シャロンと本音
熱が出ていた間にレヴェルトが特別講師として高等部にやってきたらしい。
しばらくの間はいるそうなので、完治して会いに行こうとしたら残念なことに今日は休日だった。
流石に家に帰っているだろうと諦め、寮を出る。
なんとなく部屋に居たくなくて、よく来る裏庭へと足を運んだ。
生徒もほとんどおらず、自然の音だけが残る。
目を閉じて風に身を任せていると、サクリと土を踏む音が聞こえた。
「レヴェルト……」
振り向くとそこには会うのに久しい弟が立っていた。
「熱出たって聞いたけど、どうだ?」
「大丈夫、もうすっかり元気になったよ」
「そっか、良かった」
「レヴェルトは大丈夫?」
「俺?」
「『サバト』のことで……」
ずっと気にかけていたことを口に出せば、レヴェルトは不安は一切垣間見えない顔で笑った。
「もちろん大丈夫だ。リゼもロゼも、アマリーもな。むしろ護衛が増えて息苦しいなんて言ってるよ」
弟妹の安否が確認でき、フーッと息を吐く。
元気なら良かったと顔が緩む。
兄姉についてはまた専属で護衛が付いているし、そうそう大事は起こらないだろうと予想をつけた。
「学院に守られてるだけあって、情報もしっかり統制されているよ。本当、完璧なぐらいね」
講師として呼ばれるだけあり、顔つきも体つきも大人びたように見える。目を細めてレヴェルトを見ると、何やらレヴェルトから剣呑さが感じ取れた。
「……何かあったの?」
首を傾げるとレヴェルトは先ほどの私と同じように目を細めた。もっともそこに穏やかさは存在していない。
「──シャロン、お前俺に言うことがあるだろう」
その言葉を皮切りに、私はこの場の空気が変わったことを悟った。
「な、何も……」
「もう前みたいに誤魔化すな。俺は本気で聞いている!」
語気を強めたレヴェルトに目を見開く。
初めてレヴェルトに、いや家族に、怒鳴られたのではないだろうか。
思わず体を震わせ、手で口元を覆う。
「何もないわけがないだろう!シャロンに時間がないことなんて分かりきってる!!」
何故レヴェルトが怒っているのか、何故レヴェルトがこんなにも泣きそうな顔をしているのか、私には分からなかった。
「言え、全て」
口調まで荒く、急に別人のようになってしまった弟に尻込みしてしまう。
「……あ、あの、その」
「うん」
口に出すのが憚られた。
私がルイス様がパートナーなのだとレヴェルトに明言したことは無い。
何を言えばいい?
何から謝ればいい?
グルグルと行き場のない焦りだけが、頭の中を動き回る。
そんな様子を見かねたレヴェルトが申し訳なさそうに、眉尻を下げた。
「……悪い、強く言い過ぎた。ゆっくりで良いから話してくれるか?」
声音が優しく変わったことでホッと肩から力が抜ける。
こくりと頷いてスカートをギュッと握った。
「……元々、ルイス様がパートナーなんじゃないかってことは気付いていたの」
「……ああ」
そこから言葉は箍が外れたように口から溢れ出た。
ルイス様が好きなこと、アイヴィー様というルイス様の想い人のこと、アズライールの王族と彼女のこと、そしてルイス様から魔力が流れてこなくなったこと。
辛かったこと、悲しかったこと、全て、全部、レヴェルトにぶつけた。
涙も、嗚咽も、止まらない。
「私なんかが……っ、こんなことに悩むなんて、おこがましいのは分かって、」
「私なんか?」
途端再びレヴェルトの機嫌が急降下し、持っていた書類を地面に投げ落とす。
そして私に一歩近づいたかと思うと、ガンッと座っていたベンチの背に勢いよく手をついた。
大きな音に条件反射的に体が動く。
「……何でそんなに自分を卑下する?」
「卑下じゃない、事実を言ってるだけよ」
「は……?」
グッと唇を固く結ぶ。
「頭も良くない、相手を支えられる器もない、魔法も使えない、国に認めて貰うこともない、全てを照らす明るさも愛嬌もない……、私だけ、私だけが何もできないの。これはぜんぶっ、全部事実なのよ!」
「まさか、アレを聞いて……っ」
「……アレ?」
私が訝しげに首を傾げる様子を見て、レヴェルトは何でもないと焦ったように首を横に振った。
「シャロンにはシャロンしかできないことがあるし、シャロンにしか持ってないものがある。それこそ俺ら兄弟より凄いものだ」
「そんなことない」
「何で自分を認めてやらない?」
「だって本当にそうだもの」
ここがどこなのかも忘れていたくらいには、お互いが興奮してしまっていた。
平行線を辿る言い合いに、ついにレヴェルトが声を上げた。
「もっと自信持てよ……!」
レヴェルトのその言葉に、私は衝動的に立ち上がった。
心の奥底から湧いてくるものを抑え切ることは、もうできなかった。
「自信なんて持てるわけがないじゃない!!」
初めて聞くのだろう私の大声にレヴェルトはひどく驚いている。
その言葉を出してしまえば、次の言葉を口にするのは簡単だった。
「こんな私がルイス様のパートナーだなんて言えるわけない!!!!」
心からの本音を叫んだ時だった。
「──それは、どういうことかな?」
近くの木の陰から太陽の光を受けてより輝く、金が現れる。
その色を見た瞬間、私は恐怖で全身を強張らせた。
そこにはまるで人形のように表情がなく、ただ私だけを見つめて立っているルイス様がいた。