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シャロンと影

 中等部卒業を一週間後、成人の儀と披露パーティを二週間後に控えた私は、いつもの様に図書館で本を読んでいた。

 大きなイベントを迎える為にすることが山のようにあり、なかなかここに来れてはいなかった。

 今日の休みが終わればまた家に拘束されてしまうのは仕方がないとは言え、もう二ヶ月はルイス様に会えてない。


 その為かよく分からないけれど、最近私の体調に影が差してきている。

 何をしようにも意欲が湧かないのだ。そんなことは人であればそういう時期もあるだろうと思われるかもしれないが、私の場合は少し違った。

 まず食欲が湧かなくなった。次に笑うことが億劫になってきた。そして話すことも、果ては体を動かすことも。


 病気は確実にこの痩せた身体をしっかりと爪でとらえていた。


 重いぬかるみのような感情にとらわれる。倦怠感が全身を薄雲のように包んでいた。

 自分の体調の変化を誰にも悟られないように無理にでも動いてはいるけれど、いつか限界がくるのだろうと悟らざるを得ない。


 こうして文字を目で追っていれど、内容が頭に入って来ない。私は諦めて本を閉じて、視線を空中に漂わせた。


 どうすればいいのだろう。あなたが私のパートナーですとでも、ルイス様に言えばいいのだろうか。

 そうすればきっと私は助かる。生き延びることが出来る。


 けど、けれど。


 俯いてギュッとドレスを握ったその時、


「シャロン?」


 愛しい人の声が私の耳に届いた。



 机を挟んだそこには二ヶ月前よりもさらに身長も伸びて大人の男へと成長していたルイス様がいた。私はなんだか上手く息が出来なくて、ごくりと小さく息を呑む。頬が紅潮し、目に涙の膜が張る。私の全身が彼を求めているのが分かった。彼が、彼こそが私の唯一だと。


 思わず手を伸ばしそうになり、ハッと気づいて立ち上がる。


「お久しぶりですね、ルイス様」

「……そうだね」


 心なしか彼が冷たい。

 何かしたかと、困惑した表情で彼を見つめる。それに気付いた彼は溜息を吐いた。


「泣いたの?」


 酷く真剣そうな顔に私は焦って否定する。ただの欠伸だと。

 些か淑女を目指す者として気恥ずかしいものはあるけど、彼に変な心配をかけるよりは十分マシだった。


 彼は納得したようなしてないような微妙な表情を浮かべたけれど、直ぐにふわりと笑顔を浮かべた。

 同時にドクンと高鳴る胸を押さえながら、彼に誘われるままにいつかの彼のお気に入りの場所へと向かった。






「──え?」


 呆然と見上げる私を彼は申し訳なさそうに眉を下げた。

 壮大な景色の前で告げられた言葉を瞬時に飲み込むことが出来なかった。

 脳内で処理できなかったそれをぽつり、口に出す。


「ルイス様が、──ルディウス王太子殿下?」

「……ごめんね、今まで黙ってて」



 貴族だろうと予想はしていたのに、それを簡単に裏切られてのまさかの王族。

 しかも王太子殿下。将来の国王陛下になる御方だ。


 そう、やっと理解できた私は瞬時にして青褪めた。幼いからとは言え、殿下に無礼を働いてきた記憶しかない。言葉遣いなんてのもそう、王族の御方になんて口のきき方だったんだろう。

 親友のレーナは許可を頂いているからこそ良かったものの、ルイス様から明確な許可は頂いていないのだ。

 そして、"ルイス"と私が呼んでいた名前は彼の愛称だったらしく、私はただもう申し訳なさで頭を下げることしかできなかった。


 更に言ってしまえば、彼が私の唯一だなんて一生口に出来ない言葉だ。

 彼には身分相応の婚約者があてがわれるだろう。

 こんな地味しかとりえのない女より、それこそ他国の王族のような方を。



「やめてくれ。そんな顔をさせたかった訳じゃないんだ」

「いえ、……今までの非礼をお許しください、殿下」


 もうこうしてはいられないと、素早く立ち上がりもう一度深く頭を下げる。

 沈黙が落ちたかと思うと、急に肩を押され頭を上げさせられた。

 目の前には深い悲しみを抱いた彼が立っていた。


「何で、そんなこと言うの。シャロンまで態度を変えるの?」

「……王太子殿下であられる御方ですから」

「レアリーナに対する態度は違うのに?」

「レアリーナ様には許可を頂いております」

「じゃあ、私も許可する。敬称も敬語もいらない」

「──そんなこと!っ!?」


 出来る訳がないと反論しようとしたその時、ぎゅっと抱き締められた。

 強く胸を押して見たりと抵抗を試みるがビクともせず、諦めて私は大人しく力を抜いた。

 そして襲ってくるどうしようもない悲しみ。ポロポロと流れ落ちる涙は彼の服に吸い込まれていく。


「いいんだ、シャロンだけは今までのシャロンであってほしい。お願いだから、王太子だからという理由で避けないでほしい」


 切実な声に私はこくりと頷いた。

 さらに抱擁の力は強くなったけれど、私は幸せだった。


「不思議だな、シャロンに触れていると私はどうしようもなく幸せを感じるんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、"視えた"私の絶望はどうやら私を幸せにする気はないようで。

 ただただ涙を流し続けるしか出来なかった。


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