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シャロンと温かさ

 

 あれからルイス様の言葉に従ってサロンへと足を運び、レヴェルトが病気についてルイス様に話をした。

 私がパートナーだという話に触れた時、ルイス様は話の間動かなかった硬い顔をクシャリと歪めた。


「──やっと、見つけた」


 そう言ってルイス様は震える腕で私を抱きしめた。目の前にレヴェルトがいることなどお構いなしにギュウギュウ抱きしめてくるので、私の顔は真っ赤になってしまう。その一方で強い抱擁がもうあの頃の少年ではないことを暗に語っていて、私はなんだか泣きそうになった。


 ルイス様は私を抱きしめたままポツリポツリと話し始める。


「……僕は自分の病気が怖くて怖くてたまらなかった。誰か助けてくれ。死にたくない。そう思う毎日だったよ……」


 魔力過多精製症は魔力欠乏症と違って全身に痛みが這いまわる。それは勿論ルイス様も幾度となく激痛に襲われていたということで──。

 ルイス様の話を聞いて私は自分の身が切られたような痛みに襲われた。私のこのくだらない嫉妬心と劣等感がルイス様を苦しめていた事実を、恥ずかしいことに今更ながら気づいたのだ。


 自分の浅はかな考えが、行動が、大切な人を傷つけていたのだと思うと、涙がこみ上げてくる。

 けれどここで泣いてしまうことはただの自己満足だと分かっていた。だからこそ私はギュウッとルイス様を抱きしめ返した。


「でもね、シャロン」


 全てを分かっているようにルイス様は私の背中をゆっくりさする。その温かさが彼が生きていることを教えてくれる。


「シャロンに会うたびに体も心も軽くなって、僕は癒されていたんだよ。僕は昔からシャロンに救われていたんだ」


 ルイス様が──生きていて良かった。


 私が手放そうとしていたのは自分の恋心だけではなかった。人の命、それも誰よりも何よりも大切な人の命だった。


「ごめんなさい、私、ルイス様のこと全く考えずに……っ」

「僕は大丈夫。こうして僕が僕でいられているのはシャロンのお陰だ」


 ルイス様は私の目尻に小さく口づけを落とす。驚いて瞠目する私の様子を面白そうにルイス様は笑った。


「ありがとう、シャロン。僕と出会ってくれて、僕の気持ちを受け入れてくれて、僕を好きになってくれて」


 愛情に溢れたまっすぐなその言葉に私はもう涙を我慢することはできなかった。


「私も、ありがとうございます、ルイス様……!」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔を隠すこともせず、その言葉を放った時だった。


 ブワッと一気に温かいそれ(・・)が私の体に流れ込んできた。それは止まることなく私の中を満たしていく。


 私はそれが何かに気づいて、また泣いた。


 ルイス様も驚いたように目を見張って、そして悟ったように綺麗に笑った。


「なんて幸せなんだ」

「とても、幸せです」


 そうして落ち着くまでずっと抱き合って、私たちはお互いを満たしあった。






「ところで、レヴェルト」

「はい?」


 ルイス様はいきなり顔を横に向けたかと思うと、レヴェルトを見据える。

 私としてはみっともないところを弟に見られてしまい居たたまれないのだけど、気にすることもなく二人は会話を進めていく。


「触れ合いで症状が緩和するためには条件でもあるのか?」

「え?どういうことですか」

「この前シャロンに触れたときは正直そのような感じはなかった気がするんだ」


 レヴェルトは少し困惑した顔で私に視線を送ってきたため、心臓がドキリと跳ね、顔をそらす。

 その様子を見たレヴェルトは小さなため息を吐いて、優しく私に問うた。


「シャロン……お前何か言いたいことがあるんじゃないか」

「そうなの、シャロン?」


 ルイス様にまで見つめられ、きゅっと体を固くした。

 何も言わない私をそれでも優しい笑顔で待ってくれているルイス様を見て、ようやく決心を固めた。


「ルイス様はアイヴィー様が好きなのだと思っていまして、」

「ちょちょちょっと待って!アイツだけはあり得ない!いや、アイツが調子に乗ってたのは分かってて止めなかった僕も悪いんだけど、アイツだけはないから!」


 唐突にはなった言葉を聞いて顔を青くして慌てるルイス様は僕はシャロンだけだ!と何度も何度も繰り返す。そこにいつもの冷静沈着な姿はない。


「病気からくる本能のために私に優しくしているんだと……だからルイス様は本当はアイヴィー様を、」

「絶対ない!!」


 ここまでルイス様が私の言葉を遮ってまで声を上げるのは珍しく、凄い剣幕に私は少し腰を引いてしまう。レヴェルトでさえ口を引きつらせている。

 それでもここまで話してしまったのだからと、最後になけなしの勇気を振り絞って私は口を開いた。


「で、では何故そもそもアイヴィー様と仲がよろしいのですか?」


 その言葉にルイス様はグッと口元を引き締め、立ち上がった。


「──連れてくる」

「え?」


 私が止める間も無く、ルイス様はそのまま風のようにサロンを出て行ってしまった。

 残された私はレヴェルトと目を合わせるが、何かに気づいたらしいレヴェルトは何も言わずに目を逸らした。


 しばらくしてギイと扉が開いたかと思うと疲れた様子のルイス様が入ってきた。


「はーい、お待たせしましたあ!」

「失礼いたします」


 続いて元気よく入ってきたのはアイヴィー様とフレドリック様。

 アイヴィー様を視界にとらえた瞬間、私の体は大げさに震えた。レヴェルトは嫌そうに顔をしかめて、アイヴィー様を睨んでいる。


 そんな私たちを気にすることもなくアイヴィー様はルイス様に近寄り、こてんと首を傾げる。


「ところで何で私たち呼ばれたんですかー?」

「もう、全てを話す」


 ルイス様の神妙な声に、アイヴィー様は一瞬にして表情を失った。いつものアイヴィー様からはかけ離れた雰囲気に私は目を見開く。


「なんだ、バレちゃったのか」

「バレた……?」


 何の話をしているのだろうと、今度は私が首を傾げればアイヴィー様はあれ、といった風にルイス様を見た。

 首を横に振る彼の姿にアイヴィー様は納得したように顎に手を添えた。


「あ、これからって訳ね」


 そう言ってニヤリと笑ったかと思うと、アイヴィー様はレヴェルトに目で合図した。

 レヴェルトは嫌そうにため息をついたかと思うと、指を一度鳴らした。


「──え!?」


 私は思わず立ち上がり、呆然とそこに立ち尽くした。


 目の前には華奢で可憐な美少女はいない。その代わりに立っているのは、明らかに女性の体つきではない亜麻色の長髪を持つ美男子だ。

 彼は頭が動かない私の目の前に跪いて私の手を取り、そこに口付けた。


「初めまして、シャロン嬢。俺はアイヴェルト・マグナー。医学を研究しており、かつ王太子殿下の付き人をしてます」

「信じられないかもしれないけど、こういう訳なんだ。アイヴィーは男。僕がシャロン以外に目を向けることなんて全くありえないよ」


 急に頭に流れ込んできた情報量の多さに目眩が襲った。

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