
18/81

第18話 遺跡ー2


 目の前にしゃがみ込む少女、名前はルニアと言う。

 古代遺跡の石棺で眠りについていた彼女は、名前の他に自身の事は何も知らなかった。

 また、その両目は閉ざされたまま。口からも声を発することなく、ただテレパシーのような特別な力で思いを伝えた。

 彼女の見た目は人間だ。

 しかし、人間がこんな地底でずっと眠るだろうか、そして特殊な力で脳に言葉を直に伝えるだろうか。

 彼女に関して疑問は多い。

 ただ、何を調べるにしても、まず目の前で起こっている現象を受け入れなければ始まらない。

 メガ級の虫たちだってそうだろう。一体だれが、その存在を疑いなく信じたのだろうか。

 結局のところ、例え常識の範疇を越えた現象だとしても、起こってしまったものは現実に違いない。

 その存在を認め、自身の常識を拡張することから全てが始まるのだ。


「本当に何もわからないの?」

 ルニアはその問いに、こくりと頷いた。

 確かに、ここで出会った人間が確かなる古代人で、そしてその全てを語るようならば、そんな簡単な事は無い。しかしそれでは都合が良すぎて逆に恐ろしい。

 彼女が何者なのか。

 ただ何かの間違いで、今に生きる人間が彼女をここで眠らせたのか。

 しかしそうとも考えにくい。

 石棺を詳しく調査するに、人の手から離れてかなりの歳月が過ぎているのは確定的だ。

 では、本当に何者なのか。

「じゃあ、一緒に思い出そう。」

――?

 首をかしげる少女。

 潤史朗は、彼女が立てるようにと手を差し伸べ、そしてルニアもその手を取った。

 しかし、その手に掛かる力は、ほとんど彼女の全ての体重。そしてすぐに彼女の手からも力が抜け、するりと再びしゃがみ込んだ。

「どうしたの?」

――ジュンシロウ。チカラ、デナイ。

「え?」

 そして次の瞬間。鳴り響くのは彼女のお腹。

 一体その小さな腹からどうやって、そんなガマガエルのような音がでるのかといったところだが、現になっているものはその通りだ。

 空腹、ということでいいだろうか。

「お腹、空いてるの?」

――オナカ、スイテル?

「空いてるんだよね?」

――タブン?

「そうだと思うよ?」


 幸いポーチの中には、携行食料が幾らか残っていた。

 ブロック状の栄養食品。

 潤史朗はその包みを破り、それを彼女の前に出してみる。

 一旦それが何なのかと首をかしげて不思議そうに眺め、そしてそれが食料であるとわかった途端にまるで獲物に飛びつくカエルのごとく、潤史朗の手から栄養ブロックにかじりついた。


――タベモノ! タベル! ウマイ!

「あ、そんなに慌てなくても。まだ何本かあるし。」

――ホントニ!?

「うん。」

――ヤッタ。ルニア、タベル!


 よっぽどお腹か空いていたのだろう。

 彼女はみるみる内に栄養ブロックを食べつくし、そして残りは最後の一本までに減った。


 すると、彼女は一旦食べるのをやめ、ふとこちらを向いてきた。

「うん?」

――ジュンシロウノ、ブン。

「ん?」

――ジュンシロウノブン。

「え、ああ。僕はいいよ。そんなにお腹空かないし。」

――ホント二?

「うん。だからいいよ。全部ルニアの分だ。」

――ワカッタ! ルニア、タベル!


 まるで何か動物にエサをやってるような気分で見ていたが、動物なら他人の分まで気にしないだろう。

 満足そうにしている少女。

 この子の事が、これで一つ知れた気がした。


 さて、時間はたっぷりとある。

 迎えが到着するまで、あと数日はかかるだろう。何しろ、まずクガマル達が地上にたどり着くまでに結構な時間が掛かるのだから。

 それまでにこの遺跡を徹底的に調査しようと思う。

 幸い喋り相手もいる事だし、彼女のことをもっと知れればいい。

 何もわからないと言っているが、そんなことはないはずだ。

 本当に何もわからないのは、生まれたての赤ん坊だけだ。

 現に彼女はコミュニケーションがとれる。その事実は、彼女が何かを知っている、何かがわかるという証だ。本当に何もわからなければ、そのコミュニケーションすらも叶わないのだから。 

 質問の方向性を変える必要があるとみた。

 恐らく漠然な質問には、漠然な何かがない以上は答えようがない。

 一つ一つの事を丁寧に、はいかいいえで問えば、きっと何かが見えてくると思う。


「さて、遺跡調査といきますかね。」

 そう言って立ち上がる潤史朗。

 これは、都市伝説にすら上がらない古代文明の跡である。

 多くの学者たちは、この存在を検討する以前に否定した。

 そんな代物が目の前にあるのは、感動や感激という言葉では表現できないほどの喜びがあっても良いのかもしれない。しかしあまりにも偶然に、且つ当然のようにあるものだから、逆に大きな感情の揺らめきもなく、不自然なほど自然な精神状態だった。


「まず、この光る蒼い結晶だ。なんだこりゃ。」

 石室全体を、ぼんやりと青く染める謎の結晶石。

 潤史朗は腰につけていた手斧を取り出し、それで砕いて割れた先端を手に取った。

「ルニア知ってる?」

――ルニアシラナイ?

「知らない?」

――シラナイ。

「そうか。」

 振り返ると、少女は石棺に掴まりながら、自分の足で立ち上がっていた。

 そのことについて多少の驚きはあった。

 ついさきほどまでが、仮に栄養失調だったとすれば、その回復力はとんでもない勢いだ。

 一体この少女は何者だと言うのか。

 潤史朗はそう思いながら、砕いた結晶の一部をポーチに詰めた。


 そうしていると、ルニアはぺたぺたと歩き、すぐ後までやってきた。

 振り返ると、彼女は顔を上げて、その壁画に見入っていた。

「なにかわかるものはある?」

――……、ワカラナイ。

「思い出せないの?」

 頷く少女。


 しかし彼女はおもむろに、その壁画の一部を指で差した。

――シッテル。

「どれ?」

――アレト、ソレト……。

 彼女が指さすものは、壁画にあるゴキブリや蚊を描いたものであった。

「それは何?」

――テキ?

「敵?」

――テキ。

「敵、なんだね。」

 そうしてしばらく、彼女壁画を見続けた。

 その閉じた目蓋でどのように光を得ているのだろうという単純な疑問が湧いたが、とにかく今はわからない事だらけで、その全てには構っていられない。

 ただ少女は、まるでそれを初めてみるもののように、じっと眺めていた。


 そして潤史朗も、その横で彼女が関心を示すものを観察しようと立ち上がる。


 しかし同時にその時だ。

 地面が酷く大きく揺れ動いた。

 石室はガリガリと削れる音を立て、上からは小石がばら撒かれた。


 バランスを崩し、再び地面に膝をつく潤史朗。ルニアもふらつき、潤史朗の肩に掴まった。

 揺れは暫くの間続き、そして何十秒後かに収まった。

 

「地震?」

――……。

「ルニア?どうしたの?」

――クル。

「何が?」

――テキ。

 彼女の方に目をやると、ルニアは開かない目でじっと穴の方を凝視していた。

 それは潤史朗がやってきた方の穴。

 まさか、あそこからゴキゲーターが来ると言うのだろうか。

 しかしここまでの経路は一本続きでゴキゲーターの侵入は困難であるはずだ。

 その穴の先はエレベータの空間。

 それを登れば話は別だが、あの質量のものが、果たして垂直壁登りを好むのか。

 ゴキブリと言えど、大きさが違えば性質も若干は異なるのだ。


「ルニア、どんな敵が来るの?」

 そんなことはわかるはずがない。

 だがしかし、不思議とこの少女ならば言い当てられる。問いかけた後にその感覚を自覚した。

――クロイ?

「黒。」

――アシガムッツ?

「六本足だね。」

――アト、ハネ?

「ゴキゲータ―か。」


 まずいと思う。

 武器がない。

 強いて言うなら手斧があるが、そんなものではどうしようもならない。

 彼女の言う事が本当でないと願う限りだが、そんな悠長にもしていられないだろう。

 

 ふと思い出すと、確かあの時も地面の揺れがあった。

 確かあれは、ヒカリンを護送車から助け出し、そしてゴキゲーターの群れに追われる直前だ。

 もしもそこに何か共通の発生条件があったのならば、ゴキゲーターの出現率は増々上がると考えられる。

 ぼさっとしている暇はない。

 今できることは、ただ逃げることのみだ。


「ルニア、逃げよう。ここは危ない。」

 その言葉に彼女は無言でうなずいた。


 しかしどこに逃げるというのだ。

 ここに入ってきた穴からゴキゲーターが来ると言う。

 他に穴がなければ、完全に袋の中のネズミである。

 まずだ。

 なぜ穴があったのかという事だ。

 それがもし、この遺跡を見つけるために掘られた人為的なものだとすれば、きっとそれはここで行き止まり、絶望的である。

 正直その可能性は高いとみる。

 普通、人が掘削作業をするならば、何かの目的があるはずだ。

 そしてその目的がここだとする。だとすれば、目的としては大変大きなものであり、そして目的地に行きついた訳だ。

 だがしかし。

 何かを見落としていないだろうか。

 それは自分がクガマルに言ったこと。

 ここでない他の場所、深度5000地帯にも、これに酷似した穴があったと。

 その共通点はなんだ。目的やその手法。

 なにもない。

 すなわちこれは、大変デタラメなものだと推定できよう。

 ならば、この穴の続きが石室内にある可能性も大いにある。

 その掘削者が遺跡の発見を目的としていない、何にも見向きもしないカオスな思考の持ち主であれば。

 今はその可能性に賭けるしかない。


「ルニア、穴を探すんだ。」

――ルニア、ワカッタ。


 石室中をあちこち探し回る。

 今は悠長に壁画など観察している場合ではなくなった。

 このままでは、最悪のコンディションで最悪の害虫と遭遇することとなる。

 しかし、石室内はそう広くはない。

 一分もしないうちに、隅から隅まで見尽くした。


 穴は、ない。


 と、その時だ。

 頭の中で誰かが呼ぶ声。

 もちろんその主はルニアに違いない。


 振り返る。

 

 ルニアが天井を指差して、こちらを向いていた。


――アナ?


 潤史朗は少女のいる場所に駆け寄った。

 上を向く。


「穴だ。」

――アナ。


 希望は一旦繋がった。

 

 だがしかし、その距離およそ3メートル。

 

 機械の脚力を開放すればいけるだろう。

 だが、その場合ルニアはどうする。

 彼女がそんなに高く飛べるはずもない。 

 ならば抱えて飛ぶか。

 残念ながらそれは不可能だ。 

 腕が片方しかない。

 一本の腕で抱えた場合、穴の内壁に掴まることが不可能となる。

 

 落ち着け。

 一旦自分に言い聞かす。


 少女の顔に目をやった。

 その顔には、痛みや死といった恐怖は一切見えない。

 純粋で美しい無の表情を保ったままだ。

 

 まさか彼女を置き去りにはできまい。

 

 大丈夫だ。


 まだまだ自分の知る絶望とは程遠い。

 いままだ命があり、残った三肢は十分に動く。


 彼女から視線を外すと、丁度よい台座が視界に入った。

 石棺がある。


 それしかない。


 石棺に駆け寄る。

 全身で力を加えると、それは岩の地面と擦れながらゆっくりと移動した。

 

 しめた。

 これを台にすれば二人とも穴によじ登れる。


 とにかく全力でこれを押す。

 ルニアも横にならんでそれを手伝った。


 その移動距離は7メートルほど。

 息が上がる。 


 死力を尽くした甲斐があり、間もなく石棺は穴の真下に到着した。


「やった。」

――ジュンシロウ。

「え?」

 

 ルニアが入り口の方を指で示す。


 黒い体に六本足、つやのある羽を生やしたそいつは牛程の大きさだ。


 ゴキゲーターが1体、侵入した。


 ここで今穴に登ればどうなるか。

 それは想像に容易い。

 一瞬で二人同時に穴に入るのは物理的に不可能。

 穴に入ろうと、もがいている最中にゴキゲーターに足を掴まれそのまま食われる。

 

「ルニア、一人で登れる?」

――ムリ?

「無理か。」

――ムリ。

「わかった。じゃあせめて石棺の中に隠れて。」


 こちらを凝視し、襲い掛かるタイミングを計るゴキゲーター。

 ルニアを後ろに、手には斧。

 潤史朗はそれと正面から向かい合った。


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