私と王子と私の夫
私は”物語の紡ぎ手”という王族に仕える一族に生まれました。
幼い頃はそれを自覚せずに姉や妹、従姉妹や遠い従姉妹たちと幼い王族の子どもたちとよく遊びました。王族たちとの相性から側近たちが選ばれるようになった頃、”物語の紡ぎ手”の一族である私は王族の一人に侍女として仕えることになりました。
”物語の紡ぎ手”とは王の身近に仕え、王の傍でその判断を見聞きし、その業績を記すことが役目です。
王ではない王族に仕える”物語の紡ぎ手”の一族は侍女として彼らに仕えます。”物語の紡ぎ手”は王に選ばれた存在であり、それ以外は”物語の紡ぎ手”を名乗ってはいけないから。
つまり何が言いたいかというと、私は”物語の紡ぎ手”の一族で、私が仕えている王族は王子であって王ではないと言うことで、私はただの侍女にすぎないと言うことなんですが・・・。
「頼む、クララ! 俺は結婚したくない!」
私に情けない姿でしがみ付いているのは幼馴染であり、私の主であるガーウェイン王子です。なよっとしたところがなく、誠実で頼りがいのありそうだとご令嬢たちに人気の整った顔立ちまで天に与えられた王子様。
幼馴染だからこそ言えることですが、この男、ただ一つを除いては欠点がありません。
「お前なら何とかできるだろう?!」
「私はただの侍女なんで何もできません」
「婚約を破談にしてくれたら、何でも望みを叶えてやる」
王子の甘い言葉に私の頭の中に城下町で見かけた髪飾りが浮かびました。高いから買うのを迷っていたけど、王子が買ってくれるなら・・・貴族御用達の超高級宝石店のものじゃないし――いやいや、賄賂に転んではいけません。
「そんなことしても次から次へと変わるだけですよ。アンナ様は高貴な生まれで気品があって素晴らしい方なのに、アンナ様の代わりに結婚する相手になるご令嬢が耐えられなかったらどうするんですか?」
「クララ・・・。お前は俺が女を愛せないのを知っていてそう言うのか?」
「あっ!」
そうなんです。
私の幼馴染兼主のただ一つの欠点は異性愛者ではないことなんです。
口にするのもはばかれるような趣味の持ち主なんです・・・。
しかし、世継ぎの王子でもあるんですよ(溜め息)。
「大丈夫ですよ。きっとうまくいきますよ。やる時はやれます」
元気付ける言葉だけ送っておきました。
この国の為にもこれで乗り切ってもらわなければいけません。
笑顔もついでにプラスしておきましょう。
「嘘くさい笑顔するな!」
簡単に見破られました。
自信は戻らなかったようです。残念。
「え? ガーウェイン様を元気付けたかったんですよ?」
「どこがだっ?!」
失礼な主ですね。
「なるようになりますって」
「なるようにならないから、こうして相談しているのにお前ってやつは・・・」
「そんなに心配ならライナス様に相談すればいいじゃないですか」
ライナス様はガーウェイン様の恋人です。
ガーウェイン様付きの侍女ですからそれくらい知っていますとも。
侍女は見た!! なんてね。
一心同体ではありませんが、主は側仕えに秘密なんか作れないんもんなんですよ。
側仕えに秘密を持つなら側仕えのいないとこで行うしかなく、側仕えにも秘密でいられるのは心の中だけ。
普通なら使用人ネットワーク(貴族の家々同士の使用人。貴族の家々と王宮の使用人。または貴族の家々の使用人と領地の人々)で使用人は主の秘密のほとんどを知ることができるんですよ。だから、主たちは知らないことでも使用人ネットワークで情報は流れまくっているんですよね。
使用人は使用人同士。王侯貴族(男)は王侯貴族(男)同士。王侯貴族(女)は王侯貴族(女)同士のネットワークがあります。このネットワークに属している者同士以外は、その情報を与えてはいけないし、欲しがってはいけないのがルールです。
違うネットワークの情報を知って大火傷を負う可能性だってあるからです。
母親や既婚女性たちのネットワークで独身の貴公子の悪評が流れていても、未婚の令嬢が知らないのはそういうのが理由です。
「何故、ここでライナスが?」
異性を愛せないのは仕方がなくても、自分の結婚で恋人が傷付くことを先に考えられないなんて・・・。
男としてかなりダメダメだ。
ダ男ズだ・・・。
「ライナス様はガーウェイン様の恋人じゃないですか。私はただの幼馴染ですよ。ガーウェイン様の結婚で一番、お心を痛めておられるのはライナス様です。私なんかと話している暇があったら、ライナス様と直接話されたほうが良いですよ」
「なんてことだ!」
ガーウェイン様は部屋を飛び出していきました。恋人様の所に行ったようです。
やれやれ。
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「クララ!」
私は一介の侍女として仕事をしていると突然、ガーウェイン様に抱き付かれました。
ガーウェイン様が結婚された今、私はガーウェイン様の妃アンナ様付きの侍女の一人として働いています。
結婚する前からアンナ様付きだった侍女にはガーウェイン様のスパイだと思われていますけど、日常はまともです。
え?
王子に抱き着かれているのにスルーしていていいのかって?
私どころか、異性に恋愛感情持てない王子ですよ?
かっこ良くてもドキドキしたりしませんよ。
「やはり駄目だった。いくら頑張っても無理なものは無理だ。アンナが俺が女を抱けないのに気付いて、もう来てくれるなとまで言ってきた」
「・・・」
そんなことになっているんじゃないかとは思っていました。
毎朝毎朝、アンナ様の表情がだんだん抜け落ちていって、生気が少なくなっているのを見るとそんな感じはしていたんですよね。
わかっていても、どうしようもない。
ここはもう、弟様か王弟様に頑張ってもらうしかありません。
と、私は思っていたんですが、問題は私の一族でした。
私は”物語の紡ぎ手”の一族です。しかし、今の王に”物語の紡ぎ手”として選ばれてはいません。
”物語の紡ぎ手”を何人も選んだ王もおりますが、それはたいてい、”物語の紡ぎ手”に先に死なれてしまったからです。”物語の紡ぎ手”が王の業績を後世に残す役目があるにもかかわらず、先に死んでしまうことはありますから。
過去には王をかばって死んだ”物語の紡ぎ手”もいたそうです。
それでなくても、王に”物語の紡ぎ手”は欠かせない存在なのです。”物語の紡ぎ手”とは王の良き相棒ですから。
と、まあ、私の一族のことがどうしてここで出てくるかと言うと、女を愛せない王子が王になる。ここまでは大丈夫です。
しかし、女を愛せない王子をその妃が拒否している。つまり、子どもが生まれてくることはないと言うことです。
・・・。
王の血筋が途絶えては物語も紡げません。
”物語の紡ぎ手”は王の物語を紡ぐのですから。
さて、そこで私はライナス様と結婚しました。
ライナス様は都合の良いことに婚約者がおられませんでした。
ライナス様も結婚したので、ガーウェイン様とライナス様の仲を口にするものも減りました。
そして、三人でガーウェイン様のお世継ぎを作りました。
他の国なら庶出と言うことになるかもしれませんが、”物語の紡ぎ手”の一族である私から生まれた子どもはアンナ様から生まれた子どもとして育ちました。
”物語の紡ぎ手”の一族が産んだ王族の子は妃の子どもとして扱われます。
それが”物語の紡ぎ手”として王家の血を絶やさない役目を持つ我々の仕事だからです。