第5話
二羽のホーンラビットがその鋭い角を、俺の左右から太ももめがけて突き立てる!
できる限り身をよじるが、ほんの数センチしか動かす余裕は無い。
角がゴッ! と音を立てて突き刺さる。
「うっ!」
強い衝撃に対して、おもわず呻いてしまうが、おもったほど痛くない。
なぜだ?
太ももを見ると、左右のポケットにパンパンに入っていた石に、ちょうど角がぶつかって一羽は跳ね返され、もう一羽は角の軌道がそれたようだ。
おおっ! 意味がなくなったと思われた石が、幸先悪いと思っていた石が、こんな幸運を招くとは!
ただただラッキーとしか言いようが無い。
しかし、ほんの数センチでも、必死に身を捻ったのも良かったのだろう。
少しずつの偶然の重なりが起こした奇跡といえば言いすぎだろうか?
俺がそうして半ば呆然としていると、ホーンラビットがいったん引いて体勢を整える。
っ! 今は呆けている場合ではない。
相手は体勢を低くして、もう一度同じ攻撃をしようとしている。
「させるかっ!」
俺は棍を思い切り横になぎ払い、二羽を同時に攻撃する。
角と顔にそれぞれ棍が当たり、ホーンラビットがのけぞる。
俺もこの機を逃すほど愚かではないと勢い込んで棍を振りかぶり、それを叩き付けようとして、己の間違いに気が付いた。
このような接近戦で大きな動作は、それだけで隙を作ってしまう。
案の定、二羽のホーンラビットは左右に別れ体勢を整える。
左側のホーンラビットはやや距離を開けて待機するが、右側のホーンラビットが身体を低くして、ドンッ! と再び地を蹴る。
同時攻撃でないのはありがたい!
とはいえかなりの勢いでホーンラビットの角が迫ってくる。
俺も必死で棍を振り下ろすっ!
ゴンッ!
一羽目のホーンラビット同様、迫ってくるホーンラビットの勢いと相まってカウンター気味に棍がぶつかる。
しかも運よくこめかみにヒットして、それを食らったホーンラビットはそのまま錐揉みして数メートル吹き飛ぶ。
しかしこれは運が良いというよりも、良く見えているからだろうか?
恐らく、今の身体は動体視力も良くなっているし、身体の反応速度も俺が思っているよりも上がっているのだろう。
運と言うより、これが現状の実力だろうか?
しかし今はそれを考えている余裕は無い。
まずは、最後の一羽を如何にかしなくてはならない。
一羽目と二羽目のホーンラビットにたまたま上手く対処できたからと言って、油断できるほどの余裕はない。
ホーンラビットの角をポケットの石が防いだのだって偶然だ。
左側にいたホーンラビットからいつ攻撃が来てもおかしくない。
俺は急いで左のホーンラビットに向き直り、棍を構える。
そして、さあ来いっ! とばかりに気合を入れてホーンラビットを睨み付ける。
が、俺の目に映ったのは、先程までそこにいたはずのホーンラビットが、俺に背を向け逃げて行く姿。
それこそ、脱兎の如く逃げて行く。
クリスティーナが飛び起きた流れでたまたま戦闘に突入したが、もともとは俺がクリスティーナと逃げる作戦を立てていたのだが、……相手が逃げるとは。
少々あっけには取られたものの、相手から去ってくれるならば、そのほうがいい。
少しでも不利と見るや逃げると言う事は、かなり臆病な魔物なのだろうか?
俺は取り敢えずその姿が消えるまで確認して、取り残された二羽のホーンラビットの方へ向かう。
眉間に綺麗なカウンターが決まった一羽目はもしかしたら死んでいるかと思ったが、どうやら二羽とも気絶しているだけのようだ。
もっとも、実は気絶したフリでいきなり飛び起きて攻撃、などとなるのも願い下げだから油断はまだ出来ない。
しかしどう処理すべきか一瞬迷う。
殺してしまうのはウサギとして見れば可哀想な気もする。
だが、ここで忘れてならないのはホーンラビットは人を襲う魔物であると言う現実だ。
下手をすれば、俺もクリスティーナも殺されていた。
ここで逃がしても他の人間を襲うかもしれないし、俺やクリスティーナを再び殺そうとするかもしれない。
見た目はウサギでも、地球で言えば危険な熊を放置するようなものだろう。
最初の攻撃も足に角が刺さっていれば、動けなくなっていたかもしれない。
そうなれば、最悪、三羽で俺をなぶり殺しだ。
単なる偶然と幸運で、俺は無傷でいられただけなのだ。
そう考えれば、止めを刺すしかないのだろう。
しかし、
「苦しませないように……」
おもわず呟きが漏れてしまう。
俺もやはり現代日本人である。
豚や牛などの生き物の命を頂いている事は解っていても、自らその命を奪うことには抵抗がある。
覚悟を決めねばと思うが、それでもついためらってしまう。
例えていうのならば、大型犬に襲い掛かられたが怪我はなかったのに、その大型犬を殺さねばならない気持ち?
人に牙をむいたとはいえ、怪我なく済んだのに殺すほどだろうかと、ついつい思ってしまう。
もちろんクリスティーナは一撃食らっているし、理論的に考えてもそれ以外選択肢が無いのだが、……。
なかなか生き物を殺すという覚悟が決まらず目を泳がせていると、クリスティーナと目があった。
目が覚めていたのか。
ホーンラビットの頭突きを食らって、再び朦朧としているのかとも思ったが、顎にアタックされて脳を揺らされただけだから、軽度ならすぐ意識もハッキリするのだろう。
見た目ほど強烈な一撃ではなかったのかもしれない。
しかしなぜ無言で睨み付けてくる!
……正直今は勘弁して欲しいのだが。
俺が何も言わないでいると、ますます目つきを鋭くしてくる。
だからと言って、今の俺にそんな態度のクリスティーナを相手にしている心の余裕は無い。
目線を逸らせて、ホーンラビットに向き直る。
「ちょっと、あなたっ!」
クリスティーナが俺を呼ぶが、俺がホーンラビットに釘付けになっていると、「あなたっ! こっちを見なさい!」クリスティーナが再び俺を呼ぶ。
「……はい?」
俺がしぶしぶ返事をすると、
「人が話し掛けているのに無視するなんて、なんてお馬鹿さんなのっ!」
……ん?
……お馬鹿さん?
それは、お花の国で、「あははははっ」「うふふふふっ」と、やっている妖精さんたちの事かな?
一瞬、思考をフリーズさせる破壊力満点のセリフを聞いて、膝から崩れ落ちそうになったが、俺の事だよな? お馬鹿さん。
お馬鹿さん……。
……天国のお母さん、生まれてこのかた、誰にも一度も言われた事はなかったが、俺はお馬鹿さんらしいですよ?
「えっと、今ちょっと忙しいから、黙ってもらってて良いかな?」
いま真剣なところだし、後でお相手しますからと心の中で付け加え、引きつった笑いで依頼してみる。
「あなた何を言ってますの? わたくしは今、大事なお話がありますのよ?
お口チャックしていたら、お話できないでしょう。本当にお馬鹿さんですの?」
おうふっ!
お馬鹿さんに続いて、お口チャック?
なんなんだこの人? 本当はこんなキャラなの? いや、本当も何も、もともと詳しくは知らないのだけど……。
クリスティーナは、目をくりっとさせながら、ちょこんと小首をかしげて、俺の返事を待っている。
えーっと。こういう場合はドウスレバイイノダロウ?
俺、恋愛偏差値二十五。
そもそも、女子と上手く話して、自分の考えを通すというスキルは無い。
加えて、俺の知る限りにおいて、この手のキャラに対する対応策は皆無。
「何で黙っているのかしら? あなたが私に黙れとおっしゃたのに、逆じゃなくて?」
と、今度は高圧的に顎を逸らしてクリスティーナが言ってくる。ただし、小首は可愛らしくかしげながら!
可愛い仕草なのに、憎たらしい! か、かわ憎たらしい! 地団駄踏みそうなこの空気感。
もはや万事休す! 俺の対応能力を超えた事態に発展しだしている。
取り敢えずは簡単な事情を説明して、大事なお話とやらは後に回してもらおう。
「えっと、取り敢えず、……逃げろ!」
「へっ?」
俺がクリスティーナに説明しようとした瞬間、クリスティーナの後ろに、先程まで気絶していたはずの一羽のホーンラビットが現れる!
クリスティーナに気を取られている隙に、目を覚ましたようだ。
ホーンラビットは、もう攻撃態勢に入っている!
俺はクリスティーナを突き飛ばそうと、全力で飛び出す!
間に合え! そう心の中で叫びながら。




