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シャロンと接触

 

 私は動揺に耐えていた。

 なぜなら目の前にはこちらを見据えて座っているアイヴィー様がいるからだ。

 いつのもの愛らしい笑顔はそこになく、感情のない顔でこちらを見てくる彼女はただただ恐ろしかった。



 自室のドアがノックされたのは、夕食が終わりのんびりとくつろいでいる時だった。何の警戒心もなくドアを開ければそこには満面の笑みで仁王立ちするアイヴィー様がいた。

 お話ししましょう、と言われ断ることもできず連られるままに談話室に来ていた。


 ソファに座った瞬間笑みを消した彼女に何も言葉が出ず、彼女が言葉を発するのを待つしか他ない。

 就寝時間が近いので談話室にいる人数こそ少ないものの、この場にいるほとんどの人たちがこちらに好奇の視線を送っているのを嫌でも感じた。


 向かい合うこと数分、ようやくアイヴィー様は口を開いたかと思えば、単刀直入に言われた言葉に一瞬息が止まった。


「──王太子殿下のこと、どう思ってるんですか?」


 アイヴィー様を前に何をどう言えばいいのか分からず、口を開いては閉じ開いては閉じを繰り返した。

 そんな私の様子を見かねたのか、溜息をつかれる。


「なんでシャロン様はもっとこうバシッと言えないんですか?うじうじして、すぐ逃げて、見ていて鬱陶しいです!」


 太ももあたりのスカートの布をギュッと握る。

 公爵家の令嬢が男爵令嬢に注意されていることだけでも情けないというのに、指摘されたことが図星ですみませんという言葉しか出てこずに、ただ惨めな気持ちを味わった。


「謝って欲しいわけじゃありません。で、結局のところどうなんですか?」


 早くしろとでも言いたげに苛立ちを隠さない彼女は口早に追い立てる。


「……恐縮ながらお慕いしております」


 アイヴィー様以外の人に聞かれないように小さな声で答える。

 私の返答を聞くや否やアイヴィー様は立ち上がると、腕を組んでこちらにさらに近付いてきた。


「それで、これからシャロン様自身はどうしたいと思っているんですか」

「こ、これから?」

「好きという感情があるなら進展を望むなんて当り前じゃないですか?」


 当たり前なんて知らない。

 本の中でならば何度も何度も経験してきたことではあるのに、やはり現実は違うのだ。

 それに何故そんなことまで言わなければならないのだろうか。よりによって恋敵であるアイヴィー様に。


 彼女が何を考えているのかさっぱり分からなかった。

 苛立った憤りに近い何かが胸の奥に食い込む。


「そんなの、アイヴィー様には関係ないじゃないですか」


 言葉尻を強くした私に驚いたのか彼女は目を丸くする。


「いや違う!関係あるんだ!」


 心の高ぶりと焦りを抑えきれない乱れた声音だった。

 淑女らしくない口調に違和感を覚え、思わず彼女を見上げた時だった。


「──何をしているんですか」


 低い、今まで聞いたことのない声が耳に届いた。正体を確かめようと顔を上げると、そこには凍った仮面のような顔をしたアデーレが立っていた。

 様子のおかしなアデーレを見て私の顔はみるみる緊張していった。


 アイヴィー様のハイネックに覆われた首が微かに動く。

 そのままアイヴィー様とアデーレの視線はお互い凍ったように止まったままだった。


「二度とシャロン様に近づかないでください」

「……それを貴女が決める権利があるんですか?」

「シャロン様が迷惑を被っているんです、当たり前じゃないですか。王太子の愛人気取りでいい気にならないでくれますか」

「──は?そんなの……!」


 周囲がざわつき始め、二人ともハッとして口を閉じ、私たちの間に沈黙が落ちた。

 さすがにもうこれ以上がこの場にいれないと判断したのか、アイヴィー様は一礼したかと思うと足を踏み出した。

 私とすれ違う瞬間、彼女はぼそりと呟いた。


「……本当にレヴェルトの姉ですか?」


 ガンと鈍器で頭を殴られたようだった。

 その言葉は私にとってあまりにもショックが強かった。アイヴィー様がレヴェルトの名前を出した理由まで考えが及ばかったぐらいには。


 頭が真っ白な状態で立ちすくんでいた私の腰に何も言わず優しく腕を回し、アデーレは私の部屋まで連れて行ってくれた。

 ベッドに座るとアデーレは紅茶をいれて差し出す。

 受け取って一口飲むとホッとはするものの、どこか濃く、妙な甘味がして喉の奥がさっぱりしない。


 ──それでも、


「落ち着きましたか?」

「……ありがとう、もう大丈夫よ」

「ふふ、もっと頼ってくれていいんですよ?」


 声にはいたわりが匂う。

 雲の上に持ち上げられたような心地よさに自然と笑みが浮かんだ。


「そう言えば今度馬術大会があるらしいですよ」


 ふと思い出したようにアデーレは指を顎に当てる。


「……馬術大会?」

「はい、専門関係なく高等部全体で行われる大きい大会みたいです。エントリーは任意だそうですが、参加しますか?」

「ううん、私は観戦だけにしておくわ」

「分かりました、私もそうしますね」


 なんだかアデーレの機嫌が良くなった気がして、こちらまで嬉しくなった。

 アデーレはこちらを上目遣いで見上げ、スッと目を細めた。


 細められた時にはさすがにその真意は読み取れなかったが、きっとその先には私を思いやる優しい陽だまりがあるのだろうと、私も真似るように目を細めた。

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