石の上にも三年
業界では割と厳しいといわれているその会社で…
四月に入ったばかりの新入社員が課長に辞表を提出した。
「お、おまえ、まだ3ヶ月しか経ってないじゃないか。石の上にも三
年という言葉もあるぞ」
「はい、分ってます。でも課長、この言葉ってどうなんでしょう
ね?」
新入社員は平然とこう訊ねた。
「どうって、おまえ、ええと、辛くても辛抱していればいつかは成
し遂げられるという有難い言葉じゃないか」
課長が記憶を頼りにそう言うと
「じゃ、逆にお訊ねしますが」
新入社員は薄笑いを浮かべながら
「課長は入社されてから三年どころか、二十年にはなりますよね?」
「まあな」
課長は思わず唾を飲み込んだ。
「まあ、三年というのは、実は三年丁度という意味ではなくて、長
い年月を表しているんですよね。で、この場合の石ですが、冷たい
石でも長い年月座っていればその石でさえ温まるってことなんです」
「ほう」
課長は少し感心した。
「ですが今の社会では」
「おお」
「そもそも冷たい石に座る必要は無いでしょう? 暖めたいならそ
れなりの方法を使えば秒殺ですよ」
「秒殺っておまえ…」
「いや、失礼。冷たい石に長い間座って暖める時間があったら他の
事が沢山出来るでしょ? 違いますか?」
「なるほどな…って、まあそうかもしれないな」
「石の上に何もしないで三年も座っているような奴はダメでしょ。
使えないでしょ?」
「お、おう…」
「というコトで、私は冷たい石のようなこの会社よりも、もっと居
心地のいい場所で働きたいのです。それでは」
ちょっと待て! と声をかける間も無く、新入社員は出て行った。
その場に残された課長は考えた。俺たちの入社の時とは考え方が
違うんだな。
あれ? ちょっと待てよ? この会社で二十年も働き続けてきた
俺はどうなんだ?
課長は暫くの間、自分のアイデンティティに疑問を持ったが、す
ぐに次の仕事の打ち合わせに入らなければならなかった。
「ああ、なんだかもやもやする。おい、おまえら、今日は飲みに行
くぞ!」
その晩、課長は大いに荒れて、同僚、部下達に多大な迷惑をかけ
たという。
こんな若造はだいっ嫌いだぁあああ! by課長