シャロンと中等部②
昼食を食べ終え、教室に戻ろうと私達は廊下を歩いていた。
レーナ様の風によってサラサラと揺れる金の髪は本当に美しくて、思わず瞬き一つせずに見惚れた。
見続けていれば当然目も合う訳で、バッチリと青い瞳と視線が交わった。
「そう言えばあの方、今日は現れませんね」
「あの方?──ああ、そうですね」
今日はいつもより平和だなと思っていたら、私は大変な方を忘れていたらしい。
周りに人がいるので敬語に戻っているレーナ様の声掛けによって、私は一気に憂鬱になった。
肩を落とす私にレーナ様は気の毒そうな顔をする。
「大丈夫ですわ、朝見てないってことは今日は来ないってことではないでしょうか?」
「そうだといいんですが……」
“あの方”がどうか現れませんようにと願う私は薄情なのだろうか。
教室に戻った私に軽く眩暈が襲った。
焦るレーナ様が私の肩を支え、私の目舞の原因を睨みつけた。
その強い視線に気付いたのか、彼はこちらを振り向いた。途端、花が咲いたような笑みを浮かべられた。
「会いたかった!!」
貴公子にあるまじき大声で嬉々としてと 私の元へやって来た彼は、
「……御機嫌よう」
フレドリック・メシュヴィツ様。
メシュヴィツ侯爵家の御令息であり、
「貴女もお変わりないか?貴女に会えるこの時まで、貴女が無事かどうか心配で眠れなかった夜をあなたは知りますまい。だがそれは杞憂だったようだ。この美しい肌、透き通るような蜂蜜色の瞳、女神に勝る麗しいハニーブラウンの御髪。貴女の全てに恋い焦がれる罪重い私をどうかお許しください。そして、願わくば……
私と結婚して欲しい」
毎日私に愛を告げる求婚者である。
教室内にいるクラスメイト達は、この光景を見慣れているものの興味深そうに事の成り行きを見守っている。
眼前一杯に広がる薔薇の匂いに卒倒しそうな私に微笑む、この貴公子。
爽やかな顔立ちに反して、なかなかしつこいところがあるのはある意味愛嬌なのかもしれない。
侯爵家の子息だから無下にできる訳ないし、そもそも私の性格的に強く拒否できるような精神なんて生憎持ち合わせていない。
それに私はどうしても彼の求婚を本気に受け取ることができなかった。
「メシュヴィツ様……」
「ああ、いつもフレディと呼んで欲しいと申し上げていますのに、家名呼びとは距離を感じます」
「愛称で呼ぶなんて、そんな恐れ多いこと、」
「いえ、是非とも呼んで頂きたいのです。いずれは夫婦になるのですか──」
不自然に途切れた声を疑問に思って顔を横にやると、恐ろしい形相をした友人が仁王立ちで立っていた。
思わずビクリと肩を揺らしてしまった私を許して欲しい。
「メシュヴィツ様、恐れながら申し上げますが、もう少し立場というものを弁えて物を申し上げたらいかがですの?」
「ふん、伯爵令嬢に言われたくないな。そもそも公爵家の彼女と、伯爵家のそなたがいるだけで罪だと言うのに」
「あら、そんなこと初めてお聞きしましたわ。ならば、国王陛下に直接お尋ねしてもよろしくて?」
「ははっ、そなたが陛下を拝見できる訳がないだろう。私ならば可能かもしれないがな」
「言いましたわね」
「ああ、言ったとも」
目の前で繰り広げられる攻防戦に私は口をはさむことは勿論できなかった。
レーナ様の実際の身分を知らない彼の発言にハラハラしながら、彼女の手を窘めるようにギュッと握った。
その様子を見ていた彼は悔しそうに唇を噛み、友人は嬉しそうに私に抱き着いた。
毎日毎日繰り広げられる、彼とレーナ様攻防。
心休まる時が無いけれど、何だかんだ言ってこの平凡な日々に幸せを感じていたのは間違いない。