シャロンと想定外
音楽が鳴りやむと同時に、会場が歓声に沸いた。
父と共に一礼をし、ホール中心から離れる。
少し息切れを起こしたが、なんとかダンスを踊り切れたことに安堵の息が漏れる。
喉を潤そうと父に断りを入れて取りに行こうとすれば、父は侍従を呼び寄せグラスを私に手渡した。
無知な自分を自覚し、青白い頬に紅が宿った。
半透明のそれを喉に通せば、ようやく周囲に気を配る余裕ができた。
「……!」
気付けば周りは男性だらけで、驚いて父に身を寄せてしまう。
妙に期待を込めた目で見られているが、その意図が掴めず父に助けを求めようと顔を上げた。
その時、一人の男性が前に歩みよってきた。
「この度は成人、誠におめでとうございます」
「メシュヴィツ様…ありがとうございます」
中等部在学の頃はどちらかというと苦手だった筈なのに、今目の前にいる彼の存在に少し、ホッとさせられる。
思わず笑顔で応対すれば、ザワリと周囲が沸いた。
メシュヴィツ息を選んだのか、そんな声が耳に入る。
選んだとはどういうことだろう?と彼を見れば、頬を上気させてこちらを見ている。
こてんと首を傾げると、彼は意を決したように口を開いた。
「──貴女のファーストダンスのお相手を教えていただけますでしょうか。」
メシュヴィツの耳にごくり、誰かが息を吞む音が鮮明に届く。
きっと周囲の男の顔は強張っていたことだろう。
「私のファーストダンスの相手は──」
名前を言おうとしたその時、また周囲が騒然としだした。ただそれは私の周りではなく、ホールの入り口のようだ。私の周りにいた人たちも私が視線を向けた先が気になるようで、騒ぎの中心に視線が集まった。
あ、と声が漏れる。
「レーナ!」
そこに居たのは親友であり、この国の王女。
黄金色の髪が蒼いドレスに映えている。結い上げずおろした髪が波打つたびに、周囲の感嘆の吐息を誘った。
確かに卒業式の日に彼女はパーティに来ると言っていた。恐らく父か母が招待状を送ったのたろう。
騒ぎになるのも無理はないと、親友の方へ足を伸ばした。
「レーナ、今日は来てくれてありがとう」
「シャロンの綺麗な姿、見ることができてとてもうれしいわ。体調の方はどう?」
「大丈夫よ、心配かけてごめんなさい」
卒業式以来会っておらず、迷惑と心配をかけた覚えは十分にあったため気になってはいたが、準備に追われていたために今日まで会うことはできなかった。
私の病気を告げていない以上、曖昧に誤魔化すしかないが、本気で心配している彼女を見てチクリと心臓が痛んだ。
「あっ!あいつ来てたの!?」
「あいつ……?」
「メシュヴィツよ!フレドリック・メシュヴィツ!」
「ええ、先程までお話してて……」
ハッと今更ながら、彼を放置してしまっていたことに気付く。
先ほどの場所に顔を向ければ、彼は私たちのもとへ足早に歩いてきた。しかし誰かの注意を引くほど速くはなかった。
「やあ、君が来ているとはね」
「あんたこそね。どこまでも出没するんじゃないわよ」
「ふん、きちんと招待状を貰ったうえでの参加だ」
「そういう意味じゃないわよ。少しは自重しなさいってことよ」
「何で。何が。どうして」
「くうっ、このムカつく口調をどうにかしたい……!」
この会話、周囲に聞かれないよう小さい声で交わされている。
ある意味プロだと感心しながら二人を眺めていると、ぐるりと二人の顔がこちらを向く。
「「で、ファーストダンスの相手は誰?」」
勢いの良さに若干気圧されながらも、二人の仲の良さに口角を上げながら答えた。
「兄の、スウィフトですよ」
予め決めていた、というより選択肢は一つしかなかった。
勿論そういう相手がいないということもそうだが、なにより病気のことを理解して、ダンスの際に配慮してもらえる人でないといけない。そうなると必然的に兄だけが残るのだ。
はあ、と二人から同時に息を吐いた。
先ほどの険しさと打って変わって和やかな顔になっている。
二人が一緒にいて和やかな雰囲気になるなんて、明日は雪でも降るんじゃないかと窓の方へ目をやった。
目をやった瞬間、私は不思議なものを見せられたように呆然として唇を薄く開けた。
段々と意識がはっきりしてくるにつれ、顔がみるみる緊張していく。
血の気の無い指で心臓辺りの布を握った。
何故、貴方がここにいるのですか。
「──ルイス様」