シャロンと中等部①
男爵家から王族までの幅広い階級の子ども達を受け入れている、貴族の為に作られた王立学院に私や弟妹たちは通う。
入学は十歳からで、初等部三年間、中等部三年間、高等部三年間と分かれている。校舎はとても豪奢雄大で、最初は足を踏み入れるのに少し時間をかけてしまったほど。
中等部の一年の自分の教室へと向かう間、すれ違う生徒たちが私に挨拶をしてくるので微笑んで返す。
私が大貴族バレンスエラの娘であるために仕方ないことではあるけれど、先輩ですら腰を低くするものだから何となく居た堪れない気持ちになるのもしばしばだった。
貴族の、それもバレンスエラの娘でなければ私は華の無い影の薄い存在だ。
そんな私に近づこうとする人は大抵下心が入っている。それ以外の人たちは皆同じように遠慮した言葉しか口にしなかった。
「ごきげんよう、シャロン様」
「レーナ様、ごきげんよう」
ポライト伯爵家の子女、レアリーナ・ポライト嬢。
日向のように伸び伸びした人柄に加え、他の追随を許さない美貌を持つ。アーモンドアイの大きな潤いのある目に綺麗な肌、滑らかな金髪に美しい碧眼の気品溢れる彼女は、周りの異性を惹きつけてやまなかった。
見つめ過ぎたのだろうか、レーナ様は首を傾げる。そんな姿ですら愛らしく、思わず口元を綻ばせた。
「何かついてますか?」
「いいえ、今日もレーナ様は美しいなあと」
「まあ、シャロン様に仰っていただくなんて本当に嬉しいですわ」
お世辞ではないんだけどな、と微笑みを浮かべる。
中等部から編入してきた彼女は、一人でいた私に声をかけてくれた人だ。それ以来、気兼ねなく色々な事を話せる大切な友人になっている。
昼休み、私とレーナ様は人が来ない裏場で昼食をとっていた。
皆が思わず微笑んでしまうような暖かい日差しの中で、サンドパンを軽く摘む。
「シャロン、あなたはもう少し食べた方がいいわ」
「これだけでお腹いっぱいになっちゃうんです」
はあ、と溜息を吐くレーナ様は呆れた顔をする。
周りに人がいる時といない時とで態度がガラリと変わるこの御方。
何を隠そう、我が王国の第一王女、レアリーナ・ディー・バトラー様である。
伯爵家の御息女というのは、彼女が成人するまでの仮の姿であり、実際はやんごとなき身分の御方である。
この国の王族は成人するまでは、公に姿を現してはいけないという慣習がある。
その為国民は勿論、貴族ですら知ることは出来ない。知っているのは王族とほんの一部の人間だけである。
「ずっと笑っているのって本当疲れるわ」
肩を揉むレーナ様に思わず苦笑いが零れる。
恐縮することに変わりは無いけれど、親しみやすい雰囲気を持つ彼女には気軽に声をかけることができる。
「あまり無理はなさらないで下さいね」
「ふふ、ありがとう。あーもう、シャロン可愛すぎるわ」
「もったいないお言葉です」
レーナ様と愛称で呼ばせてもらっている私は、最初彼女が王女だと知った時、ただただ驚くことしかできなかった。
普通の貴族子女と認識していた相手が、まさかの身分だと気付いた時、気安い態度で接していた私は思わず意識を失いそうになった。
今、この国に成人していない王子と王女がいることは知っていたが、まさか目の当たりにするとは思ってもいなかったのだ。
そんな彼女を知ったきっかけは、レーナ様の持っていたハンカチだった。
レーナ様が落としてしまったハンカチを拾って渡そうとした時、王家の家紋を見てしまったのだ。
言葉を失って立ち尽くす私に、彼女は眉尻を下げて言った。
私が王族だからと言って避けないでほしいと。これからも友人でいて欲しいと。
今にも泣きそうなレーナ様に、私は彼女の美しい手を取って言った。
「これからもずっと私達は親友ですよ」
その後結局ポロポロと泣き出してしまった彼女を慰めるのは大変だった。
どうやら公に出ることが出来ないと言う慣習の所為で、ずっと友人がいなかったと言う。
身分の所為で、友人がいなかった私と同じ境遇の彼女とはそれ以降さらに絆が深まり、何でも話せる間柄になった。
「シャロン大好き」
太陽に負けんばかりの輝かしい笑顔でそう言われ、私は今までにない幸せを心で噛み締めた。