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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第一部
12/81

第12話 エレベーター1


「という訳で我々は現在、非常に危機的な状況にあるわけだ。ふむ。」


 潤史朗は、額から滝のように流れ落ちる汗をぬぐって言った。


「なぁ。」

「なんだね、クガマル氏。」

「オレにはとても、目の前の野郎がそんな困ってる人間のようには見えないんだがな。」

「それはいかんねクガマル氏。君は少し自覚が足りていないようだ。今は大変危機的状況なのだ。」

「おいおい、それはお前に対して今オレが指摘した事なんだがなぁ?」

「ふむ。」


 小型のバーナーに点火された青白い炎。

 その上にはアウトドア用のケトルが設置され、二人と一基はそれを囲んだ。


「で、なぜ湯を沸かす。」

「食のためだ。」

「何?」

「これを見たまえ。」


 そう言う潤史朗は、荷物をまとめたカバンの中から、激しい動作でカップ麺を取り出した。


「地下のソウルフーズ。カップ麺。」


「……。」

「残念だが、ドローンの君には食が不可能とみた。哀れだなクガマルよ。」

「悪いが、39℃の密室で、それを食べたいとは微塵も思わん。むしろこの環境でそんなもんを食いたがるお前は、すでに温度で頭がいかれてやがる。」

「なんだと?」

「まぁいいだろう、確かに腹が減っては戦が出来ぬと言うしな。緊急事態だからこそ飯がいるだろう。で、問題は何故車載の非常食がカップラーメンしかないのかって事だ。馬鹿だとしか思えんぞ。」

「何を言うか。これは地下のソウルフーズだぞ。」

「それはただおめえが好物なだけだ。地下もソウルも関係ねえ。」

「無論、食後のコーヒーもある。おっと、湯が沸いた様だ。」

「……。」

 潤史朗は皮のグローブをはめた手で、バーナーの火を切り、ケトルのお湯を二人分のカップに注いだ。

 もともと蒸気が沸き立っている空間に、さらに水蒸気が立ち込めた。

 まさに究極のサウナとでも言うべき場所で、カップラーメンを食わんとせん男がいる。

「クガマル、正確に三分を測定するんだ。」

「はいはい。」

「ふふふ。三分後が楽しみだ。」

 そう言って、潤史朗はアルミの箸を蓋に乗せた。


「さて、では三分待つ間に、現状の整理をしておこうか。」


 先程とは変わって、真面目な口調で喋り出した潤史朗

 彼曰く、今現在抱える問題点は二つある。

 一つは自身らの置かれた状況。

 乏しい装備でバイクも失い、場所にあっては正確に地下の1万2千メートルだと発覚した。

 エレベータの降下中に、ゴキゲーターがコンテナ内に侵入したことよって過重量となり、それによってブレーキに異状をきたしたエレベータコンテナは、地底のどんづまりまで落下した。ここは開発途中に放棄された地点であり、エレベータコンテナの扉の外には平面的な階層空間は存在せず、空間は上しか存在しない。そうすると、必然的に脱出ルートはエレベータ昇降空間を上に登るしかないが、最初の階層までは恐らく100メートル以上は登らなければならず、そしてその後も地下5000までの長い道のりを徒歩での移動となる。もちろん、その間に現れるであろうゴキゲーターとの戦闘は極力避けなければいけない。


 それが一つ目。


 そして二つ目の問題は、現在、尾張中京都の地下5000で起きている異常事態について、であった。


「それでヒカさん、話してくれるかな?君が最初に、地下5000の境界を抜けた場所のこと。公安隊にはもう言ってあるのかな?僕たちにも教えてくれると助かるけれど。」

「あ、はい。公安は知ってます。ええとっすね……。」


 時間の経過と共に、ヒカリンは徐々に落ち着きを取り戻しつつあったが、しかしその目は虚ろで焦点が定まっておらず、そして首はうな垂れていた。


「なんか、割れ目みたいな感じのがあって……。」

「割れ目?それはどんな形?、大きさはどの位?一体どこにあったの?」

「ええと、2メートルくらいですか。ごちゃごちゃした感じで。」

 ヒカリンはしゃがんで顔を伏せたまま、呟くように言った。


「よくわからんね。」

「わからんな。」


 潤史朗とクガマルは口を揃えて言った。


「それにお前、場所も正確にはわからねえんだよな?」

「あ、はい。……。」

「おいジュンシロ―。殺せ。役に立たねえぞコイツ。」


「ひいいぃぃ。」


「いや、どこの賊だよ君は。」

 クワガタムシに脅されて、隅っこに縮まるヒカリンだった。


「けど、これで一つはっきりした。」

「んあ?」

「今現在、尾張中京都及びその地下市町村において、メガ級地底害虫の発生危険がある、と言う事だ。」


 潤史朗は胸の前で腕を組んだ。


「これは想定していた一番嫌なパターンだったけど……。」

「いいや、一番おもしれえパターンの間違いだろ、ぎゃははははっ。」


「ヒカさん。公安隊はその割れ目がどこにあるのか、もう把握しているの? 確か君は、その情報提供のために脳神経外科送りを差し止められている身だよね。」

「案内しました。車で。」

「なるほど。」

「それで案内の最中、色々地下を回ってたら。そしたら、そしたら現れたんです。その、ゴキブリの大群が……。」

 ヒカリンは震えながらにして、そのゴキブリと言う単語を発した。


「ふむ。」


「恐らくその割れ目、と言うか穴は、もう塞ぎにかかっているだろう。しかし……。」

「その穴が一つなのかどうか、んでもって、どういった経緯で穴が開いたのか。」

「そう。それが問題だ。」

「過激派が思いつきでやったんじゃあねえのか? あいつら爆発とか好きだろ。俺も好きだ。」

「もしそれが原因なら幸いなんだけどね。でも、浅いとこでのゴキゲーター大量発生事案も、無関係とは思えないし。」

「わかったぞ。オレには。」

「なに。」

「これも過激派の仕業だ。ゴキブリを地上に撒き散らす、ある種のバイオテロだぁ。ぎゃははははははは。」

「過激派は君だよ。クガマルやい。」

「ぎゃははははははは。今に起こるぞっ、大量虐殺が!!ぎゃははははははっ。」


「それ、マジ、なんすか。」

 二人の会話を聞いていたヒカリンは、呟くようにそう言った。


「あ、あんなんが、地上に……。」


「ふむ。」


 ごくりと唾をのみこむヒカリン。

 彼の虚ろな眼差しは、一旦潤史朗の方に向けられた。


「そのマジにならないようにするのが、僕とクガマルの仕事だ。」

「仕事で……。その、何か使命みたいな、感じで?」

「そんな大したもんじゃないよ。」

「……。」


 ヒカリンは再び下に視線を戻した。


「確かに仕事だぁ、上の町を守るのはなぁ。」


 クガマルか言う。


「なんたって、オレにとっちゃクッソどーでもいい事だからなあ。んな事。だから仕事だ仕事。つまんねーけどやるのが仕事だろ?使命感なんてあったら、とっくにバイオテロ起こしてんだっての。ぎゃははははは。」

「あ、僕は違うよ? あくまで人道的なあれだからね。うん。」

「そう、すか……。」


「まぁね、まぁ色々と思うところはあるんだけどね……。」


 地下のソウルフーズ、その醍醐味とは一体何なのか。

 縮れた麺を割りばしで掴み取り、スープを飲みながらズルズルと啜る。

 何てことはない。ただのカップ麺だ。

 ただ、このサウナ状態の地底で啜るカップラーメンは、他とは一味違った趣がある。

 それは言うなれば、真冬に食べるアイスクリーム。

 それに特別感を感じる人が多いように、この男、志賀潤史朗も、このカップ麺に感じるところがあるらしい。

 しかし、傍から見ていると、猛烈に汗をかいて、外と内の熱気に耐えつつ、何とか喉に熱湯を流し込んでいるだけの苦行にしかかみえない。はっきりいって変人だ。

 だが、本人としてはこれが良いと言うのだ。

 どうぞと言って、それを手渡されたヒカリンも、困惑の表情を隠せずにいた。

 しかしそれでも、元気が出るからと言って半ば強引に渡されたカップを口にする。


 まず湯気でむせる。そして熱い。

 よりにもよって、そのチョイスは名古屋名物台湾ラーメンである。

 今彼らはどんな運動競技よりも激しく汗をかいていた。


「そして水分はない!!」


 潤史朗は食べきった。


「ただの馬鹿だろ。」

「旨けりゃいいでしょ?」

「一理あるが、そういう問題じゃねえ。」


 両手で必死に汗をぬぐうヒカリン。

 麺を何十回も息で冷まし、一気にそれを啜りにかかる。

 もはや味わう余裕などない。


「クッソ!あちぃ!」


 声を出して気合を入れたヒカリン。彼は遂にスープを飲み干した。

 そして再び拭う汗。


「はぁ、はぁ、暑い……。」

「ほら、元気出た。」

「え?」


 と、こうしてお腹の虫が鳴きやんだところで、脱出作戦は開始された。

 バイクからは最低限の道具を積み下ろして、カバンやその他の入れ物に装備。

 持ちきれない荷物はヒカリンの手も借り、色々と詰めたリュックを彼に背負わす。

 さて、まず第一関門は、ゴキゲーターによって開けられた天井の穴から脱出し、エレベーターの昇降空間を壁沿いに登って、そして最初の階までつ辿り着く事だ。

 いま現在のエレベータコンテナの位置は、最下層階よりも下にあり、コンテナの扉を強引に開いても目の前には壁があるのみだ。

 一体どこまで無計画に掘削工事をしたのかという事だが、経済的もしくは政治的な理由などで、もっと深くに階層をつくるつもりが、それも頓挫してしまったのだろう。これもまた地下開発全盛期の産業史跡と言える。

 という事で、二人はエレベータコンテナ内に多数転がるゴキゲーターの死骸を上に高く積み重ね、それをよじ登ることで天井の穴部分まで到達、このようにしてコンテナ内からの脱出は容易に済んだ。


 して、問題はここからである。

 上を見上げると、真っ暗。

 ライトを照らしたところで、光は全て闇に消える。

 どれだけ明るいライトを使おうと、何かしらの反射物がなければ、光は目に帰ることなく、それは暗闇となる。

 空間は一体何処まで上に伸びているのか、さっぱりわからない。もちろん、ここを落ちて来たのだから数キロ上まで続いているのだが、何も見えない以上、見えてる側壁の直上がもう天井であると言われても疑いようがない状態だ。

 勿論、目の前の側壁ならば、ライトの光で表面の粗やひび割れまでも、くっきり見る事ができた。

 壁は煤だらけで、少しでも触れようものなら、指の先が真っ黒になってしまうほどに汚れがひどいが、幸いにも劣化によって崩壊してしまったような箇所は見当たらない。また所々に足を掛けれそうな構造的凹凸や太い支柱などがあり、登るのは案外余裕とみえた。


「えええっ、これを登るんすか!?」

 上を見上げるヒカリンは、小さく悲鳴を上げた。

「そだよ。東京タワーくらいは登るかも。」

「いえぇええ!?」

「あ、そのリアクション、マイチューバーっぽいね。」


 潤史朗はそう言いながら、壁に手と足を引っかけて登り始めた。

 またクガマルのほうも、ぶんと飛んで壁を登る潤史朗の背中に張り付いた。


「先いってるよ~。」


「うわわっ、待って待って。心の準備が!」


 こうしてヒカリンも、潤史朗に続いて壁登りを始めた。

 一旦登り始めて見れば、意外とペースは快調で、順調に距離をのばす。

 既に、小さなマンションくらいの高さは進んだ。

 手を滑らせれば簡単に死ねるが、恐怖心は意外と湧いてこない。

 と言うのも、上も見えなければ下も見えないからである。想像さえしなければ、視界にあるのは目の前の壁のみ。側頭部のアクションカメラでそれさえ照らしていれば、雑念なく登る事が出来た。ヒカリンの方も、貸し出されたヘッドライトで目の前を照らし、黙々と進んでいた。


「意外といけるね、ヒカさん。」

 壁登りも大分慣れて来た頃、潤史朗は少し下を進むヒカリンの様子を見て言った。

「流石はマイチューバーって感じ? たまに暇つぶしで動画見ることあるけど、結構体張った事してるもんね、君たちってさ。」

「いや、んな事ないっすよ。馬鹿みたいなことばっかやってて。」

「そう?」

「はい。こうやって今なんとか登ってられるのも、そうするしか道がないからで、正直足の震えが止まんないっす。」

 確かに、そう話す彼の声は震えていたが、それでも先ほどよりは言葉に元気が戻ったように感じた。


 さすがにまだ、例の動画の様に、はしゃぐほどの生きのよさは無いが、それでも今生きるために心を奮い立たせているのだった。


「俺、すげぇ馬鹿でした。」

 ヒカリンは続けた。

「あのゴキブリの事を思えば、今までの活動なんてゴミみたいなもんすよ。調子乗ってきてみたら、ホントにやばい時にはもう、どうしようもないんだって……。今までふざけてたのが、もう何てのか……。」


「まぁいいんじゃないの?そういう需要もあったんでしょ。それで視聴するファンの要望が高まれば、そりゃあ色々挑戦したくなるもんじゃない?いいと思うよ。君の活動。」


「マジすか……。」


 すると、しばらくの間を置いて、再びヒカリンは喋り出した。


「あの、俺、池上輝人って言います。」


「へぇ。そう。」


「それで、あのぉ……。」


「志賀潤史朗だよ、僕は。地下衛生管理局で働いてる。趣味は食玩集めとカップラーメン。あと、生き物が好き。」


「なんか、変わってるっすね、志賀さんって。」


「潤史朗でいいよ。」


「じゃあ、潤史朗さん、いいやジュンさん。その今更なんすけど、ありがとうございます、二度も助けられました。」


「いや、まぁついでにやった事だしね、別にいいよ。」


「おいお前、感謝する相手は一人じゃねえだろ。どーなってやがる。」


 潤史朗の背中に停まるクガマルが言った。


「オレの同意がなきゃお前は死んでる。即ち、直接的な命の恩人はオレだ。そこんとこわかってんだろうなゴミ。」


「ひっ、す、すんません。か、感謝してますぅっ。」


「いいだろう。これからもオレを崇拝することだ。」


「は、はいぃっ。」


「で。コレの名前はクガマル。まぁ仲良くしてやってよ、ドローンだけど。」


「ぎゃはははっ、まぁ脱出するまでの付き合いだ。公安送りになったら、お前は脳みそをいじくられて、記憶が吹っ飛ぶからな。ぎゃははははは。」


「う、うぅ……。やっぱりそうなるんすか……。」






 

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