シャロンと彼
夜のように必要以上にスカートを膨らまさず、シンプルなレモン色のドレスに身を包んだ私は、国立図書館にいた。静かな空間に淀んだ紙の匂いは私の口元を綻ばせる。
読み終えた本をカウンターに返し、次の本を探しに林のように並んだ書架の間を徘徊する。目に付いた本を取ってめくっては、棚に返す。
ふと、ある本に目が止まった。
手に取ってみようと背伸びして手を伸ばす。あともう少しというところで、頭上に腕が伸びてきた。
あ、と思った時には目的の本は彼の手元にあった。
「はい」
「──ルイス様、ありがとうございます」
ニコリと笑って感謝を述べれば、彼はその美しい顔を破顔させた。その笑顔に私の心臓はドクリと一拍、大きく脈打つ。胸が息苦しいほど甘美な気分に捉えられた。
「なんだかお久しぶりですね」
「最近ちょっと忙しくてさ。会えて嬉しいよ」
事も何気にそんなことを言ってのける彼が恨めしい。赤くなる頬を隠すように、受け取った本を持って読書用の席に着く。ルイス様も自然と私の目の前の席に座ると、分厚い本を開いて本を読み始めた。
それに倣い、高鳴る胸を抑えるように一息吐いて、ゆっくりとページを捲った。
この本は大きめだったがさほど重くはなく、恋愛物の小説で、私は顔を吸い付けるようにして読んだ。
短い話だったため直ぐに読み終わったけれど、私の目からは涙が溢れていた。
ほろ苦く甘い恋愛に胸がいっぱいになったのだ。
顔を上げると、ギョッとしたようにこちらを見るルイス様が居て、私は慌ててハンカチを取り出そうとした。
けれどそれより早く、彼は綺麗に折りたたまれたハンカチを差し出してきた。
お礼を言いながら受け取るも、顔面が羞恥で赤くなる。小説であるとは言え、人前で泣くのははしたなかったかもしれない。
「そんなにその本良かった?」
「……はい、とても感動しました」
「へえ、じゃあ借りて見ようかな」
ルイス様が恋愛小説を読むのは珍しいなと、物珍しくは思うものの、是非と、はにかみながら本を手渡した。
私が十歳の頃にこの図書館に通うようになり、ここの常連だったルイス様と話をするようになるまでそう時間はかからなかった。
しかしあれから三年も経ったと言うのに、私はルイス様の名前以外について何も知らなった。もしかしたら、名前だって違うものかもしれない。
お互いの関係は図書館で会えば少し砕けた口調で話をする知り合い程度。それが私には少し寂しかった。
「どうかした?」
「いえ、何でもないです」
首を傾げるルイス様は本当に綺麗な顔をしていた。絹のように美しい金髪に湖のように澄んだ深い美しい青い瞳。予想では私の二、三歳年上。洗練された気品ある所作や、華美ではないが上等な衣服に身に着けているところからも貴族だとは分かる。
「……そろそろ帰ろうかな。シャロンは?」
「私もそうしますね」
立ち上がって本を借りに行く姿を無意識に目で追っていた。こみ上げてくる愛しさに泣きそうになる。
ほのかな恋心は消えることはなく、むしろ燃え上がっていく一方だ。
「じゃあ、またね」
「ごきげんよう、ルイス様」
小さく手を振って別れると、私は歩き出した。歩いてきたので勿論帰りも徒歩。でもルイス様に会えたことで生命力を流し込まれたように元気になった気がした。
名残惜しい気持ちはあるが、暗くなる前に早く帰ろうと足を動かしているその時、私の近くに馬車が止まる。車輪のきしむ音に顔を向けた。