シャロンと家族
風の無い昼下がり。本を捲る音だけが部屋に響く。
全てのものが温もりに包まれ、寝てしまったように思える、そんな静かな午後だった。
「……ふぅ」
疲労が混じった溜息が溢れる。
凝り固まった体を動かしてみても、体内に燻る不快感は抜けきってくれない。
本を膝に置き瞼を閉じようとした時、扉を叩く音が聞こえた。
「お嬢様、お食事の用意が出来ております」
「……ありがとう、今行きます」
本をサイドテーブルに置いて、簡単に身なりを整える。
おかしなところがないことを鏡で確認した後、私は食事をする場所へと足を向けた。
部屋に入ると既に皆揃っていた。お待たせしてごめんなさいと謝罪の言葉を口にしながら急いで席に着く。
食事前の祈りを行うために、この家の長であるお父様が口を開いた。
「神の御恵みによりて我らの食せんとするこの賜物を祝し給え。主の恩恵に感謝を」
「「「感謝を」」」
祈りが終わるやいなや、双子の弟達が待ってましたと言わんばかりに食事に手をつけ始めた。
よほどお腹が空いていたのだろうか、最低限のマナーを守りつつ瞬く間に口に食べ物を詰め込んでいく。
お母様はそれを微笑ましく目を細めながら、一口一口味わうように優雅に食べている。
その隣にいる妹のアマリーは十歳だと言うのに、しっかりとナイフとフォークを使って綺麗に食べていた。頬を薔薇色に染めて一生懸命食べ物を口に運んでいる様子は癒されるものがある。
この場にいるのは使用人を除いて六人。父、母、双子の弟達、妹、そして私だ。他に兄弟はいるものの、それぞれ事情がありこの家にはいない。
仲良く談笑しながら食事を終え自室へ戻ろうとした時、「シャロン」とお父様に名前を呼ばれた。
「書斎に来なさい。少し話がしたい」
「はい」
一拍置いて返事をすると、お父様はそのまま私に背を向けて歩き出した。
その後を追い、私は書斎に足を踏み入れる。
椅子に座ったお父様は私を真っ直ぐ見据えた。
何を言われるのだろうかと不安に心臓を逸らせる一方、私はお父様の姿を眺めてやっぱり素敵だなぁと場違いな考えを抱く。
美しい相貌に歳相応の筋肉が程よく吐いた体躯。そして人の上に立つことを当然とした絶対的なオーラ。
数多の人と相対してきた公爵家の当主であるお父様と向かい合うのは緊張するけれど、私を見つめる瞳はいつだって優しいことを知っているから、私は微笑みを浮かべてお父様を見つめ返すことができていた。
「話というのはお前の婚約についてだ」
「……はい」
貴族同士の結婚はいわゆる政略結婚というものがまだまだ主流。
そのうえ我がバランスエラ公爵家は貴族界で序列一位となる家格の家のため、下手な婚約を結ばないよう注意する必要があることも私も理解している。
お父様とお母様は貴族界においては珍しい恋愛結婚だったそうだが、両親がそうだからといって私も例外ではないだろう。
「お前ももうすぐ十三の歳。後二年で成人を迎え、婚姻を結ぶことができるようになる」
結婚するならお父様のように相手をいつまでも大切にしてくれる人が良い。
かつてそんな願いを抱いたことがあるものの、結局誰が相手であろうと私は抵抗するつもりはない。
「──そろそろ良い相手でも見つけたかい?」
「……え?」
「いや、お前は恋愛結婚をしたいだろうと思って見守っていたが、なかなかそんな素振りを見せないので気になってな」
婚約者が決まったと言われると考えていた私は拍子抜けしてしまい、力が抜けたようにソファに座り込む。
恋をすることが許されている。
それが分かった瞬間、一筋の華やかな光が何処からとなく差し込んできた思いだった。
「まだ、そのようなお相手はおりません」
「そうか。まあ焦らなくても時間はあるからな」
お父様はの顔には分かりやすく安堵の色が広がっていた。
そんなお父様の姿を見て私は小さく笑みをこぼす。
私の将来の相手は誰なのか。
それは私でも分からない、未知の未来。