セラム
「金曜日、同僚が結婚するんです」
よく晴れた日の夕方、
スーツ姿でビジネスバックを提げた
男性が、カウンターの前で呟いた。
フラワーショップ『セラム』
控え目な構えだけど、私のこだわりのお店。
うちに来てくれるお客さんの多くは、
皆何かしらの想いを抱えている人で、
どうやらこの人もそうらしい。
そう悟るのに十分な沈黙。
カウンターを回り込み、
彼の側まで行ったところで、
ようやく続きの言葉が聞こえてきた。
「……それで、お祝いに花束を用意しようと思っていて」
「ご予約ですね?」
そう笑いかけると、男性は
ええ、まぁ。とぎこちない笑顔を浮かべた。
「これをお願いしたいのですが」
男性が指差したのは、
紫色のラン。その立て札には、
花束の見本写真をつけてある。
品種は、デンファレ。
「紫色が好きな人でして」
「そうなんですね。
とても喜ばれると思いますよ」
男性と受け渡しの日時を打合せ。
それが終わり、お名前と電話番号を控えて
頭のなかでこれからの仕事を整理する。
すると、今するべきことを思い付いて、
カウンターに背を向けて、
歩きだしていた男性に声をかけた。
「良かったら、こちらもお持ちください」
振り返った男性に、
私は青紫の一輪を差し出した。
「これも彼女に?」
「いいえ、あなたに」
不思議そうに受け取った男性に、
「幸せは必ず訪れますよ」
と伝えると、ぱちぱちと
まばたきをしたあと、
「ありがとう」と微笑んだ。
それは、紛れもなく
私が見たい笑顔だった。