シャロンと能力
特段私は何かに優れているわけではない。唯一周りか
ら羨望の眼差しを送られることといえば大貴族バレンスエラの娘、というぐらいだろう。それすら家族といれば、意味の無いものとなってしまう。
個々の色を美しく描く家族の中で育ったことで、いつのまにか多くの引け目が皮膚のようにへばりつくようになっていた。
気付けば人混みに溶けてしまう、そんな地味な私にも一つだけ、他人に知られていない、変わった点があった。
未来を視る力――予知能力と言えばいいだろうか。
私が他の人と少し違うと気付いたのは私が六歳の時、一つ下の弟レヴェルトと庭で日向ぼっこをしていた時だった。
レヴェルトは私ですら読めない難しい本を熱心に読んでいる。相手にしてくれず、手持ち無沙汰な私は、庭の隅で庭師が作業をしている様子を見ていた。木に梯子を立てかけ、それに上って大きな鋏で切っている様子は私をなんとなく落ち着かない気分にさせた。
そして"視えた"のだ。
庭師が梯子から落ちて、鋏が脚に刺さって苦しむ場面が。
ハッと勢いよく庭師の方へ顔を向ければ、何事も無く鼻歌を歌いながら手を動かしていた。あ、あれ?と声を漏らせば、レヴェルトに不思議そうに首を傾げられ、腑に落ちないままに何でもないと首を横に振った。
──しかしそれは気のせいで終わらなかった。
「うわあ!!」
大きな叫び声が聞こえ、バッとその方に顔を向ければ、庭師が右脚を押さえながら地面に倒れていた。
二人で急いで近寄ってみれば、思わず息を呑んだ。鋏が刺さったのか、脚から血が容赦なく流れ落ち、落下した衝撃で左脚は折れ、不自然な方向に曲がっていた。
庭師の額に脂汗が浮かび、苦しみ悶える姿を見た私は顔が真っ青になり、体を震わせた。そんな私の反応とは真逆にレヴェルトは、少し固まっていた後直ぐに私に大人を呼んでくるように伝えた。その声になんとか体を動かした。
「だれか──っ」
大人を連れて戻って来た時には、庭師は落ち着いた様子で壁にもたれてかかっていた。苦しげな様子も無い。
庭師曰く、レヴェルトが治癒魔法を使って治してくれたとのこと。
こんな小さな頃から、才能の片鱗を見せた弟に驚くよりも前に私に恐怖が襲った。
「なん、で」
先程見た光景と、今しがた起きた事故の光景が一致していた。偶然とは言い切れない。
まさか、私があんな場面を"視て"しまったから、庭師はこんなことになってしまったのではないんだろうか?
言いようもない、自分への恐怖に私は思わずその場にへたり込んだ。私の酷い青褪め様に、周りの大人達は慌て始める。
大方、酷い事故現場を見てショックが強かったのだろうと理解した両親は私を早々に自室に戻らせた。
一人になってそれでも落ち着かず、とうとうポロポロと涙が溢れだしたとき、レヴェルトが部屋に入って来た。
尋常じゃない様子の私を心配してきたらしく、どうしたのと聞いてきた。嗚咽交じりに先程の事を話すと、レヴェルトは年相応に見えない神妙な顔をした。
「……どうしたの?」
「そのことをひとにいっちゃだめ」
どうして、と聞きたかったけれど弟の真剣な顔に頷く他なかった。しゃっくりが止まらない私を優しく抱き締めると、二人だけの約束だよと囁いた。
この時から、レヴェルトとは他の兄弟姉妹以上に絆が深まって行く。
そして、あの時約束して良かったと思う日が来るのは数年後。
レヴェルトは姉を守る為に勉強し、魔道士として頭角を現した後、史上最年少宮廷魔道士となるのはそう遠くは無い話だ。