クロウさんのポートレート4
私には帰る家がある。いつもススキが原に立っているわけではない。
クロウさんの立っているススキが原は、私が働いている工場へ行く道の途中にある原っぱなのだ。
ある日、道の真ん中にクロウさんのシルクハットが落ちていた。
私は、おやと思って拾いあげた。
そのとたん、毛むくじゃらのなんだか奇妙なものが、あわててススキの茂みに逃げ込んだ。
もしかすると、今のはクロウさんの親友だったのかもしれない。
クロウさんの親友がいなくなってしまったシルクハットはただの帽子になってしまって、今では以前ほどの魅力を感じられなかった。
白い塀沿いの道を帽子をもって歩いていると、クロウさんに出会った。
クロウさんは案の定帽子をかぶっていなかったけれど、あの見事なしっぽもなくなっていた。
とうとう子供達にやられてしまったのかとたずねると、クロウさんは口髭をむしりながら首を振った。
「シルクハットの中に毛むくじゃらがいたけれど」
私がそう教えてあげると、クロウさんはニヤニヤ笑って答えた。
「たまにはね」
しっぽは一人旅に出掛けたそうだ。
しっぽに行きたい所があるなんて、思っても見なかったことだ。
クロウさんに言わせてみると、手足にもポリシーとアイデンティティがあって、たまには休暇を取るのだそうだ。
足のやつは精勤でいまだに休みを取ったことがないけれど、手は黙ってずる休みするので困るときがあるのだと言う。
そんなものなのかなと、私は自分の手足を見てみた。私の手足には何の不服もなさそうだ。
ススキが原を子供達が包丁を振りながら走り回っている。
休暇さえ取らなければめんどうは起こらないのにと、クロウさんはため息をついた。
別れを告げて、私は白い壁を手で押した。
壁はパタンと倒れて、日常のはしゃぐ声が聞こえ始める。
私は家路をたどる。日没は近い。