シャロンとサロン①
「やあ、シャロン。来てくれて嬉しいよ」
歓迎の意を見せるルイス様は上機嫌に見える。
思わず視線を周囲に走らせると側にいたフレドリック様が今は僕たちだけしかいませんよ、と教えてくれる。
心の中で大きな安堵の息を吐きながら、勧められたソファに座った。
誘われてやって来たルイス様の応接間。
私達と同様寮に住んでいるものの、ルイス様は学生である以前に王太子であって、仕事は変わらずある彼のために用意されたのがこの部屋だ。
フレドリック様に何故私を誘うのかと問えば、ルイス様が私と話をしたいからだと言った。
何を言われるのかと戦々恐々としながらここにやって来た。
「体調の方は大丈夫?」
「あっ、はい大丈夫ですよ」
フレドリック様は勿論、ルイス様もレーナあたりから聞いているのだろう、心からの見舞いの言葉だった。
「シャロンをここへ呼んだのは、どうしても他の人に聞かれたくない話をしたかったからなんだ」
ルイス様は足を開き、太ももに肘をついてこちらを見た。鋭い眼差しに心臓が跳ねる。
一気に重々しくなったこの空気で到底冗談など言えそうにもなかった。
「最近おかしいと思うことはない?」
「おかしいこと……は特に覚えがないですね」
一つあるとすればアイヴィー様の事だが、それは自分の問題なので胸の中に留めておく。
自分の気持ちがおかしくなっているだけの話だ。嫉妬に狂う自分など知られたくない。
ルイス様とフレドリック様は少し安堵したような息を漏らすと二人でちらりと目を合わせた。
なんだろうと思った直後、目の前のソファに座っていたルイス様は立ち上がり私の横に座った。
咄嗟に腰を引いてしまうも、ドクドクドクと心臓が強く脈を打ち始める。
「っ、どうし……」
「内緒話だからね」
熱が冷めやらぬ私とは対照的に、ルイス様はひどく冷静で、そんな温度差を目の当たりにした自分が急に恥ずかしくなった。
すぐさま佇まいを直して欲を抑えるように拳を握り、彼の目を見つめる。
「反バレンスエラ勢力『サバト』」
「――」
思わず息を止めた。バレンスエラの娘である以上、一番警戒しないといけない言葉だからだ。
反バレンスエラ勢力『サバト』とはその名の通り、バレンスエラ家に敵対する貴族たちを中心とする勢力である。
「ここ最近また良からぬ動きをしているようでね」
バレンスエラ家はずば抜けた脳を持つ天才の次期公爵、隣国アズライールの王妃、末恐ろしい宮廷魔道士、精霊の加護持ちに妖精の祝福持ちの子どもたちを抱える。
今や時代はバレンスエラと言っても過言ではないほど、家は力を持ちすぎていた。
そうなればその現状に不平不満を唱える人たちが出てくるの当然の話で、その形となったのが『サバト』であった。
重い空気の中フレドリック様が口を開く。
「『サバト』に黒の魔道士の存在を確認しました」
「……っ!」
黒の魔道士――裏社会で暗躍し、時には暗殺までを手掛ける魔道士の通称だ。
そもそも魔道士とは魔法を使える人々のことを指す。
一般人は魔力こそ持ってはいるが、それを力として外に放出する魔法を使うことはできない。
魔道士の数自体、世界でも一握りしかいなかった。
その中でもレヴェルトのように数々の魔法を使いこなせたり、魔力量が強大であったりすれば宮廷魔道士として、国に召される。
それとは真逆に黒の魔道士は城の呼び出しを断り、大半が一匹狼で裏社会に潜む。
黒の魔道士は一人だけも脅威となり得た。
反バレンスエラ勢力に黒魔道士がついたということは、バレンスエラ家の者達に危険が迫っているといっても過言ではない。
もちろん私も例外ではなかった。
「私とシャロンが仲良くしているのが目につくんだろうね」
つまりはこれ以上ルイス様に近付くなということを示唆していて、今まで薄々感じていた得も知れぬ不安はこのことだったのかと悟った。
私がルイス様に告白できない理由の一つが言葉となって私を襲った。
私の予知は自分で好きなように使えるものではなく、ふとした何気ない瞬間に視える。
ゆえにこれからどうなっていくのかを視ることはできず、役に立てない自分にますます嫌悪感を感じた。
この方は王太子で私はバレンスエラの娘。
身分で言えばこの国では凄く近い存在の筈なのに、私たちは一番遠い場所にいるような気がした。
「それではもう、ルイス様とお話しすることはできませんね……」
「──何で?」
至極不思議そうに首を傾げられる。
え、と逆に戸惑う私を見てルイス様は神妙な顔をしたかと思うと、フレドリック様に少し席を外すよう指示した。
フレドリック様はそれに少しも疑問を持つことなく微笑んで承知した。
なぜそんな指示をするのか。
それでは二人きりになってしまうではないか。
冷や汗が背中を伝う。
危険な状態に立たされていると本能が訴えていた。
「シャロン、ちょっと話をしようか」
柔和な笑みを浮かべたルイス様は私を逃す気が微塵も無さそうで、パタンとドアが閉まる音が聞こえた瞬間、ルイス様は──私の手を握った。