シャロンと病気
夕食が終わった後、自室で一人本を読んでいると、レヴェルトがやって来た。
緊張した強い顔が無意識に私を緊張させる。
「少し、予知について分かったことがある」
予知能力がどういうものなのか、自分自身のことなのに正直全く分かっていない。本で調べたりしてみたけど、公の場所で出ている本には載っていないのか、そもそも予知能力を持つ人間に前例がないのか、ヒントすら見つかっていない状況だった。
その一方でレヴェルトは宮廷魔道士となった今でも、ずっと調べていてくれていたらしい。ありがたさに心打たれたが、次の言葉に衝撃を受けた。
「シャロンは病気だ」
思わず息を、言葉を呑み込んで、凝視した。そんな私の様子を見てレヴェルトは顎を引き、身体を固くする。まるで自分が当事者かのようにショックを受けているようだ。
「魔力欠乏症。それが病名」
「けつ、ぼうしょう…」
自分が他の人より魔力が少ないことはなんとなく理解していた。しかし病気であることは流石に予想していなかった。
「シャロンは魔力があまりにも少ない。普段は潜在的に自己防衛できるようなことでも魔力不足によって不可能になってくる。だからその代わり、予知することで危険を回避しようと脳がしているんじゃないかと俺は思っている」
「……そう、なの」
予知能力は自己防衛のためだと言うけれど、一つ疑問がわく。
私が見る予知は他人についての未来が多く、自分自身のための予知なんて見たことがない。
「それはまだ俺も分からない。これからまた調べてみる」
自分が病気であることに不安は感じるけれど、予知の正体を知ったことで小さな安堵が訪れる。しかし、安心するのはまだ早かったらしい。
でも、と言い淀む弟はとても言いづらそうに顔を歪めている。重たい口をやっとのことで開いたと思うと、衝撃的なことを口にした。
「シャロンはこのまま病気を治さないと──死ぬ」
今度こそ、私は口をポカンと開けて間抜けな顔面を晒した。
予想の範疇を優に超え、発するべき言葉が見つからず喉からは渇いた息しか漏れない。頭の中が白く溶け落ちるような感覚に陥る。
「魔力欠乏症の人は、一般の人が持つ魔力の基準を大幅に下回っている。シャロンも知っている通り、魔力は人の臓器やらの内部、肌の調子を保ったりや軽い病気の外部からの敵から守るものなんだ。だからシャロンは肌は真っ白だし、病気になりやすい」
他人と比べてみても細い白い腕が目に痛々しく映る。ぬけるような白さが急に恐ろしくなった。
風邪が他人よりも長引くことなんていつものことで、家族をよく心配させていたことを思い出す。
「成人するまでは若さからの気力で魔力が無くてもなんとかやっていける。でも成人を迎えれば気力はどんどん衰退していくんだ。成人した者は、気力が無くなる代わりに、魔力が増幅していき問題ない。……だけど、」
「魔力欠乏症の私は、魔力を作れない」
「……そういうことだ」
苦虫を噛み潰したような顔をする弟の頭を撫でる。こんなにも私のことを想ってくれている。
恐怖で膝から崩れ落ちそうなほどだけど、レヴェルトの様子になんとか気丈に振舞った。
「病気を治す方法はあるの?」
「一つだけ、あるみたいだ」
私は少し目を見張って、弟を見つめた。
それだけ重い病気なら、治療なんて出来ないと思っていたから。
「治癒魔法では直せない」
「じゃあ、」
「魔力過多精製症の人を見つけるんだ」
聞き覚えの無い単語に首を傾げる。
名前からして病気の人で間違いはなさそうだと検討をつけてみる。
「魔力過多精製症って言うのは、シャロンとは逆で魔力を作り過ぎる病気なんだ。シャロンがマイナスなら、魔力過多精製症の人はプラスだな」
「その人を見つけてどうするの?」
普通の問いの筈なのに、レヴェルトは黙ってしまった。
「……だ」
「え?」
「~~っ、体を交じあわせるんだよっ!!」
「──へ?」
顔をバラ色にする取り乱した様子のレヴェルトを見て、思わず私の頬も赤くなり、熱を持った。そういうことに疎いわけではないので、余計に頭が困惑した。
「で、でで、でも、その魔力過多精製症の人が女の人だったら、」
「魔力過多精製症は男性しかならないし、魔力欠乏症の人は女性だけだ」
呆気にとられ二の句が継げない。レヴェルトは構わず口を開いた。
「別に体を交わすと言ってもお互いの肌に少しでも触れればいいんだ。触れるだけで体が楽になるらしい。完治させようと思うなら、それ以上のことが必要みたいだけど」
「そ、そうなんだ」
姉弟で何の話をしているんだと言い知れぬ羞恥の情に駆られるが、レヴェルトの調査力に内心感服した。
「でも、その、魔力過多精製症の人は魔力を作り過ぎちゃってるだけなんでしょ?だったら私に魔力を分けるなんて迷惑じゃないかな?」
「いや、魔力過多精製症はれきっとした病気だ。魔力は作り過ぎると、自分を守る為の力が暴走して自身を喰ってしまう。最終的に死に至る。だから自分の魔力を分けてあげるような人が必要なんだ」
その相手が魔力欠乏症の人。
先程の弟のプラスとマイナスの表現が腑に落ちた。
「シャロンもきっと相手を見つけることができる」
「うん、ありがとう」
話は終わりだと言う風に、レヴェルトは立ち上がってドアの方へ歩いて行く。
おやすみ、と声をかけると、あ、と思い出した様にこちらを振り返った。
「魔力欠乏症の人と魔力過多精製症の人は最終的に一生の伴侶となるのが大半。しかも離婚率は限りなくゼロに近いらしい。おめでとう」
おやすみ、と私が呆然としているのにも関わらず出て行ったレヴェルトは最後に聞き逃せない重大な事を言い残して行った気がする。
何故祝いの言葉なんて言ったのかと、考えればハッと気づく。
きっとお父様と午前中話したことを聞いたに違いない。
名前を付けようもない感情が全身を駆け巡り、明日は学校だというのになかなか寝付くことが出来なかった。
窓から空を見上げれば、瞬く星は一つもなく、一枚の黒い大きな布がかかっているようだった。