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MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~  作者: 浪川晃帆
第一部
10/81

第10話 課長席

 

 課長席。


 ドライヤーでセットを決めてた髪の毛を、前から後ろに両手でかき上げる。

 一旦伸びをすると溜息をつき、再びデスクに頬杖をついた。

 情報課長は頭を悩ませる。

 もう終業時間を過ぎて4時間以上も経過すると言うのに、出向中の職員から一向に連絡が来ない。またこちらからの通信も繋がらない。

 緊急の出向と言えども、いつもは数時間もすれば報告をよこすのに、今日という日は一切音沙汰なかった。

 これは異常事態と捉えるべきなのか。

 もしも、単純に通信機材のトラブル程度だったのならば、問題は何もない。

 だがしかし、あの地下の化け物にやられていたのであれば、それは厄介極まりない事だ。

 上層部に報告が上がるようなことがあれば、自分の責任が問われ、立場が危うくなることは間違いない。


 そもそもだ。

 あの男は研究部の方から一時的に借りている人材であり、正式には情報課の所属ではない。

 しかしながら現状、今の中日本支部の体制では、深度5000以下の実態調査は極めて困難であるため、無理を言って彼にそれを依頼している状態なのだ。

 とてもじゃないが、一般の職員に、あのような地獄の探索など不可能である。いくつ犠牲があっても足りはしないだろう。


 そして研究部の方には、あくまで調査のみを援助してもらうという取り決めになっており、彼が緊急の殺虫出動を行っていることは伏せてあるのだった。

 研究部からしてみても、彼は貴重な人材である。そんな危ない仕事に就かせるなど、とても容認はされないだろうし、それが発覚したら大きな問題だ。


 だがしかし、公安隊との兼ね合いや、支部上層部の意向からしても、その任を外すことは難しい。

 こちらとて、本部や関西支部に対しての面子もあり、地下の実態調査を滞らせるわけにはいかないし、あまり地下を放置していると公安隊に大きな顔をされてしまう。


 無論、研究部に対しては、悪いという気持ちもあるのだが、各方面からの圧力もあって、あの男、志賀潤史朗の力を借りない訳にはいかなかった。

 そういう訳で、この事はできるだけ情報課内の秘密にしておきたいのが本音という訳だ。


 そして今行うべき選択肢は二つある。

 これは長期間の調査中であるとごまかし、彼の無事を信じて待つか、または今すぐに不測の事態を上に報告して、それなりの対応を取るかの二つだ。

 前者の方が恐らく良いだろう。

 あの男の事であるし、そう簡単にやられてはいない。

 だとしたら、下手に報告をしては、研究部との規約違反をただ暴露するだけで終わる。そんな馬鹿なことは無いだろう。

 しかし万が一、彼が本当にやられて死んでいたのであれば、前者の対応は非常にまずい。

 規約違反をしていたことが判明した上で、更にそれを隠そうとし、はたまた職員の行方不明を放置していた事になるのだ。

 そんな事態になれば、もはやクビどころの騒ぎじゃない。


 課長は考えた。

 もしもやられていたら……、の確率を考えた。


「まぁ……、無いだろ! ないない。」


 課長は席を立ち上がった。

 皮のカバンを手に取って、課長席を後にする。

 残っていた職員は、この部屋では自分一人だけ。

 部屋の電気を消灯し、扉のノブに手を掛けた。

 今日は一旦帰宅しよう。

 明日結論を出しても遅くはないはずだ。

 また明日になれば状況は変わっている。

 今はじっとこらえてとにかく待とう。

 果報は寝て待てと、昔の偉人も言っている。


 と、課長が思う丁度その時だった。


 課長が事務室を出ようとした時、事務机の固定電話が外線音を鳴り響かせる。

 それに気が付いた課長は、少し慌てて電話をとった。


「はい、地下衛生管理局中日本支部情報課です。」


 もしかしかしたら志賀からの電話かもしれない。

 本来ならば、業務時間外では外線は受け付けない設定にしてあるが、彼のためにも今は解除中であることを思い出した。

 そしてもしこれが志賀からの電話であったなら、全ての不安要素を晴らし、気分よく帰れるというものだ。


――あのすみません。少し伺いたいのですが……。


 受話器から聞こえてくるのは若い女の声。

 無言の溜息をつく課長は大げさに肩をおとした。

 当然志賀からの連絡だとばかり思っただけに、見当違いの相手に落胆した。

 しかし例えそうでも、あくまで市民対応は真摯でなければならない。

 電話越しで、本当に溜息を声にしたら、後でどんなクレームが入ることやら。


「はい、どういたしましたか?」

――あの、申し遅れましたが、私、そちらでお世話になっている志賀潤史朗の妹、志賀夏子と言います。

「えっ? あ、ああ、彼の妹さんですか!?」


 潤史朗ではなかったと思えば、まさかの妹からの電話であった。

 彼に妹がいるとは一度も聞いた事がなかったが、それにしてもなぜ職場に電話をかけてくるのか、そして彼のことについてどう説明をすべきなのかと、課長の頭の中では様々な思考が巡り、半ば混乱状態の一歩手前だ。

 しかし電話越しの妹を名乗る女は、課長の次の言葉を待つことなく話を続ける。


――お忙しいところすみません。実は今日、兄が大学の講演中に突然飛び出して行ったんですよ。多分、緊急のお仕事なんでしょうね。なのでそれはいいんです。ですけど今日はまだ帰宅していないようで、もしかしたら、まだそちらで勤務中だったでしょうか。


 課長の額に冷たい汗がじわりと伝った。

 いや、なにもあせることはないはずだろう。

 相手は、なにも知らないただの小娘だ、適当にあしらえばそれでいい。

 そもそも一般に公表してない業務に、違反もクソもありようがないのだから。


「ああ、潤史朗君はね、今日は少し庁外業務で出向中でしてね。ちょこ~っと戻るのは遅くなるかなぁ。」

――そうですか、支部の方にはいつ頃戻りますか。

「いやあ、ごめんねぇ、それもちょっとわかんないんだなぁ。戻ってきたら妹さんから電話があったって伝えておくよ。悪いけどそれでいいかな?」

――そうですか……。


 なに、何て事はない。

 それよりもまぁ、兄思いの良い妹ではないか。

 帰りの遅い兄を心配して電話をくれたのだ。きっと夕飯や風呂の準備の都合があるのだろう。

 いやぁ関心関心。


――つまり兄は、帰ってこないと連絡をとれない、今は連絡のとれない場所にいるってことですね?


 油断した矢先に飛んでくる鋭い一言。

 自然に口角の持ち上がった優しい笑みは、そこでピタリと硬直した。


「あ、いやぁ、まあねぇ。その何と言うか、別にそんな事もないのだがね、まあ仕事の都合で色々ねぇ、うん。」

――いえ、いいんです。ただやっぱり、地下の凄く深いところで仕事をしてると思うと凄く心配で。

「いやいや、そんな地下5000以下と言ってもね?  別に特段危険があるわけでもなし、何も心配はいらないよ。お兄さんの事は大丈夫だ。」

――そうですか、やはり兄は地下で働いているんですね。

「え?」

――お忙しいところ失礼致しました。兄が戻りましたら連絡するよう伝えて下さい。あんな兄ですが、遅くなる時はいつも連絡をくれたので……。何もないといいのですが。

「……。」

――それでは失礼します。


 電話は切れた。

 が、課長は受話器を持ったまま、しばらくそこで止まっていた。


 どうしたことだろうか。

 まさか小娘相手に、こうも手の平でコロコロさせられるとは予想もしなかった。

 結果的に自分から、あまりよくない情報をもらしてしまっらたのだろう。

 地下の5000以下で働くこと自体は、地下衛生管理局としてなんら隠していない周知の事実であるが、今の感じからして恐らく志賀は妹にその事を伝えていない。

 こちらとしては、彼が消息を絶った現状から、あまりその実態をあからさまにしたくないのは事実であるが、話してしまった以上は仕方ない。さすがはあの男の妹といったところだろうか。

 彼女が他の職員にこの話をしないよう願うばかりである。


「さて、どうしたもんか。」


 そう呟いてポケットに手を突っ込む。

 するとその時、今度は自身の携帯電話に着信が入る。

 着信音は、時代劇のテーマソング。

 よく聞きなれたこの音は、妻からの着信だ。

 課長は少し面倒臭そうに電話をとる。


「はい、俺だぞ。」

――ちょっと、あなた! こんな時間までどこほっつき歩いてんの!? 別に今日は飲み会でもないんでしょ?


 受話器から飛んでくるキンキン声に、課長は電話を耳から遠ざけ顔を曇らす。


「仕事だよ仕事。今日はちょっと色々あんだよ。」

――あなたいつも定時で帰るじゃない。

「たまには忙しいこともあんだ。」

――嘘言ってないでしょうね?

「ほんとに仕事だ。」

――で、いつ終わるわけ? その仕事とやらは。

「ああ。そうだなぁ……。」


 課長はそう言うと、しばらくそのまま考えた。

 先程とった事務所の電話をぼんやりと眺める。


――ちょっと、聞いてるの? あなた。

「ああ、いや悪いな。今日はもうちょっと掛かる。」

――……、なにかあった訳?

「いや、なにも。まぁ日付が変わるまでには帰るさ。すまんな心配かけて。それじゃ。」


 切った携帯電話をポケットにしまう。

 彼は無言で課長席に戻るとパソコンの電源を入れた。

 ここで帰るのもありだったのだろう。

 だがどうしてか、まだやれることをやりたいと、自然に湧き出るその気持ちが、彼を再び課長席に座らせた。


 大丈夫、0時までにはきっと帰れる。

 自分も、そして彼も。


「あー、もしもし、私だが。」


 課長が覗く先は、パソコンのディスプレイの上に乗る小型カメラ。

 そしてディスプレイに映っている映像は、通信の相手方カメラが捉える様子だ。


 カメラを通して、こちらの顔も向こうの画面上に出ているであろうが、相手の方は一向に顔を覗かせない。

 通信が繋がっている以上、近くにいるのであろうが、果たしてこれは本当に通じているのだろうか。


「あの~、私だが、そこにいるんだろう? 要件があるのだが。」


――ちょー忙しいんだけど、おっさん何か用?


 姿は現さないが、聞こえてくる声からして若い女のようだった。

 がしかし、先ほどの妹を名乗る女とは異なり、その口調からする雰囲気からは気品や上品さと言ったものは、やや欠けているように感じた。


「ああ、実はだね。」

――てか、おっさん誰? ‟私”じゃ、わかんねーっしょ普通。どこのボスだっての。

「いや、すまん。中日本支部の野口だ。」

――知ってまーす。で、要件てなに。


 なんと手厳しい。 

 世の女性がみなこんなだったら、もう生きていけない。


「あまり大きな声では言えないんだが、実はこちらの地下で職員が一人消息を絶った。」

――で?

「是非、君たち関西支部、特別殺虫チームの力を借りたい。」

――……、あんたぁそれ正気で言ってんの?

 声の女は少し呆れたようにそう言い放った。

――職員が一人行方不明って、そんなんでうちらSPETが動くと思ってんの?

「ああ、いや……。そうは思わんが。」

――どういう経緯か知らんけど、地下深くで人が死ぬなんてのは日常茶飯事でしょ。大体公安の連中がどんだけそこで死んでるんだっていう話。たかだかうちらの職員が一人行方不明だからて普通誰も動かんでしょ。おっさんがどーいうつもりか知らないけど。

「それは、承知しているつもりだが……。」

――大体さあ、おっさん、まず話を通す相手が違うでしょ? 支部跨いでるじゃん、これ。うちに直接話す前に、通すべきルートってものがさ、あるんじゃないの?

「いや、まあそれも承知で……。」

――それとも何、何か良くない理由があるって言うの?

「……。」

――なに、おっさん。まぁいいけど、聞くだけなら聞いたげる。はやく済ましてよね。

「悪いな。」

――いいよ、でなに?


 事態を説明するには、自分の立場上少し抵抗があった。

 だがしかし、通信を始めた時点でもう心は決めたはず

 上を誤魔化す事なんて、後でどうとでもなるだろう。

 今は出来る事をただやるべきだ。


「実は消息を絶ったのは、例の彼なんだ。志賀潤史朗。知っているだろう?」

――そりゃあ知ってるよ、先輩だしね。でもそれが急にどうしたの。先輩が消えたの結構前じゃん。

「え?」

――え?

「すまんが、どういう事だ?。」

――だから、もう死んでんじゃん、先輩。おっさんボケてない?

「え、いや、彼は健在だよ。今もこちらで働いている。もっとも今は行方不明なのだが。」

――はぁ? どういうこと!? まさか、消息不明で死んだと思ってた先輩が見つかったってこと?

「いやそうではなく、行方不明になったのは今しがたで。」

――ちょっと待ってなよ!! おっさん!! 仲間連れてそっち行くわ!!

「あ、いやちょっと!」

―――出動よ!! SPET出動!! 尾張中京いくよー!


 遠くの方で女が大声を出しているが、スピーカー越しに聞こえてきた。

 パソコン画面はどうやらほったらかしのようなので、課長はこちらから通信を切断した。


「はあ……。」


 今度の溜息は声に出た。


 また少々まずいことになった。

 話がくいちがったまま彼らが出動してしまう。

 こちらとしては、あくまでもこっそり動いてほしいところでったが、これでは色々とバレるのは時間の問題だ。

 これだから話をちゃんと聞かない脳筋女は困るのだ。

 だがいづれにしても、関西支部の特別殺虫チームを動かした以上、それなりに理由を付けなければまずいだろう。


 まだまだ今日は帰れそうにない。







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