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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第一部
11/81

第11話 地点不明

 

 志賀夏子自室にて。


 彼女は片手にスマートホンを持ったまま、ごろんと背中からベッドに倒れる。

 スマートホンを天井にかざして、その画面をスクロール。

 先程の発信履歴を見ようとするが、画面が横に回転し、なかなか上手くめくれない。

 一旦うつ伏せの体勢になって再びチャレンジ。

 枕の上に顎を乗せ、両手を伸ばして、画面を見る。

 発信履歴には兄の職場の電話番号。


 我ながら馬鹿だと思った。


 一体どこの世界に、兄の職場の連絡先まで登録している妹がいるだろうか、ましてや帰りが遅い程度の事でわざわざ電話するなど、親でもあるまいし、普通はまず考えられない。むしろ親でさえ、子供の職場なんぞに電話はしないだろう。

 一人前に立派に働いている訳だし、まるで帰りの遅い小学生を心配するような、そんな電話を掛けようものなら、一体どんな家庭なのだと変に思われても仕方ない。電話をされた方はいい迷惑だ。


 少々気が早ってしまったか、いや、そもそも本当に何かあれば向こうから電話があるに決まってる。


 やはり、少々気が早ったのだ。

 今更ながら、自分のした行動が恥ずかしい。


 と、そう思いつつ彼女は枕に顔をうずめた。

 この電話のことは、兄に聞かれたらどう説明しようか。

 いや、兄は兄で嘘をついていた訳だし、そんな事を問い詰められる義理はないだろう。

 そう、まずは徹底的に説教をしなければいけない。

 なんとなくは察していたが、やはり兄は地下の仕事をしていた。

 地下は危険で、あれだけやめる様に言ってあったのに……、どうやら兄は、地下に潜らないと駄目なようだ。

 そんなに地面が好きならば、いっそ地面の中に住めばいいに。


「……。」


 なんとなく兄の携帯に電話してみる。

 当然だが繋がるはずはない。

 私が、やはり心配のし過ぎなのだろうか。

 そもそも冷静になってみれば、兄の仕事に口出しすることも普通はあまりないだろう。

 兄は家族だが、お互いがお互いに別々の違う人生を自由に生きていくわけで……。

 けれど、そんな私たちでも一般論に当てはまらない箇所がいくつかある。

 父と母は数年前に他界した。

 そう、私たちが残された最後の家族。

 お互いがお互いに、親の分まで心配するのは自然とも言える。

 ましてや兄は、危険の伴う仕事をしているのだ。

 普通より心配していたって、それも当たり前。

 まぁそんな事、大学の友達にも、おじさんにも、無論兄にも絶対に言うつもりはないけれど。


 スマートフォンのデータの中に、家族の写真がいくらか残っていた。

 たまに見る事があっても、そのほとんどは、よくわからない昔の画像だ。

 四人で映っているものもあれば、兄と二人で映っている写真もある。

 兄の表情は変わった。

 私も変わった。


 今の方がいいと思う事もあるけれど、一体昔はどんな感じで、お互い接していたのだろう。


 写真の兄は、むすっと不機嫌で、そんな兄に甘える様に飛びついてるのは私。

 今では考えられない光景だ。

 だがこんな、こっぱずかしい写真でも削除することはできなかった。

 これは今でも秘密のフォルダに隠し持っている。


 もしも。

 もしも、あの日、あの出来事がなければ、昔と同じように、こんな風にしていたのだろうか。


 ・・・・・・。


 その光景については、いささか曖昧だ。

 それはとても巨大で、且つおぞましい物であった。

 今でこそ大分ぼやけているが、あの強烈な感覚だけは、はっきりと体が覚えている。

 そこは地中の奥深く、熱気が朦々と立ち込めており、蒸気の中から巨大な‟あれ”が顔を覗かせていた。

 地面は鼓動で唸り、上からはパラパラと小石が降り落ちる。

 巨大な‟あれ”の他にも、相対的に小型の個体が複数いた。

 こんな場所にこなければ良かったと、後悔をする暇もなく、それらは波の様に押し寄せる。

 既に何人もが死に絶えた。

 ここで逃げるか、抗うか。

 術を持たずして抗う事、そこに意味があったとしても、実質的効果はほとんどない。

 ここで抵抗しようが、時間稼ぎはできて数秒。

 しかし、体は逃げる事を選択しない。

 無論そのつもりは毛頭ない。

 振り返れば後ろにはもう誰もいない。

 それでいい。

 それでいのだ。

 自分より後ろを走るものが、自分の前に転がる屍のようにならなければ、それでいい。

 片手に握った拳銃は、既に弾の尽きたガラクタ同然。

 それを相手に投げつけると、いよいよ武器は無くなった。


 一体が自分に襲い掛かった。

 自分もそいつに襲い掛かった。

 だけれども、力の差は歴然。

 無意味に飛び掛かった自分は、まるで飛んで火にいる夏の虫。

 と言っても、虫は相手だが。


 どうやらここでゲームオーバーだ。

 既に色々諦めがついてる。

 痛いのは嫌だが、まぁ一瞬だろう。


 だがしかし、そんな時に予期せぬことが起こり得た。

 どうやら自分一人では、足止めには不足であったようだ。

 あの小型の虫共全てが、自分だけに襲い掛かろうはずはない。

 何体かは、自分に見向きもせずに後ろへ抜けていく。


 それは駄目だ。

 絶対にならない。

 もう一度全身に力をこめて立ち上がろうとする。

 だがしかし、それはもう遅かった。

 両足が鋭い牙に捕まってる。

 それに構わず力一杯抜け出そうとするが、そうすればするほどに足の痛みは焼ける様に貫いた。

 必死で逃がした者たちを、お構いなしで追跡するゴキブリ達。

 痛みを伴う悲痛な叫びは言葉にならない奇声となって地下に響き渡る。

 その方向に右手を伸ばす。

 しかし、新たに捕食に加わった一体が、その突き出した手の平を顎でガッチリ挟んで咥える。

 そして眼前は赤く染まった。


 最後に叫ばれる、死力を尽くした喉の振動。

 それが意識を失う直前の最期の記憶であったのだ。


 


「夏子!!!」


「ぎゃはははははは!! 残念!! 俺だぁああ。ぎゃはははははははっ。」


 潤史朗がはっと目を開けると、目の前には虫。

 ゴキブリとは違う、でかいクワガタムシが顔を覗き込んでいた。


「クガマルか。僕何か言ってた?」

「妹の名前を口にしていた。」

「そう。」

「随分うなされていたようだが?」

「まぁね。少し夢を見ていたんだ。多分、昔の事なのかな。」

「だろうな。なんせこの暑さだ、あの時と同じくらいの深度だろうよ。」

 潤史朗は体を起こし、周囲をゆっくりと見渡した。

 あまり広くないエレベーターの中。

 バイクの後部から上に伸びた投光器は周囲を黄色く照らしているが、僅かに立ち込める白い蒸気が、その光を所々遮った。

 しかしそれでも目立つのが、その辺に転がるゴキゲーターの死骸の山。

 まだ死んでから間もないため、それらの足は若干ぴくぴく動いていたが、どうやら全て殺虫できていたようだ。

 まぁ、そうでなければ目を覚ますことはなかったが。


「生きてる。」

「数時間寝てただけだ。ま、お陰様で最下層だがな。地下10000メートルは超えてるだろうよ。」

「そうか。何か不思議な感じだよ。」

「のんきなもんだなお前は。色々確認してみろよ。この現状、あんま笑えねえぞ。」

「まぁ、何とかなるって多分。」


 潤史朗は立ち上がると、側頭部にいつも装着しているアクションカメラのライトを点けた。

 状況の確認に入る。

 気温39度、湿度100%、現在位置にあっては不明だが、地熱のことを踏まえて推測するに、地中深度1万は超えているだろう。

 またバイクの方は、ゴキゲーターの死骸に埋もれて前輪が変形、走行はまず不可能だ。

 背負っていた殺虫剤、メガキラーの残圧はゼロ。残りのボンベはバイク積載の一本のみ。

 そして小型のボンベ、爆散殺虫グレネードは全て使い切った。

 以上がざっと見たとこの状態だ。

 確かに、あまり良いとは言い難い。


 そして、その他のバイク積載品を確認しようと、その周辺に移動すると、陰でうずくまる若い男を発見した。

 確か彼の名前はヒカ何とか。

 彼は膝を抱えて座り込んでおり、顔を伏せて啜り泣いていた。


「やあ。」


 潤史朗はしゃがんで男の顔を覗き込んだ。


「うぐっ、うぐっ。」

「怪我は?」

「ぐすっ、ぐすん。」


 泣きじゃくるヒカリンは首を横に振って答えた。


「そうか。良かった。」


「何もよくねえぞ。」

 クガマルが言う。

「その生ゴミは死んだ方が良かった。どう考えても邪魔だ。」


「そうかなぁ?」


「天然ボケもほどほどにしとけ、ジュンシロ―。現状は今把握したろ、地下1万でメガキラーは一本、バイクは廃車だ。今のオレ達にコイツを助ける余裕はねえ、仮に余裕があっても、助けたところで社会の負債が増すだけだ。ましてコイツは自力で動けそうにない。よってここに置いていく。わからんとは言わせねえぞ。」

「いいや。それは駄目だね。」

「どうやら、まだ頭が寝てるようだなジュンシロー。」


 クガマルはぶんと飛び、潤史朗の顔の正面に向き合った。


「いいか、よく聞けジュンシロ―。偽善ってのはなぁ、地上に生きる裕福で暇な奴のごっこ遊びなんだ。だが今の俺たちに、そんな遊びに興じてる余力はない。まず自分が生きろ。そして他人は殺してでも見捨てろ。この感覚は上の連中には絶対わからねえ。死ぬ感じを肌で触れた事がねえから意味不明な綺麗ごとを抜かしやがるんだ。そしてお前はその豊かな地上民に毒されつつある。目を覚ませジュンシロー、ここは死の極地だ。」


「……クガマル。」

 潤史朗は静かに言った。


「僕がこの人を助けると、まだ言ってないよね?」


「違うってのか。」


「甘くみられたもんだね。僕も。」


 立ち上がる潤史朗。


 彼はヒカリンの後ろに立つと、腰のホルダーからゆっくり拳銃を引き抜いた。


「お、おい、ジュンシロー??」


「殺してでも見捨てろ。今そう言ったね。」


「ああ。その通りだ。」


「命ってのはさ、何事に置いても決して最優先にされる訳じゃない。理想を語る偽善を剥げば、それが実際だ。」


「わかってんじゃねえか。」


「そう、そして僕の命のもそうだ。時にそれは最優先でない。じゃあ果たして何番目のものなのか。」


「……。」


「当然一番じゃない。多分二番目でもないだろう。結構低いのさ、僕のそれは。」


「おい、お前は一体何の話をしてる。」


 不審がるクガマル。

 しかし潤史朗は構わず続けた。


「命のリスクよりも優先される目標があるのさ、僕にはね。そしてその一つに挙がるのは、この地底世界の解明。」


「…………。」


「よって、この人は一旦保護する。そのリスクは厭わないさ。」


 そう言い放つ潤史朗。

 すると彼は、拳銃のカートリッジをグリップ部の下から抜き取り、そこに詰まる弾丸の個数を確認した。


「ほら、まだここにも武器がある。僕が知ってる過去最悪の状況には、まだまだ遠く及ばないさ。」

「撃つんじゃねえのかよ。」

「はぁ?? 撃つ訳ないでしょ? 僕をどんな人間だと思ってるのさ。」

「だから少し驚いたんだろうが!! って、そんな事はどうでもいい!! お前の言ってることは訳がわかんねえ!! 一体どう転んだら、地底の解明と、この男を助けることが繋がるんだ!」

「ま、一連の不可解な現象を考えると、この人はキーパーソンだよ。ここで見捨てることは大きな損失だ。」

「ホントかよ。」

「もちろん、そうでなくても助けるけど。」

「だろうよな、お前は。どうなっても知らねえぞ。」


「立てる? ヒカさん。」

 潤史朗は再び、ヒカリンの元にしゃがんだ。

「えぐっ。う、うん。たてますぅ。」

「よし。」




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