ルイスと悋気
最近、王立学園でもっぱら噂になっている女子生徒がいる。
頭の良さ、性格の良さ、品の良さ、そして実家の強さ、そのどれもが他の貴族女性と一線を画しているのだから、周囲の興味を惹くのは当然の話なのだが。
「……」
「大丈夫です、殿下。あの方は今回もきちんとお断りされていました」
王太子にあるまじき顔をしている僕を見て、フレドリックは苦笑しながら宥めの言葉を投げてくる。
彼女が断ったことは分かっているが、不快に思う気持ちは抑えつけられない。
なぜなら話題のその人は他でもない愛しい僕の恋人だからだ。
気持ちが通じ合った後、自信を持てるよう努力すると宣言した通り、シャロンは今まで被っていたヴェールを投げ捨てるように自分自身を磨き始めた。
自分磨き自体はいいのだが、それによって心配の種ができてしまったことは否めない。
「今月に入って何人目だ?」
「五人目です」
心配の種、それは花が綻び始めたことにより、彼女の魅力に気付き始めた男子生徒たちが湧いて出てきたことだ。
シャロンが僕以外の男に靡くとは微塵も思っていないが、それでも彼女に関心を寄せる男が増えたという事実がまず面白くない。
「……」
こんなことを考えていれば会いたくなるのも当然なわけで。
「シャロン、今どこにいるかな」
「おそらくアイヴェルト殿と一緒におられるかと」
「またアイツか……。こうしてはいられない、シャロンのもとに行く。その書類についてはまた目を通しておいてくれ」
「承知いたしました」
自身のサロンを出た後最初こそ歩いて目的地へと向かっていたが、ベンチに座る影を見つけてしまえば足は自然と早くなる。
「シャロン!」
声を張り上げて愛しい人の名を呼ぶと、こちらに気付いた彼女がベンチから立ち上がり、ふわりと美しい笑みを浮かべた。
「ルイス様」
あまりの可愛さに一瞬足が止まってしまったが、シャロンのそばにいる奴の存在を思い出し、今度こそ彼女のもとに向かう。
「わ」
直前で勢いを殺しふわりと抱き締めると、シャロンはもぞもぞと恥ずかしそうに身動いだ。
近くに他人がいるから離れて欲しいのだろうが、奴に見せつけるためにも簡単に解放はしてあげられない。
なにより柔らかくて良い匂いがするシャロンから離れがたいのだ。
しばらくの間シャロンを堪能していると、パシリと後頭部を叩かれた。
「……邪魔をするな」
「そろそろシャロン様死んじゃいますよお?」
呆れた顔をするアイヴィー、もといアイヴェルトに顔を顰める。
「縁起でもないことを言うな。死なないようこうして抱きしめているんだろう」
「いや、羞恥心のせいでですよ」
その時ようやくりんごのように顔を真っ赤にして俯いているシャロンに気付き、慌てて顔を覗き込む。
「ごめんシャロン、嫌だった?」
焦りと共に謝るとシャロンはふるふると首を横に振った。
そしてもじもじと視線を彷徨わせた後、背伸びをしてこそりと僕に耳打ちをする。
「私もルイス様に抱きしめてほしいと思っていたところだったので、嬉しかったです」
「──」
僕の恋人があまりにも可愛い。
この子は一体僕をどうしたいのだろうか。
襲いたくなる衝動に駆られたが、理性を総動員してなんとかその欲を押し留める。
「シャロン、愛してるよ」
「わ、私も愛してます……」
「はいはーい、イチャイチャするのはここまでしてくださあい」
アイヴェルトの制止の声は煩わしいと思いつつも、まあまた二人きりになった時にシャロンを堪能すればいいか、と一旦この場でのふれあいを諦める。
「そういえば、シャロンたちはここで何をしていたんだ?」
「何って乗馬ですわ。シャロン様の服装と今いる場所を見れば分かるじゃないですかあ」
自分たちがいる場所を改めて認識させるために両手を広げるアイヴェルトにつられ、自身の視線が周囲に向く。
確かにここは学校の一角にある乗馬場ではあるので、ここにいる目的が乗馬であることはなんらおかしいことではないのだが、いかんせんシャロンに乗馬のイメージがなかったためか疑問が湧いてくる。
「なぜ乗馬なんだ? 自信を付けることと関係あるのか?」
「単純に体力付けるためですわ。シャロン様ったらまさに深窓のご令嬢って感じで全く体力がないんですもの」
「別にそこまでやる必要はないだろう。シャロンが病人の身であることを忘れるな」
「無茶はさせてませんわ。病に打ち勝つためには体力は欠かせませんし、……それに殿下のためでもあるんですよ。お二人の今後のためにも必要でしょう?」
「……」
なるほど。確かに体力があることに越したことはない。
そう納得し頷くが、シャロンは分かっていないようでルイス様のため? と不思議そうに首を傾げている。
分かっていないそんなところも可愛いよ。




