シャロンと外出
学校が終わり向かった図書館で本を選んでいるルイス様を見つけた。
三日ぶりのルイス様に胸が大きくドクリと脈打つ。
相変わらずの隠しきれない輝きに直視できなかった。
あちらはこっちに気付いていないようで、真剣に本を吟味していた。
声をかけようか迷っていたところでルイス様が顔を上げた。
あ、と声を漏らし、次の瞬間には美しい御尊顔が破顔する。
そしてルイス様は持っていた本を棚に戻すとこちらに歩いてきた。
「シャロン、これから時間ある?」
「はい……?」
「ちょっと外で話しようよ」
「え」
承諾したわけではないのに彼はもう歩き出していて、おいでと手招きした。
もちろん断るつもりなど毛頭もないが、突如のお誘いに頭がついてなかった。
そのまま図書館を出て、すぐ近くの宿屋に足を踏み入れた。
私の頭の中は疑問でいっぱいだったが、彼は微笑んだだけで何も言わなかった。そしてそのままある小屋に向かった。
そこには美しい白い馬がいた。思わず声を上げて見惚れる。
「私の愛馬だよ。アドニスって言うんだ」
彼はそう言って愛おしそうにその背を撫でた。
「とても綺麗ですね」
「この国一の名馬だそうだ。小さい頃からずっと一緒にいたんだ」
「素敵ですね」
そう言うと、彼は幼い子どもの様に無邪気に笑った。
それから私達はその愛馬、アドニスに乗って彼のお気に入りの場所だという所へ行った。
乗馬の経験がまだ無かった私は正直不安だったけれど、後ろから支えてくれる彼が安心させてくれた。
その際体が密着したことによって訪れた思わぬ心地よさに驚きそうになった。
そうしてようやくレヴェルトの言っていることが理解できた気がした。
はっきりと病気の進行が現れているわけではないため効果は薄いのかもしれないが、体が想像以上に軽くなっていた。
真っ赤になった顔を隠す術もないまま彼の手を取ってアドニスから降りるが、バランスを崩し彼にもたれ掛ってしまった。
「ご、ごめんなさいっ」
「いや……」
直ぐに離れて佇まいを直す。
ちらりと彼を見れば少し不機嫌そうで、そんなに嫌だったのだろうか?と受けたショックを何とか飲み込んで無理矢理笑みを作った。
けど、そんな笑みもすぐに感嘆の息に飲み込まれた。
壮大な情景が眼前に広がっていた。
「すごい……」
キラキラと輝く広大な海は日に照らされて、神秘的なものとなっていた。
「辛いことや悲しいことがあると、よくここに来るんだ」
彼がひいてくれたハンカチの上に腰を下ろす。
彼も隣に座って、くつろいだ様子で話す。
「未成年だからって子ども扱いされたくない。その為に努力はしてるんだけど、やっぱり自分の無力を何回も思い知らされる。で、ここに来て反省会。こんな海を前にしたら自分はちっぽけなものだと思い知らされる、それでもまだまだ前進できるってことを教えてくれるんだ」
そう言う彼の横顔は大人びていて、そこではたと気づく。
「……未成年?」
「あれ、言ってなかったけ?十三歳だよ」
思わずポカンと口を開け、間抜けな顔で彼を見る。
ずっと成人男性だと思っていたのがまさかの同い年。
「二、三歳年上だと思っていました…」
「えー、そんなに老けて見える?」
「いえっ、大人びているなと!」
「はは、ありがとう。そう言うシャロンはいくつ?」
「十三です」
「へえ、同い年だったんだ。二、三歳年下だと思っていたよ」
「……意地悪です」
「冗談冗談」
楽しそうに笑う彼は、そう言われてみれば年相応の幼さが残っている。
本当に彼の事を何にも知らないんだなと少し辛くなった。
それから色々な事を話した。
お互いの素性に触れることは無かったけれど、三年して初めてお互いの懐に少し入り込めたような気がした。
ルイス様は真面目な印象があったから、お茶目で話し上手なところがとても新鮮に感じた。
今日で私は確信した。
ルイス様は魔力過多精製症の人で、私の「相手」だと。
ルイス様と触れ合った瞬間、魔力が一気に流れ込んできた。その感覚はまさに快感というべきか、一度知ってしまえばもうどこにもいけないほど甘美な感覚だった。
その感覚はまだ微かなものだから、ルイス様はまだ気づいていないだろう。
恐らく私もレヴェルトに言われてなければ気づいていなかったに違いない。
相手が見つかった。
それはとても喜んでいいはずなのに、素直に喜べない。
予知は視ていないのに、女の勘というものからなのか得体の知れぬ大きな不安が私を襲う。
きっとこの気持ちは伝えてはいけないものなんだと即座に考えを巡らせる。
私はただルイス様の幸せを願っている。
愛してますルイス様と微かに呟いた声は、風に乗って瞬く間に消えていった。