アマリーと転生
気づいた時には私は赤ん坊になっていた。
自分の意志に関係なく、思い切り泣き声を上げれば近寄ってくる人の気配。ふわりと慣れない浮遊感に思わず驚いた。
ニコニコと顔を向けられて、なんだか胸がくすぐったい。
少し時が経って、目の前にいる男女が私の両親だと理解した。
そして、私が前世の記憶を持つ転生者だということも。
思ったことはまず、──なんだこのファンタジー世界、だ。
色気ダダ漏れのイケメンな父親。本当に既婚者かと思うほど綺麗な母親。全員顔の偏差値が高い兄姉。
私はバレンスエラ公爵家の七人兄弟の末娘として生まれた。
大貴族の娘で美少女、加えて妖精の祝福持ちという自身のハイスペックさに驚かざるをえなかった。
末っ子なので家族に存分に甘やかされるし、こんな幸せな環境に転生出来るなんて、前世の私はそんなに徳を積んだのだろうか。
「アマリー」
愛おしそうに私の名前を呼ぶ家族。
彼らを見て前世を思い出して寂しさに襲われるかと思えばそうでもなく、前世の家族や自分の名前は靄がかかったように思い出せなかった。
日本人として暮らしていた記憶と、──ある小説のストーリーだけがハッキリと頭に残っており、生まれ落ちた当初から大いに困惑した。
「アマリー?どうしたの?」
「……ううん、何でもないよ!シャロンお姉様」
時が経ち、私が十歳、シャロンお姉様は十三歳になった。
深窓の令嬢であるシャロンお姉様は、本当に綺麗で優しくて、私の憧れの人だった。
自分のことよりも他人のことを一番に優先するシャロンお姉様には、誰よりも幸せになって欲しいと、その気持ちに偽りは無かった。
けれど、この世界が実は私の知る小説の世界であり、シャロンお姉様は恋した人をヒロインに捕られてしまい、失意の後この国を去ってしまうと言う悲しい筋書きがあった。
シャロンお姉様が辛い思いをするなど、わたしには耐えられない未来だった。
勿論最初は自分の頭を疑った。
何だよ小説の世界に転生って、って。
でも知るもの聞くもの見るもの、全てその世界と全く一緒なのだ。
段々と納得し始めた私は最初の頃は喜んだ。
大好きだった小説の世界をこの目で見ることが出来る。
ヒロインやヒーローと私との歳は離れているが、これから起こることを知っている私としてはノープロブレムなのだが。
私はシャロンお姉様の名前を聞いた時、気付いた。
お姉様がこの物語の当て馬役だということを。
それを知ってしまえば、この世界をただのんびりと楽しんでいる訳にはいかない。
「シャロンお姉様っ」
「なあに?アマリー」
「私がお姉様を幸せにしますから!」
「まあ、私は幸せ者ね」
ふふと綺麗に笑うお姉様を振ってしまうヒーローなんて知らない。
妖精の祝福持ちとして生まれたのなら、この力を使って絶対シャロンお姉様を幸せにしてみせるわ。
例えそれが、ヒロインがハッピーエンドにならなくても。
ここは小説と"類似"した世界であり、全く同じ世界ではない。
それに気付いていない私は、シャロンお姉様に予知能力があり重度な病気を抱えていることは勿論知らない。