シャロンと約束
ここ最近ルイス様やアイヴィー様たちの力を借りて様々なことに挑戦してきたおかげか、本当に自信が付いてきたようで、昔のように物事を後ろ向きに考えることが少なくなったように思う。
事実、今まさに私を見つめてくるルイス様を見て、恥ずかしい気持ちはあれど、私を好きでいてくれているからなんだと自然と考えられるようになってきた。
この調子でルイス様の横に立つのに相応しい人間だとたくさんの方に認めてもらえるよう頑張ろう。
そう改めて決意した矢先。
「ねえ、シャロン」
大好きな人の、とびきり甘い声。
「明日は学校は休みだけど……僕のサロンに来てくれる?」
どうして、とは聞かなかった。
代わりにぶわりと頰を赤くして、しばしの逡巡の後こくりと頷く。
私の反応にルイス様は心底愛おしげに目を細めた。
「約束だよ」
約束。
それは明日私たちがキスをする約束。
実はお互いの気持ちを確かめ合ったあの日以降も、ルイス様と唇を重ね合わせたことはない。
恥ずかしいのもあったけれど、一番はタイミングがなかったというのが大きな理由だ。
しかし私の病気はルイス様との接触が、ルイス様の病気は私との接触が回復の鍵となる。
つまりキスをすることは治療法のうちの一つなのだ。しかも、レヴェルトがまだしてないのか、早くしろなどと情緒のかけらもない言葉を投げかけてくるくらいには効果のある治療法。
これまでに唇以外にはたくさんキスされてきたものの、かしこまって唇にすると暗に言われると途端に緊張してくる。
明日二人きりになったその時には、私は恥ずかしくて恥ずかして仕方なくて、でも、きっとこの上なく幸せな顔をしているのだろう。
たとえ治療の意味がなかったとしても、大好きな人と触れ合えることは私の中で大きな意味を持つものだから。
「……あの〜、ここにいる人間のこと忘れないでください」
やってられないと言う顔のアイヴィー様を見て、大いに慌てたのは言うまでもない。
*
その日の夜、明日のことを考えて眠れなくなった私は、寮の談話室で読書をしていた。
もちろん集中などできるはずもなく、ページを捲る手は止まったままだ。
「……落ち着くのよ、私」
気持ちを落ち着かせるためにふーっとゆっくり大きな息を吐く。
さすがに寝不足のままルイス様に会いに行くわけにはいかない。そろそろ寝室に戻ろうと考えたその時、談話室の扉が開いた。
「……シャロン様?」
「アデーレ。どうしたの?」
「夜遅いのに明かりがついてるのが気になって見にきたんです」
「そうだったのね。ごめんなさい、読書をしてたところだったの」
「あ、そうだったんですね。邪魔をしてすみません」
「大丈夫よ、そろそろ部屋に戻ろうと思ってたところだったから」
最近はアイヴィー様と行動を共にすることが多かったからか、アデーレと話すのはなんだか久しぶりのように感じる。
彼女も同じ気持ちだったのか、アデーレは私をじっと見つめると、ボソリと呟いた。
「……シャロン様、最近なんだか変わられましたね」
聞こえてきたアデーレの言葉に、アデーレから見ても自分は変化しているように見えているのかなと思えて嬉しくなる。
「私を支えてくださる方のおかげだと思うわ」
「支えてくださる……それは……王太子殿下も含まれているんですか?」
懐疑的な声音にきょとんとした後、あ、と気付く。
少し前まで私とルイス様はあまり深く関わっていなかった事実を、そばにいたアデーレは知っている。
「ええ、そうよ」
私はもう大丈夫だという気持ちを込めて微笑むと、アデーレは黙り込んでしまった。
「アデーレ……?」
いつものように微笑み返してくれないアデーレに少し不安な気持ちを抱くも、すぐに彼女はニコリと笑って「シャロン様が幸せそうで良かったです」と答えてくれた。
先ほどまでの暗い顔は気のせいだったのかと思うくらいに満面の笑みを浮かべた彼女に、ほっと肩の力を抜く。
「では一緒に部屋まで戻りましょうか、シャロン様」
この時もう少しアデーレの様子を気にしていれば、何かが変わっていたのかもしれない。
気付いた時には全てが遅かったのだけれど。