第7話
ホーンラビットに止めを刺して直ぐ、俺はクリスティーナを連れて小川へと戻って来た。
当然、傷口を綺麗な水で洗い流したいと言うのもあるが、クリスティーナにも水を飲ませて落ち着かせたかった。
俺と会うまでにどの様な事があったかは分からない。
しかし、ホーンラビットの件だけ見ても精神的には負荷が掛かっている事は間違いないだろう。
それと、ホーンラビットを鑑定で調べた結果、やはり食べる事が可能なようである。
取り敢えず、他の魔物や猛獣を招き寄せたくないので、血を洗い流せるこの場所で解体したかった事も理由の一つである。
そしてこの小川へ戻ってきた最後の理由。
「ちょっと、何をなさっているの?」
俺が川の傍にある藪へガサガサと掻き分けて入っていくと、クリスティーナが後ろから心配そうな声を掛けてくる。
「ん……、まあ、待ってて、ヴぅぅぅぅ」
左腕の激痛に耐えながら、クリスティーナにそう言い、なんとか俺は目的の物に到達する。
周りの木々や藪と似た色に擬態されていて気が付きにくいが、そこには、直径三十センチメートル程の茶色の花がある。
クリスティーナと会う前、小川で水を飲んだ時に、この花には気が付いていたのだが、直後に人の声がしてそちらに向かったから、収集も出来なかった花だ。
鑑定によれば、この花は『ヒピアの花』と言うらしい。
かなり貴重な花で、高価な上級治癒・回復ポーションの原材料になるという。
通常は精製して、特殊な方法で聖水と混ぜ合わせ、その効果を上げるらしいが、花の蜜を直接飲んだり振りかけても高い効果があるらしい。
クリスティーナのスカートを包帯代わりに使うより、こちらの方が有用そうだ。……破るの止めてよかった。
花は御椀のような形で、蜜が底の部分に溜まっている。
蜜の量も多く、花一つで、コップ一杯分ほどの量がある。
取り敢えず川で傷口洗ってあるので、花を傾けて蜜を傷口に振り掛ける。
もっとも、洗い流してもその後、血が流れ出てくるから、どこまで意味があったのか解らないが……、そこは気分的な問題で。
「ヴッっ!」
蜜を掛けるとかなりしみるが、ダラダラと止まらなかった血が、だんだんと収まっていく。
傷口の周りから薄い皮が張り、若干、肉が盛り上がりだしている。
地球の一般常識から見れば、まさしく常識はずれの効果。
まるで魔法のようだが、しかしこれはこの世界における魔法ではない。
鑑定によれば、この世界の一般的な治癒・回復方法らしい。
当然、貴重な上級治癒・回復ポーションという意味では、一般的なものでは無いようだが。
それにしても、驚愕すべき効能!
俺はおもわず『ヒピアの花』の蜜についてより詳しく鑑定を行おうと意識を振り向ける。
――が、
あまりに奇跡的な速度で直っていく傷口に注意が向いてしまい、つい鑑定スキルで傷口を鑑定してしまう。
すると、当然、
レオ・アイドの左腕の傷口:裂傷。ホーンラビットのスキル突進よって角がぶつかり出来た傷。筋繊維損傷、毛細血管の……etc。
と、傷について一通り、診断結果のような鑑定結果が細かく出て来る。
しかし、問題はその後である。
より詳しい鑑定結果を求めた為か、直っていくその状況が、ライブで更新されていく。
・『ヒピアの花』の蜜により、欠損部位の再生開始。
・『ヒピアの花』の蜜とレオ・アイドの魔力を結合。
・『ヒピアの花』の蜜とレオ・アイドの魔力結合から出来た物質、『エリク』を損傷部位と融合。
・『エリク』により血管部位の再生開始。
・『エリク』により筋繊維の再生開始。
・『エリク』により周辺の皮膚組織……………etc。
……これで画像があったら、まるで手術風景を解説されているようだ。
――っ!
そんな事を考えた瞬間、頭の中に、画像が現れる。
俺は自分の目で実際に左腕を見ているわけではあるが、頭の中でも同じ映像が流れている。
不思議な感覚だ。あえて言うのであれば、鑑定画像はゴーグルをかけて半透明の映像を見ている感じ。
そして、その鑑定画像の先に、現実世界が見える。
色々と試して見ると、鑑定画像は、現実世界とはずらして腕の映像を映す事もできるし、重ねる事もできる。
大きさも変えられるし、角度も変えられる。
腕の内部をCTスキャンしたような、3D画像にも出来る。
さらに、ものは試しと、魔力や『エリク』が映るように意識してみる。
と、鑑定画像の中に、赤外線スコープで見るような映像が現れ、黒い霧のような魔力や、白いドロッとした『エリク』が見えてくる。
よくよく見ると、魔力は体の全域から、傷口に集まり、『ヒピアの花』の蜜と結合している。
……これが魔力か……。
意識してみると、傷口へ集まる魔力が増える。
すると、加速度的に『エリク』が増え傷口がふさがっていく。
おおっ!
魔力は意識を向けると、かなり思い通りに動くようだ。
ためしに魔力を傷口に送らないようにすると、傷口の治癒が停止する。
今は傷を治す事が優先だが、この魔力に関しては後で検証と考察が必要そうだ。
しかしこの祝福鑑定スキル。
最初から思っていたが、鑑定という言葉の定義を超えて機能しているように思う。
これが、最上位の鑑定スキルの力という事なのだろうか?
どこまで使えるかも含めて、少しずつ検証、考察が必要だろう。
当然、『祝福鑑定スキル』自体を、より詳しく鑑定するつもりだが、最初に調べた時は、3D画像などは鑑定結果としては出てこなかった。
もしかすると、俺の想像力しだいで、スキルは可能な範囲で機能が拡張するのか?
まあ、それは後で検証するとして、取り敢えずもう一つの気になるものも、鑑定してみる。
エリク:再生物質の一つ。エリクサーなどの原材料としても使用可能。生成直後から劣化をはじめる。
万能とは言い難く、単純に生物組織の治癒・回復のみに有効。病気や欠損部位が一定期間放置されたものに関しては効果は無い。
日本風に言って見れば、即効性のある傷薬?
全然違うか?
うん、違うな。
それにしても、鑑定スキルが凄いのか、『ヒピアの花』が凄いのか、『エリク』が凄いのか、はたまた、この世界が凄いのか。
凄い凄いの連発で、馬鹿みたいだが、驚く事ばかりで、本当に凄い。
そういう意味では、この傷でのた打ち回りもせず、こうして冷静に対処できるのは、種属:ハイアーも凄いのだろうか?
だとすれば、俺は幸運だったのかもしれない。
……あくまでも、俺は。
「なにが起きていますの!?」
不意にクリスティーナの声が聞こえ、慌ててそちらを向く。
傷の治癒が、あまりにファンタジー過ぎる事だったので、おもわず思考の中に入り込みすぎていたようだ。
「その傷、直っているように見えるのですが……」
一部始終を見ていたクリスティーナが、困惑した表情と共に尋ねてくる。
俺はその問いには答えず、もう一つの『ヒピアの花』を手折って、蜜がこぼれない様に藪から抜け出す。
「説明する前に、取り敢えずこれを飲んでくれるか?」
疲労回復の効果もあるようなので、クリスティーナに『ヒピアの花』を差し出すと、花の蜜に目をやった後、ますます困惑した顔で俺を見つめてくる。
それはそうか。何の説明もなく、花の蜜をすすれと言われても、俺だって困惑する。
いきなり高圧的に叱り付けてこない分だけ、ホーンラビットの件から、ちょっとは信頼されているのだろうか。
「そうだな、説明はやっぱり必要か。実は俺は転移したとき……あーっ、と、そもそもあんた、異世界転移した事は分かってる……、よな?」
何せ、光の空間では俺の悪戯と決め付けて叱り付けてきたくらいだ。
「え? ええ、分かっていますわ」
「と言う事は、あの光の空間でご一緒したことも覚えてる……?
俺ちょっと見た目が変わっちゃったみたいなんだけど」
まあ、クリスティーナも髪の色が、綺麗な金髪に変わっているけど……。
クリスティーナは俺の言葉に、気まずそうに下を向きながら、
「ええ、覚えてます。
その、あの時は……、えっと……、ごめんなさい」
と小さな声で言ってくる。
……おおぅ!
可愛い……。
クールビューティーなのに可愛い……。
クール可愛い。
さすがアイドル。
一般の可愛い子の百倍(当社比)と言っても過言ではない可愛さ!
さすがアイドル。
大事なことなので、二度言った!
しかし、これが可愛い系のアイドルだったら、どーなるんだぁぁぁーーー!!!!!
……と、一人脳内会議を行ったところで、若干訝しげな目で俺を見てくるクリスティーナに向き直る。
「いや、覚えてて、分かってくれているなら良いんだ。
一応お互い味方同士と言うか、一応仲間と言うか、日本人で異世界だし……。ま、まあ、まずそこを確認したいんだけど?」
「えっと、私は……」
クリスティーナの反応が薄い。
一応仲間はまだ早いのか?
しかし、ここで協力関係を作ったほうが、お互いの為に良いと思うのだが。
「そうだな。まだお互い信用できるかすら分からないし。じゃあ、取り敢えず、暫定仲間ということでいい?」
「いえ、その私は、ウサギさんから助けて頂いたりして……普通に……」
俺が暫定仲間と確認したところで、クリスティーナが、小声でゴニョゴニョ何か言って来る。「いえ、その私は」から後が、はっきり言って聞こえない。
なんだ? まだ暫定仲間としても信用もできないのかな?
かと言って、どうする?
この世界で一人で生き抜いていくつもりか?
俺は嫌だぞ!
役に立つ仲間だろうが無かろうが、一人より二人だ。
日本では、ほぼボッチの生活ではあったが、寂しがり屋で何が悪い!
しかも、異世界だ!
心細い事この上ない!
「じゃあ、異世界で再会した知人という事でどう?」
俺がそう提案すると、クリスティーナが「えっ?」と驚きの表情で返事をしてくる。
驚きたいのはこっちだ!
知人でも駄目なのか!
犬か! 犬ならいいのか! 知っている近所の犬!
ボッチじゃないなら、いまの所それでも構わない! ……ぐらいの気持ちではあるが、
「知人も嫌?」
「い、嫌ではありません!」
俺が遠慮気味に聞くと、クリスティーナが勢い込んで否定してくる。
そして、
「そもそも私は! ……!」
急に大声を出して、真っ赤になって、下を向く。……手は握りこぶし。
……。
ナンナノコレ?
オコ? オコなの?
やっぱり知人も我慢ならないとか?
犬か? 俺は、近所の犬枠なのか?
そんなアホな……。
しかし、知人枠でオッケーはもらっている。
そう、現段階で言質はとったままだ!
ここは、「やっぱり知人も無し」とか言われる前に、素早く話を進めよう。
「じゃあ、知人てことで、お互いできる範囲で助け合いたいのだけど、それで良いかな?」
「ええ、構いませんわ。ただ……私は、仲間、いえ、本当は、その」
クリスティーナが、また下を向いて真っ赤になりながら、ゴニョゴニョ言っている。
よし! スルーする方向で行こう。
相手にしていたら、犬にされてしまうかもしれない。
それでは、ボッチではなくとも、ポチになってしまう。
「一応、知識の共有の為にも、この世界に対する認識や、お互い出会うまでを情報交換しよう」
二人の関係性に関する会話を素早く過去にする為に、俺はそう言って、お互いのこれまでの情報を交換する事にした。