シャロンと兄
私は十五歳の誕生日を迎えた。
それに伴い、今日は成人の儀と披露パーティが開かれるため、朝から我が家の誰もが忙しなく動き回る。
当の本人である私は、成人の儀用の正装である上等な布で作られたシンプルな白いドレスに身を包んで、自室で大人しく本を読んでいた。
当初、私の体調を考慮して式とパーティの延期が提案されたが、私がそれを拒み、予定通りに事が進んでいる。
拳を握り、大丈夫、と小さく呟いた。
ええ、大丈夫。
体調だって、
ルイス様のことだって。
ギュッと握った拳を見つめ続ける。
手に力が入らないことに気づきながらも、私は何度も大丈夫とつぶやいた。
「そんな顔、シャロンには似合わないよ」
ふと、春風のような優しい声が耳に入った。
ゆっくりと顔をその人物に目を向ける。
自室の入り口に立つその人こそ、バレンスエラ次期公爵である、スウィフトお兄様であった。
「お兄様……」
色素の薄い茶色がかった髪に、琥珀色の瞳。
微笑みを常に絶やさない美しいその姿は、いつだって私の憧れだった。
どこか掴めない不思議な雰囲気をもつ、お兄様は私に静かに近寄ると、優しく、私の髪をなでた。
その瞬間、無性に泣きたくなった私はお兄様の腰に腕を回して、ギュッと自分の顔を胸に押し付けた。
「甘えん坊さんだね、シャロンは」
「……次はいつになるか分かりませんもの」
スウィフトお兄様は学院を卒業後、留学と称し、様々な国を飛び回っている。
両親でさえ、どこにいるか把握していないときがあるので、もちろん私が知ることはない。
こうして何か行事ごとがある時に、ふらりと帰ってくるのだ。
きっと今日でさえ、今帰ってきたところなんだろう。
そんなところさえ憎めないのは、私がお兄様大好きすぎるせいだ。
両親にも、仲のいいレヴェルトにも見せない、私の弱い部分を唯一さらけ出せる人。
そんな人が目の前にいて甘えないわけにはいかないだろう。
「お姉様にも会いたい」
「ユレイナ、帰ってこれないことを嘆いてたよ」
くすくすと笑うお兄様のその言葉は、お姉様の国へ行ったことを示している。
ずるい、とぷくりと頬を膨らまして見上げた。
ユレイナお姉様は、バレンスエラ家の第二子で、長女であった。
そして隣国、アズライール王国の国王に見初められ、若くして王妃となった。
王妃である今、おいそれと実家に帰ってくることもできず、私はお姉様が嫁いでからその姿を見ていない。
「ユレイナがまたアズライールにおいでだって。あそこは自然も豊かだし、きっとシャロンも気に入るよ」
お兄様はふと撫でる手を止めると、窓の外に視線をやった。
そこに、表情は、無い。
「ほんと、なんでなんだろう」
それは言外に私の病気のことを言っていた。
そしてお兄様は、ぽろりと、一粒涙を落した。
私が幻を見たのかと思うくらい一瞬で、その跡は絨毯の中にすぐに吸い込まれていった。
そしてお兄様はまた美しく微笑むと、静かに私を抱きしめた。
「生きて、──シャンローゼ」