シャロンと大会②
バクバクと心臓がうるさい。
その場で大人しく観戦できなかった私はアデーレに一言断りをいれ、人影のない裏庭へと逃げてきた。
「なんなの……」
何もしていないのに疲労が襲ってくる。
ベンチに腰掛け俯いていると、背後に人の気配を感じた。
──しまった!
一人になってはいけないのになってしまった、と背筋が凍った。
その瞬間、ギュウっと何者かに抱きつかれた。
危うくパニックになる前に、抱きついた者が口を開いた。
「じゃーん、私でしたー!」
へなへなと全身から力が抜けていく。
後ろで満面の笑みを浮かべるのはレーナだったのだ。
「びっくりした……」
「へへ、一人でふらふらどこか行くから心配になって付いて来ちゃった」
久しぶりに会う親友の姿に、先ほどのルイス様のことも相まって思わず涙が出そうになる。
「ううう、レーナ……っ」
「どどど、どうしたの!?」
いきなり取り乱した私の様子に戸惑うレーナ。
「……何かあったの?」
隣に座り、私の背中をさすってくれている。
その温もりに安心する。
「ルイス様に……」
「ルイスがどうした!?なんかされた?殴ってこようか!?」
物騒な言葉に触れる余裕が今は無かった。
たっぷり間をあけて、ようやく口を開ける。
「す…………すきって言われた、ような気がする、の」
「え?」
「いや、私の気のせいかもしれないし、もしかしたら冗談かもしれないけどね!」
言葉にして急に恥ずかしくなった私は顔を真っ赤にし、手をあわあわと振る。
そんな私の様子を見てレーナは考え込むような表情をして黙ってしまった。
「(あいつめ……シャロンのことを聞いてきたのはこういうことだったのね!私の知らないところで何してんのよ!)」
レーナが内心で憤っているのには気付かず、私はハラハラと心配になってくる。
それとともに我に帰ってくる。
あんな素敵な方がこんな私を好きだなんておこがましいことがあるはずもないのだと。
「ごめんね、やっぱり私の勘違い……」
「勘違いなわけないわ!」
真正面から否定され面食らう。
「で、でもルイス様には好きな人がいるみたいだし」
「好きな人お!?それは直接ルイスの口から聞いたの?」
「……聞いてない」
「だったら聞かなきゃ、きちんと!話はそれからよ。ルイスはいつだって嘘はつかないから、本人の口から聞いたことだけを信じなさい」
ニッコリと笑顔でルイス様を肯定する。
それはあまりにも力強く、二人の見えない絆がある証拠だった。
「まあでもシャロンに勘違いさせるなんてまだまだダメな男ね」
「……ルイス様はダメじゃないよ」
「ふふふ、そもそもシャロンがルイスのことを好きだったなんて初めて聞いたわ」
「そっ、それは!」
「今度ちゃんと話聞かせてよ?」
「……うん」
目の前にいるのはまぎれもない親友のレーナであり、その存在がどれだけありがたいことなのか今身を以て知った。
アイヴィー様がいるというのにルイス様はどういうつもりなのか。
煮え切らない態度もなんとも判断しづらい理由の一つだ。
──そして、病気のこともある。
私は突然ギュッとレーナを抱き着いたにも関わらず、優しく受け止め頭を撫でてくれる。
「よしよし」
「……会えて良かった」
「私もよ」
目を瞑り、しばらくの間ずっとそうしていた。
これからの未来に勇気を込めるように。
「……そろそろ私は行かなきゃいけないわ」
「あ、そうだよね」
「来賓の立場だからそこまで我儘も言えないのよね」
冗談っぽく言うレーナを改めて見れば中等部の頃よりも一段と大人びた姿がそこにあって、ああ彼女はもう立派な王女なんだと実感した。
「シャロンも帰る?」
「うん、でもお手洗いに行ってからにするね」
「分かったわ」
途中でレーナと別れて一人校舎へ向かう。
人の姿も見えるので大丈夫だろうと思ったからだ。
無心で歩いていたその時、何か言い争うような会話が耳に飛び込んできた。
ドキリとして思わず建物の陰に身を隠す。
チラリと身を乗り出してそこを見れば、どうやら二人の男女がいるようで。
「……え」
──アイヴィー様、とアズライールの王族の方?
目を疑うような光景に私はただ立ちすくむ。
会話の内容はさすがに聞こえないが、ドクドクと心臓が嫌に大きく聞こえた。
一切の音は立てられない、そんな状況だった。
何故、あの二人が。
見てはいけないものを見てしまった後ろめたさのようなものが私を襲う。
しばらくして二人の話し合いは終わったのか、アイヴィー様が去っていく。
その後ろ姿をボーッと見ていると、足元にあった小枝がポキリと音を立てて折れた。
ハッとして顔をあげると、男性と目がバッチリあってしまった。
紫の瞳に捕らえられ、体が動かなくなる。タラリと冷や汗が背中を伝った。
またね
そう口を動かして笑うと彼は静かにその場を立ち去っていった。
服が汚れてしまうことも気にせず、へなへなとその場に座り込む。
同じようなことが二回も(ましてやどちらも重大なこと)起これば、もう余裕なんてものは持てなかった。
「……なんて日なの」
結局大会どころではなく、最終的に私は熱を出してしまい、しばらくの間寝込むことになる。