バレンスエラ公爵と親心
成人の儀から娘を迎えに行き帰れば、ひと息つく間もないまま、私同様娘も披露パーティの準備に取り掛かかなければならなかった。
衣装がパーティ仕様のものへチェンジされる。
ドレスの色は儀式同様白と変わりはないが、同じ白色のドレスでもつくりはもちろん違い、儀式では純朴、パーティ用のドレスは華美なものであった。
純白のドレスが白すぎる肌に寂しげに映える。
薄化粧を施した娘の姿は浮いたように美しかった。
いつからだろう。
娘がこんなにも美しく綺麗に、儚げに、なったのは。
長い睫毛が目元に影を作る。
そっと娘は私を見上げると、私が差し出した手に、ゆっくりと彼女自身のそれを重ねた。
「さあ行こう、シャロン」
「はい、お父様」
私が思いきり笑んだのとは対照的に、娘は微笑とも羞恥ともつかない笑みを浮かべた。
それに気づかないふりをして、白い手を引き、披露パーティが行われる会場へと足を踏み入れた。
会場中の輝きのおかげで一気に視界が明るくなり、目を少し細める。
娘の成人を祝福するムードの中、私は会場の中心へと娘を導いた。
ここから始まるのは、親と子のラストダンスで
ある。
このラストダンスをもって娘は親元から自立したと人々に示す。
そしてラストダンスを終えた後、成人を迎えた主役は親以外の異性を選び、ファーストダンスを踊るのだ。
披露パーティで主役からファーストダンスに選ばれた者は、主役の身分が高いほど箔がつくとされた。
その為、バレンスエラ公爵家の令嬢であるシャロンのファーストダンスのパートナーに選ばれるのは誰かと、貴族の男の中だけでなく女性の間でも話題になっていた。
虎視眈々とその座を狙う者の多いこと多いこと。
成人の日が近づくにつれて、娘宛に届く大量の手紙や贈り物。下心満載のそれらは全てシャロンの目に着かぬよう処理した。
デビューしてないものの、学院に通う学生から伝わっているのであろう、娘の美貌や淑やかさは社交界でも周知されていて、是非とも自分の家に迎えたいという家は後を絶たない。
それも相まって、娘のファーストダンスの相手には多くの貴族が注目していた。
おそらくこの社交界デビューを皮切りに、その数は勢いを増して増えていくだろう。
娘を眺め見てみる。
令嬢然とした微笑みを携え、ラストダンスの時を待っている。
娘に披露パーティの手順を説明をしたまではいいが、肝心な内容である、ファーストダンスの相手を聞いていない。
相手は兄のスウィフトであって欲しいと願うのは我儘な親心からである。
娘の体調と体力を懸念して、ラストダンスとファーストダンスの間には休憩が設けられている。
きっとその休憩の間に、我が選ばれんとしてわんさかと男どもがやって来るだろうが、私の目が黒いうちは、下手な男には僅かたりとも娘に触らせやしないと、周囲に牽制の意味を込めて一瞥した。
スッと娘の腰を抱き寄せ、手を取った。
さあ、ラストダンスの始まりだ。