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シャロンと高等部

 

 ルイス様のこととなると平静を保っていることが難しいと薄々気づいていた。恋のせいか、病気のせいか、どちらにしろ空恐ろしい気持ちが込み上げてくる。どうしようもない複雑な心境に泣きそうになる。


 それでもただ流されるだけではいけないだろうと、高等部進学を機会に改めて我が身に鞭打った。


 高等部は中等部と違って、医学、法学、経済学、文学、魔法学、騎士学等、専門別に学ぶ。それに加えて高等部生必須の教養科目がある。

 予め高等部進学試験の際に専門希望届を提出しており、私は無事第一希望の文学に決まっていた。


 中等部時代の知り合いがおらず一人で不安そうにしていた私に声をかけて来てくれたのが、同じ専門のアデーレ・ハイロン伯爵令嬢だった。

 なんと驚いたことに、彼女は成人の儀の際、聖水と穀米をぶちまけたあの時の女官だった。

 ずっと改めて謝りたいと思っていてくれていたそうで、真摯な謝罪に心打たれた私は微笑んで彼女を許した。女官の仕事は、罪悪感によりやめてしまったそうで、そのために高等部に入学し、将来のために学ぶのだとか。


「今日の昼食も美味しかったですね」

「ええ」

「良い席も空いてて良かったです」


 アデーレは私から見れば穏やかで思いやりに溢れた人だった。周囲の人とのコミュニケーションも上手で、人に嫌な思いをさせているのを見たことが無い。何より私に対してとても親身で、困ったことがあるとすぐに現れては手を差し伸べてくれる。


 お昼ご飯を終え午後の陽だまりを楽しんでいた私のもとに彼はやって来た。


「シャロン」

「っ、ルイス様」


 顔が華のように綻ぶルイス様は、高等部に入っても私と接触することをやめなかった。

 彼は魔法学を専門にしており、専門講義棟も違うので基本会うことはないはずなのに、むしろ今までより顔を合わせる頻度が高くなっている。

 教養棟ですれ違ったり、食堂でのタイミングが重なったりと、彼を見るたびに胸が高鳴ることは事実で、困ったことに私はルイス様と会えることを喜んでいた。


 ルイス様が食堂に登場したことで部屋の中の照度が一気に上がった気がする。人並じゃない空気を持つ彼はとても魅力的で、この場にいた生徒たちは皆思わず息を呑む。それと同時に彼らが私にも注目しているのを肌で感じた。


「今日はもう食べちゃった?」


 こくりと頷けば、彼は残念そうに小さく眉尻をさげる。


「そっか、それは残念だな。また一緒に食べよう」

「そう、ですね」


 ルイス様は周囲に人がいても私に話しかけることを躊躇することはなかった。

 学校においては身分関係なく平等、がモットーのこの学院においては可笑しいことではないのかもしれないけれど、私は困っていた。

 触れたい、触れたいと身体が、心が叫ぶ。そう喉の奥から突き上げてくる欲望を抑えようと私はいつも必死だった。お腹に力を入れ、なんとか平静を装う。


 罪作りな彼が私の勘違いに気付くことは無いだろう。


 私を見るたびに嬉しそうに顔を綻ばせる姿を見ると身を歓喜に震わせてしまう。

 私と話すたびに耳に入る優しい声に、彼の大切な人になったように感じてしまいそうになる。


 ──けれど“彼女”を見るたびに現実を思い知らされるのだ。


「ルディウス様!」


 声が聞こえた途端、緊張の糸が一気に張り詰めた。

 ぞくりとするぐらい魅力的な笑顔でルイス様の名前を呼ぶ彼女は、アイヴィー・マグナー男爵令嬢。熱い果実のような唇をつやつやとさせ、美しい曲線を描く胸の下で手をもじもじさせている。


「よかったら一緒にお昼を食べませんか?」


 彼女の誘いをルイス様が断ることが無いことを私は知っている。それを証明するようにルイス様は愛おしそうに目を細め笑い、彼女がそっと服の裾を掴んでもそれを振り払うこともない。


 なぜ貴女が触れるの、と口をついて出そうになる。眩暈がするほど一気に押し寄せてきた醜い感情をルイス様だけには知られたくなかった。

 口元を押さえる私に何かを思ったアデーレが私の手を引いた。


「シャロン様、中庭へ行きましょう?」

「……そうね」


 助かったとばかりにその誘いに乗る。傾きかかった気持ちにバランスが取れてくるのを感じた。

 ルイス様はハッとしたようにこちらを見るけれど、話しかけてくれようとするのを遮るように微笑んで挨拶をした。

 その時にバッチリと目が合ったアイヴィー様はそれは蕩けるような笑顔を浮かべられ、私はギクリと肩を揺らした。食堂の騒がしさは私を追い出すように大きくなり、意識を背中に向けないように足早にそこを後にした。


 連れられた中庭のベンチに座ると、途端に自責の念が激しく迫った。落ち込む私を宥めるようにアデーレは私に手を回し、背中をさすってくれる。

 ルイス様を好きだと口にしたことはないが、アデーレはきっと気付いている。それにもかかわらず、何も追及してこない彼女が好きだった。レーナがいない今、この高等部で頼れる女の子はアデーレだけに等しい。

 素敵な友達に出会えて良かったと、眼の上をうっすら涙が覆った。


一話から順次加筆修正しています。ご了承ください。

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