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にがあま。  作者: Hypericum
3/5

第3話 イワシの煮付けとキャベツ太郎(前編)

仕事終わり、よいしょの大下と会社の近くの居酒屋へ。


俺がここ半年続けているマラソンの話。俺が記録の話をしだすと、大下が自分の話を始めた。

「僕は中高で陸上やってたんですよ。長距離専門で。あの頃って体力がありあまるほどありましたからね、記録もかなり速かったんですよ、確か・・・・・・」


大下は一切俺をよいしょしない。

自慢話が始まった。こんなら仕事の愚痴を言っているほうがまだましですよ。


お店の女性が運んできたのは、イワシの煮つけ。

針生姜が乗っかって。傍らには梅干し。醤油の甘いにおい。


「大下はイワシはどうよ。よく食べるか」

強引に話題を変えてやる。

すると、待ってましたとばかりに、語り出した大下のイワシ愛。


ウンチクを語るにもセンスが必要です。

知っていることを鼻にかけるのがどうしても鼻につく。

せっかくのイワシがまずくなりそうだ。俺が好んで注文したのに。

俺が黙って聞いていたから、大下は話し飽きたのだろう。


「俺は、ここから早く出たいですよ。社史編纂って窓際ですよね」

「どうしたいきなり。俺は今の仕事にもやり甲斐があると思うけど」

「岡谷さんまたまたぁ、そんな優等生的な発言やめましょうよ」


酔いが覚めてきそうだ。

酒に酔っているときぐらいは、ほんとどうでもいい、他愛のない話をしたくなりますよね。


「昔うちの会社にいた浅山さんって知ってるか?」

「浅山さん・・・・・いつ頃いた人ですか?」


そう、社史の取材のときだ。

会社を知る生き証人の情報は社史を作るうえで欠かせないもの。


「大下が入社より少し前に退職された人」

「知らないです」

「浅山さんはうちの製造部門に長くいたから、うちの製品を昔どう作っていたかとかよく知っているんだよ」

「そうすか」


---

妻の地元で暮らしたいと、定年退職後、関西で悠々自適の生活を送っている元専務で。

彼から釣りのお誘いがあってやってきた海の上。


釣り船の操縦席に立つ浅山さんが俺に尋ねた。

「岡ちゃん、イワシがなんで魚へんに弱いって知っとるか」


↓↓↓

サメに丸呑みされたイワシの群れ、その中でたった一匹の生き残りがいたんや。


そのイワシ、困るやろ。

最初は岩場に隠れたり、何とかごまかしおったがのう、おちおち休むこともままならん。

エサを探すのも他の魚が見つけてくれるでもなし、全部自分でやらないかんから、しんどくてたまらん。

一匹になって初めて思い知る苦労や。


あるとき、イワシ、もう隠れる気力も失せて、ボッーとしてた。

そしたら目の前にサメや!

サメから逃げる隙もあらん、ままよ!と思い、イワシは目をつぶったかわからんが、じっとしておった。


痛い!痛い痛い!

と思ったが、あれ、どうしたん!?


目の前におるサメ、じっとしてこっちを見ている。

イワシも最後の力を振り絞って見返した。目をそらしたら負けや!と思ったんかしらん。


そしたらサメがこう言ったんや。

「お前のこと、ずーっと見てたわ」

「へ?いつから・・・・・・」

「お前が生き残り、一匹になってからずっと」

「なんで?」

「お前の仲間みんな食べたら、しばらくお腹はいっぱい、お前一匹食べたところで何の足しにもならんわ」


イワシ、それを聞いて無性に腹立たしくなった、

なぜって他の魚は放って自分だけわざと残しておいた理由がわからんかったからだ。

「なら、俺も食てしまえ!」


イワシ、お腹を上に向けてぷかっと浮かびよる。

力が入らないから、棒っきれのように水面に真っ逆さまに浮かびよる。


「待て待て!お前、一匹になって何を思った」

「何って・・・・・・一匹は寂しいっていうのと、生きてくのが大変やなってのと」

「そやろ?俺も同じや」

「は!?あんたはそれだけの大きな図体して、襲われんよし、一匹で困ること何もないやろ」

「一匹は一匹や。エサは誰も探してくれん。うちはお前より魚一倍食わなあかんよ。エサの群れを探しあてるのも毎回苦労や。誰も助けてくれはしない。それはうちらの先祖がずっと強がっていたからや。実は弱いとずっと言えなかったんよ、うちらは。強がって生きんくてええ。弱いなら弱いって言ったらいい。群れたらええ。それでもいいんよ。じゃあな」


サメは気がついたらイワシの前から消えていたんよ。

↑↑↑


「岡ちゃん、弱いって今風に言うと何や」

「・・・・・・よわっ!」

「今の話な、余話なんや」

「え?」

「余話や。それから、イワシもサメも暖流に乗って西から来るから関西弁な」

---


大下が、「は?」という顔をした。

「随分こじつけましたね、浅山さん」

「船の上で聴くにはこういう他愛のない話がいいんだよ」

「wikiにはですね」

「わかってる、わかってる」

「イワシだけならいいんですが、そんな人が語る会社の歴史って何か怪しくないですかね。話が盛られてたりしませんか」


大下よ、心配するなかれ。


大体、この話自体が俺の作り話なんだから。

そのうち、このじいさんのことを会社で調べれてみればいい。

実在しないことがすぐにわかるだろう。

勘弁してくれよ。


さてと。

家に帰ったらビールを飲み直すか。


(後編に続く)

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