第13話 エレベーター2
そうして壁を登り続ける事、かれこれ一時間。
潤史朗は、下を進むヒカリンこと池上輝人を気にしながら登るも、彼のペースは最初に比べ随分落ちて来た。
一旦止まって彼が追い付くのをしばらく待つ。
丁度いい場所に、太めの鉄柱が壁を水平方向にはしっていた。
鉄柱の幅は70センチ程度。
潤史朗はそこに尻を置いて、片足のみを柱に乗せ、もう一方の足はぶらりと下に垂れさせた。
ここで小休止という事で輝人が登って来るのを見下ろす。
そして辿りつく輝人。
彼は慎重に柱に体重を乗せ、潤史朗と同じ体勢で腰を下ろした。
拭った汗は、どこまでも下に続く暗闇の中へと消えて行く。
「結構登ったなぁ。」
「今どのくらいすか?」
「さあねぇ~。」
輝人は目の前で手を開いたり閉じたりと動かして、残った握力を確かめる。
実のところ、肘から先、内側の筋はパンパンに張っていた。
「まだ結構あるっすか?」
「ぶっちゃけ全然わからん。というのもね、クガマルを節電状態にしてるから、色々計測してないのさ。」
「そういうこった。」
「なるほど。」
「腕、やばそう?」
「はい。ちょっと。」
輝人は自分の腕を摩ってみせた。
「運動とか普段あんまりやらないんで。ジュンさんは鍛えてんすか?」
「いや全く。」
潤史朗はそう答えながら、ウエストポーチを腹の前に回して、その中身をごそごそと漁った。
「あった、ほら、アミノ何とかドリンク。」
潤史朗が取り出したものは、パック入りのゼリー状スポーツドリンク。
よくコンビニなどで売られている、手軽な栄養補給食品だ。
「きっと筋肉痛に効く。アミノ何とか。」
「マジすか。」
「それっ。どうぞっと。」
潤史朗は、数メートル離れた輝人の方にひょいとパックを投げて渡す。
がしかし、投げた方向は若干空中の方へと逸れ、それを取ろうとした輝人は、両手をそちらに伸ばして、重心が鉄柱から離れる。
「おっと、と、とととっととっ!」
みるみる内に、壁とは反対側へと体が傾いていく。
鉄柱を掴もうにも、手にはキャッチしたアミノ何とかパック。
彼の体は抵抗なく、転落方向へと倒れる。
「ぬぅうううわああああああああ!!」
「あ。」
「ばっか!! なにやってんだ!!」
慌ててクガマルが飛び出す。
飛翔したクガマルは、輝人の襟首を掴んで、壁の方へと引き寄せた。
「はぁ、はぁ、やばい、死ぬとこだった。」
「気を付けろゴミクソ。」
「す、すいやせん。クガマルさん。」
「様だ。」
「はいっ、すんません!クガマル様。」
「よし。」
肩で大きく息する輝人は、自身の胸をさすって速まる拍動を落ち着かせた。
潤史朗の背中に戻るクガマル。
クガマルは静かに羽を畳んで収納した。
「君バッテリーはいいの?」
潤史朗は、クガマルにのみに聞こえる小声で言った。
「お前のせいで無駄遣いしたぜ。」
「いや、充電しようかっていうつもりで言ったんだけど。」
「ああ? そしたらお前があれだろ。」
「まぁ……。」
「気を付けろ。お前は能天気だから釘を刺しとくが、実際やばい状況にいるのは俺たちの方だ。」
「わかってるってば。」
早速パックを開栓し、中身のゼリーを吸い上げる。
その輝人の様子を眺めながら、潤史朗はクガマルに言った。
「なんで助けたの? 意外なんだけど。はっきり言って僕が飛び出しても間に合った。情でも湧いたの?」
「あ?」
「いやさぁ。」
「お前が助けるってんだろうが。それにオレが加担するのは問題か?」
「全然。」
「なら良いだろ。」
「もちろん。」
「ただ。もしお前が駄目になった場合、お前を地上に引っ張り上げるのはあいつになる。最悪の事態に備えてのバックアップだ。むしろ情に関しちゃあ、あいつの方に湧かせるべきだ。いざと言う時役に立つ可能性が少しでも上がるようにな。まぁそれでも心もとないのは否定できんが。」
「ほほう。賢いクワガタだな。」
「関心してんじゃねえよ。能天気なお前に代わって、そういう算段をつけてやったんだ。もっと感謝しやがれ。」
「そりゃあどーも。」
こうして休憩を続ける一行。
パックのアミノ何とかを飲み干す輝人。潤史朗の方も、作業服カーゴパンツに突っ込んだ缶コーヒーを取り出して開栓する。
冷たくも、熱くもない、コーヒーとしては一番微妙な温度だが、それでも頭のリフレッシュには十分な効果が期待できた。
「あの、俺、記憶が消されるんですよね。」
輝人はおもむろにそう言った。
「すぐではないけど、まぁそうだね。」
「じゃあ、その前に一つ聞いておきたいんすけど、その、あのデカいゴキブリって一体何なんすか?日本の地下って一体どうなっちゃってるんですか?」
「それを暴きたくて、君は地下にきたんだったね。そして知ってしまった現実がそれだ。やっぱり腑におちない?」
「いや、だって。そうじゃないすか。」
輝人は語調を強めて喋る。
「自分の寝てる布団の下で、ゴキブリがウヨウヨしてるようなもんすよ!? それを政府は隠して、みんな何も知らずにく暮らしてる! そんなのおかしいすよ! どう考えても。」
「でも駆除できないんだよ。簡単には。」
「それでも、隣り合ったやばい危険を知らないなんて……。」
「じゃあ聞くが。」
クガマルが言った。
「お前はそれを知ったらどうする?」
「え?」
「離れたいだろ? そうさ、誰だってゴキブリからは離れてぇ。実際これを公表すれば、たくさんの地下市民は地上を目指すだろうよ。だがそうしたら一体どうなる?」
「みんなが地上に。いや、それは……。」
「学校の社会科で習うだろ。隔離都市には収容の限度がある。だから下に掘り進んだ。そうさ、今更地下市民が上に住むところはねえのさ。だからもし地下5000以下の実態を公表なんてしようものなら、地上を巡って血が流れるだろうな。ぎゃはははは。」
「……。」
そう言われた輝人は、しゅんとなり、その勢いは収まった。
「なんで、そんなヤバいゴキブリがいるんすか。」
再び輝人が口を開いた。
「ま、正確にはメガ級地底害虫って言って他にも虫の種類はあるけど。それで、なぜそんなのがいるのかって? そうだねぇ、それがわかったらノーベル昆虫学賞をあげるよ。個人的に。」
「謎、なんすね。」
「素敵なミステリーだよ。現実に生きる未知、いや神秘。そんな謎めいたものと直接的な触れ合い。考えてみてよ、素晴らしいよね。これがあるから地下探索はやめられないのさ。」
「神秘っすか。」
「そうさ。いいかい、今から話すことはあまり口外しないで欲しいんだけどね。」
「どうせ記憶が消えるんだろ。」
クガマルが口を挟んだ。
「メガ級地底害虫、怪虫と呼ぶこともあるけど、なぜそのようなものが存在するのか、それには色々説がある。」
「おい、あんま熱くなんなよお前。」
「うるさいな。それでね、定説はこうだ。あれは人類による環境汚染によって変異した昆虫ではないのかと。怪虫の存在を伝えられている学者自体ほんの一握りだけど、それもあってか皆口をそろえてこういうのさ、あれは人間による有害物質が地中に堆積し、それが生物に巨大化するような変化をもたらした、とね。」
「は、はあ。」
「だが、僕は違うよ。確かにそうかもしれないけれど、それじゃつまらない。あれにはもっとロマンがあると思う。いや、あれはロマンそのものなのさ。」
「何言ってやがんだコイツは。」
「僕が思うにだね……、あれは恐らく、古代生物だよ。」
「古代生物?」
「そうさ。そうに違いない。絶対そうだ。そう思う理由? 聞きたいかい? そうだね、あれは3年前の話さ。僕はとある探索隊にいたみたいでね、その時見たんだよ、とある文明の痕跡を。」
「え? 文明? 何の!?」
「そしてその時、発見した。地下何千メートルの出会いだったよ。そう、それはね……。」
「それは!?」
「それは……。」
「それは!?!?」
「それはっ!!!」
と、潤史朗が語ろうとしたその時だ。
背中にいた筈のクガマルが、いつの間にやら正面に回り、潤史朗の顔面にピッタリと張り付いて、その口を塞いだ。
「むごっ、むごごっ。」
「やめとけ、ジュンシロ―。今は話すべき時じゃねえだろ。」
そう言われ、少し落ち着く潤史朗。
クガマルはそれを確認すると元の場所へと戻って行った。
「という訳で駄目なんだな。ははははは。」
「えええ!? ちょっと!? そこまで引っ張っておいてそんなぁ! いいじゃないすか、どーせ俺、記憶消されるんだし。」
「いやまぁ悪いね。こっちの問題と言うか。ははは。」
「マジ気になるっすよ~。」
「ははは。」
クガマルは、そう笑って誤魔化す潤史朗の背中をよじ登り、彼の首元でこっそり言った。
「おしゃべり好きも大概にしろ。お前は地下の話をするとすぐ暴走する。わかってんだろ、その辺の記憶領域にあんまし触れるな。」
「はいよ。善処しますよっと。」
「休憩もそろそろ良いだろ。壁登り再開だ。」
「おーっす。」
クガマルの一声で、二人は再び壁を登り始めた。
しかしその時、最初の窪みに手を掛けた瞬間に輝人はその手を引っ込めた。
「痛たたたっ。」
「どしたの?」
「いや、あの筋肉痛が出始めてるって言うか。ちょっと休んだお陰で逆に。」
「それは困ったね。」
「どうしようもねえだろ。我慢できねえなら落ちろ。それだけだ。」
そう言われて、一旦下の方を振り返る輝人。
やはり相変わらずの常闇であった。
腕は限界に達し、下から迫るのは、容易に死ねる高度。また、それの地面が見えない事が死への連想をより強いものにした。
まるで、落ちたら地面どころか地獄に呑まれるような、そんな恐怖感が身を包んだ。
「ひいぃぃ。死ぬよぉ。まじで。」
一旦下を覗き出すと、余計にそれを意識して、なんとなく下から目が離せない心境に陥る。
腕は限界なのに、登ることも、降りる事も困難を極めた。
と、そんなふうに下を見ていると、下を照らすヘッドライトに、きらりと何かが反射した。
確かに見えた。何か虹色のようなものが、小さく一瞬煌めいた。
「え?何か光った。」
「何?」
そう言われて潤史朗も、一旦手を止めて、下の方を覗きこむ。
しばらく観察していると、確かに虹色の物体が、光を反射し輝いている。
またずっと見ていると、その反射の頻度は徐々に増していき、そして何か、不快な音を伴い始めたのだ。
その音とは、誰もが体験してるであろうあの音だ。
夏の夜、ただでさえ蒸し暑く寝苦しいと言うのに、更に耳元でその音を鳴らし、人を眠れなくする例の不快な音である。
そんな夜は、とある線香が必須であろう。
「解析してやろうか?」
クガマルが背中で言った。
「いやいい。大体把握できた。」
「数は?」
「わからんね、でもそれはとりあえずいい。」
迫る虹色。
煌めくそれは、高速で上下する羽のようなものにみえた。
いや、間違いなく何かの羽であった。
「あのぉ、ジュンさん?これって……。」
「ヒカ!! ガスマスクを急いで!!」
「りょ、了解す!!」
そう言う潤史朗は、縦に走る鉄柱を両膝でがっちりホールドすると、両手を壁面から離し、慣れた手つきでガスマスクを装着。続いて体を下向きに反らせ、羽ばたく虹色に放射ノズルの先端を向けた。
「圧力開放よし。いつでも撃てるぜジュンシロ―。」
背中のクガマルは、ボンベ下部分の栓を捻って緩めた。
「いや、まだ掛かる。」
「あ?」
見ると、防護マスクをまだリュックから取り出せていない輝人。
何に手こずるかと言うと、その両手を壁から離せないせいで苦戦している。
やっと体勢を整えて、離せたのは片手のみ。その手で背負っているリュックの中を盲目的にひっかき回す。
しかしなかなか手に触れない防護マスク。
そうこうしている内に、煌めく虹色は、その全貌が確認できる距離まで接近した。
それに気づいて悲鳴を上げる輝人。
エレベータの昇降空間を飛翔するのは巨大な ‟蚊”であった。
大きさにあっては、クガマルの1.5倍ほど、おおよそ中型犬くらいとも言いえるサイズだ。
そんな巨大な蚊が持つ鋭い口は、まるで槍の先端のよう。
あんなもので体を貫かれようものならば、場所によっては即死する。
「怪虫、デスモスキートだ。あれは人の汗や、吐き出す二酸化炭素に強く反応する。」
「そのまんま蚊じゃねえか。」
「因みに奴らは吸血する。」
「だから蚊そのものだろ。」
「しかし血を吸われたが最期、吸われ過ぎてミイラみたいになる。」
「おっと、そいつはスケールが違うねえ。」
「って言うか、ヒカさん。マジ急いで!」
「駄目だ取れない! くそっ。あ、いやっ取れた!!」
輝人はリュックの中からガスマスクを探し当てた。
だがしかし、今度はそれがリュックの中どこかしらに引っ掛かって抜き取れない。
輝人は力の限り引っ張った。
「やばいやばいやばいやばい!!」
接近する羽音。
デスモスキートはすぐそこだ。
「やばいってぇええええ!!」
「クガマル、ヒカを。」
「しゃーねーな!!」
背中から飛び立つクガマルは輝人の元へと急行した。
一方潤史朗は、メガキラーの放射ノズルを手の中から離し、今度は腰に備えた大口径のハンドガンに持ち替える。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばいぃいいいいいい!!!」
デスモスキートは輝人のすぐ背後に迫った。
それは、30センチほどの尖った吸血口を、彼の胸のあたりに狙いを定め、一瞬その場に滞空した。
クガマルとの距離は残り5メートル程。
その援護が間に合うか、間に合わないか。
さらに悲鳴を上げる輝人。
どう見てもクガマルの方が一瞬遅れて辿り着く。
間に合わない。
がしかし、その高速で飛翔するクガマルを追い抜く存在が現れた。
それは、赤い光のレーザーポインタ。
レーザーは一瞬すらも時間を掛けず、ぱちりとデスモスキートの体を捉えた。
そして同時に響き渡った、気持ちいい程の炸裂音。
潤史朗の放った銃弾は、レーザー光を辿って走り、滞空していたデスモスキートをバラバラに破壊。そして千切れたその羽は、はらりはらりと闇の中に舞い落ちていった。
「当たった。」
「まだいんぞ。油断するな!」
止まない羽音は、それがまだ複数体いることを示した。
視認できるのはあと3体。
「取れたぁ!!」
クガマルの支援もあって、輝人はようやくリュックから防護マスクを抜き取った。
そしてそれを顔面に装着。
しかし、絡まるバンドは複雑にごちゃついて、思うように顔に吸着しない。
して、その作業を行うのは片手のみ。クガマルも手伝うが、その大顎では繊細な作業は不可能だ。
次の瞬間、右手の平からポロリとマスクが落下する。
叫びをあげて手を伸ばすが、その先にはまたしてもデスモスキートの姿があった。
「うひゃあああああ!」
「さっさと逃げろ!! 死にてえのか!!」
クガマルが輝人の尻を顎で摘まむと、彼は今までで一番の速力で壁を這い上った。
接近するデスモスキートが1体。
クガマルは顎を開いてその1体を迎え撃つ。
だがしかし、デスモスキートは軽やかにその攻撃を回避。
クガマルは自慢の顎で食いちぎろうと更に追い回すが、飛翔能力では圧倒的にデスモスキートが上をいった。
最高速と加速性能を生かし、弾丸のように攻撃を仕掛けるも、デスモスキートは変則的に素早く動きまわり、その大顎に捕まる気配は全くない。
そしてクガマルの戦闘中、残りの2体が潤史朗と輝人のそれぞれに襲い掛かった。
必死で壁を這いあがり、足でそれらを振り払いつつ上に進む。
潤史朗の方はハンドガンにて応戦するが、それもクガマルと同じように、変則的な動きに間に合わず、射撃線は全く重ならない。
せいぜい威嚇で撃つのが精一杯だ。先程の命中は、所詮隙をついた偶然の当たりにすぎない。
「うあわぁああ、あっちいけ! くそっ、くそっ。」
足で振り払おうとする輝人の方は限界が近づく。
デスモスキートはその様子を暫く観察したのちに突進。
潤史朗はその危険を察知すると、そちらの方にも威嚇で発砲した。
しかし、何にしろ効果は薄い。
一刻も早くここを離脱し無ければ、持久戦でこちらが負ける。
二人はダッシュで壁を登った。
そしていよいよ潤史朗の方も弾丸は切らす。
こちらも攻撃手段は手と足のみとなった。
執拗に追い回しに掛かるデスモスキート。
その吸血口が刺さるのも時間の問題だ。
メガキラーを放射すれば事は済む。
拡散する毒の噴霧で、デスモスキートなど何体いようと一瞬で殲滅できるだろう。
しかし、今それをすれば、一人の死亡が確定する。
だがそれでもやらねばこちらも死ぬ。
拳銃の弾ももう尽きた。
「やれっ、ジュンシロ―!! もう限界だ!!」
交戦中のクガマルが叫ぶ。
腰の下からぶら下がった放射ノズル。
やるか、やらないか。
その二択を選ぶ猶予は、もはや一刻も無い。
潤史朗に向けてデスモスキートが突撃する。
向けられた鋭い吸血口。
突進と同時に、ぶすりと鋭く刺突を受ける。
彼がかざした右腕に、その吸血口は突き刺さった。
「ジュンさん!!!」
が。そこで潤史朗は腕に刺さったデスモスキートを反対の手で確保。
そして掴んだその胴体を、力の限りをもって壁に叩きつける。
するとそれはべちゃりと液体を噴き出して、壁に潰れて張り付いた。
「ジュンさん、う、腕!腕が!!」
「いいからお前は登れ!! ゴミクソ!!」
2対2となった瞬間、クガマルはデスモスキートを追い回すのを中止して、輝人の襟首に張り付くと、その飛翔能力で、一気に上方へと力を掛ける。
それで飛ぶのは厳しいが彼が壁を這い上がる速度は倍以上になった。
そして時々離れてはデスモスキートを威嚇しつつ、輝人を上へ上へと引っ張り上げる。
こうして、いよいよ高さは潤史朗の場所まで追い付いた。
「ジュンさん無事っすか!?」
「防護マスク、まだ予備もってるけど!?」
「駄目だ!! つけてる隙がねえ!!……いや、ちょっと待て!!」
デスモスキートを追い払うクガマルは突然にその場で停止した。
「どったのぉ!?」
「穴だあ!!」
クガマルが自前のライトで照らす先には、壁反対側の側面に空く大きな穴。
それは穴というより、強引に壊した割れ目という感じであり、設計上のものではないのは明らかだった。
正規の階層とは考えがたいが、逃げ込むにはちょうど良い大きさだ。
今度こそ、そこに選択の余地はない。
潤史朗はすぐさま壁を蹴り飛ばし、反対側面に空いた壁の割れ目に頭から飛び込んでいった。
「いやいやいやいや無理無理無理無理!!何メートルだってのこれ!!」
「いいからお前も飛べ!! 死にてえのか!!」
「いや飛んだら落ちて死ぬよぉおお!!」
そう喚くうちに迫りくるデスモスキート。
輝人は意を決して壁を蹴った。
その跳躍力は到底足りはしなかったが、クガマルが引っ張り上げることで、何とか割れ目に手が届く。
そしてその手を掴む潤史朗。
彼を力ずくで輝人を穴の中へと引き込むと、襲い来るデスモスキートに放射ノズルの先端を突き付けた。
潤史朗の後ろ、逃げ込んだ穴の中で伏せる輝人は、両手で口と鼻を抑えて目を瞑る。
次の瞬間、エレベーターの昇降空間はたちまち濃霧で覆われた。
「やったか?」
「やったよ。」




