レヴェルトと天敵
シャロンの病気を調べている身として、限界を感じるときは多々あった。“何か”に阻まれていることは明らかで、殺意すら芽生える思いだ。
宮廷魔道士の俺を邪魔する“何か”。十中八九、王族が関係していることには間違いない。
王族相手ではさすがの俺のもそう簡単に情報を入手できるわけではない。王宮自体に協力な結界が張られているため、むやみやたらに嗅ぎまわることができないのだ。握りしめた拳をどうすることもできず小さく息を吐いた。
書庫へ返すために魔道書を抱えながら王宮への道を歩く。
前からやってくる人物を視界に捉えた時、嫌なものを見たとばかりに目を顰めた。
「やあ、天才魔道士のレヴェルトくん。久しぶりだね」
「……ああ」
「今日もその真っ黒なローブが死人のように疲れ緩んだ君によく似合っているよ」
俺はこの男が嫌いだ。いつも化粧をしている訳でもないのにやたら紅い唇を愉快そうに歪め、息をするように毒を吐く。
シャロンと同い歳ではある、俺の一つ上のこいつ、アイヴェルトは、天才医学者と称えられており、何かとこちらをライバル視し、会えばお決まりのようにつっかかってくることを忘れなかった。
アイヴェルトとレヴェルト、名前も似ていて、歳も近い。周囲が比べてくるのも当然だったが、分野も違うのに張り合って何になるんだと考える俺としては鬱陶しいことこの上ない。
色々な意味でシャロンと大違いだと思った。
最近は王太子の側にいることが多いそうで、めきめきと自信をつけていっているのが分かる。
反対にシャロンの病気をどうにもできない俺は自信をなくしていく一方だ。
実際に、医療が専門のアイヴェルトにシャロンのことを相談しようかと思った時もあった。
しかし、シャロンは予知とういう特別な能力を持っている。それをこいつが広めでもして、シャロンが研究対象にされるのではとの危惧があるため、どうしても一歩踏み出せないままでいた。
アイヴェルト自身を信頼できそうにない限りは無理な話だろう。信頼に足る人物か見極めようとしても、会えばいつもこの険悪な状態である。
諦めて足を踏み出そうとした時、
「ねえレヴェルト」
背中に声が投げられた。沈黙がしばらく二人の間に降りる。
「……何だ」
「君、僕に言いたいことがあるんじゃないの?」
思わず振り向くと、表情が抜け落ちた顔がこちらに向いていた。真っ直ぐな視線が身を貫く。
思わずこちらも表情に感情がでないように気を付けながら口を開いた。
「──お前は、白か?」
アイヴェルトはきょとんと目を丸くすると、次の瞬間には子どものようにころころ笑った。
「……ああ、信用してくれ。ただし、これだけは覚えておいた方がいい。どんなに信頼できる相手でも、一パーセントの疑いは持ち続けなければならない、ってことをね」
奴の目が鋭く光る。
「で、何をして欲しいんだい?」
「……お前が高等部に入学すると聞いた」
「そうだね」
「俺の姉、シャロンを見守っていて欲しい」
アイヴェルトの喉がこくりと動く。妙な反応に、違和感を覚えた。
やはり、と口に出す前にアイヴェルトは俺の肩を掴んで、俺の耳に顔を寄せた。
「安心してよ、ちゃーんと見てるから」
この時はアイヴェルトが何を考えているのかさっぱり分からなかった。
こいつに頼んだのは失敗だったかと思った矢先にはもう目の前にはおらず、亜麻色の長髪を束ねたしっぽを振りながら歩き去っていった。
後悔はしていないが、気分は重かった。胸にわだかまりが残ったままだったので、早々に仕事を片付け帰宅する。とは言っても、もう夜は更けていたが。
帰宅してそのまま一直線にシャロンの部屋へ向かう。ベッド横まで行けば、彼女は寝ていた。部屋は不気味なほど静まり返っている。
「なあシャロン……本当に行くのか?」
高等部は原則寮生活で、シャロンも例外ではない。
辛いことがあっても悲しいことがあっても、この姉は全て自分の中に溜め込んでしまう。自分が我慢すればいいと思うような性格だからこそ心配で心配で溜まらなかった。
スヤスヤと眠っているシャロンの顔を何の気なく見ると、月明かりに照らされ小さく口を開け、頬を赤くしている様子は、不思議なくらい元気に見える。
せめてもののという思いでそっと真っ白な額に手を当て、強力な防御魔法を施した。
重い黒ずんだ不安が胸の奥でじっと佇んでいる。
アイヴェルトの言葉が何度も頭の中で反芻していた。
『どんなに信頼できる相手でも、一パーセントの疑いは持ち続けなければならない』
シャロンの顔に影がかかる。頬の赤みは消えていた。