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絶対音声  作者: 樒 七月
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8.手が触れた

 涼が人差し指を添えた千尋の中指は、凹凸をなぞった。微かに感じられる境目は千尋に何も与えなかった。ただ、千尋は涼に握られた手に神経が行き、まともに絵が見れなかった。同性でも手が触れることはほとんどない。久しぶりの人との接触に、千尋は体が固まった。嫌ではなかったが、それでも慣れない。

「黒瀬?」

 反応を返さない千尋の顔を窺うように覗き込んだ涼に、千尋は顔を歪めることしかできなかった。ずっとキャンバスを手に二人の様子を見ていた葛西は、千尋の表情に失笑した。

「泉水、手を放してやれ。黒瀬が固まってるだろ。誰だって突然手を握られたら動揺するっての」

 葛西の忠告に納得した涼は手を放した。千尋は自由になった手を開いたり握ったりして確かめた。まだ、涼に掴まれた感覚が残っている。少し低い体温は自分とは違うもので、容赦なく体温を奪っていった。熱いものは冷たいものに吸収される。離れるときには近くなっていた手の温度に、千尋はくすりと笑った。

 千尋が何に対して笑っているのかと涼と葛西は目を合わせたが、その疑問は予鈴の音に掻き消された。美術室から教室まで、急いでも三分はかかる。予鈴は授業開始の五分前の合図であり、三人は慌てた。葛西がキャンバスを片付けに行くのを待って、三人は教室へと向かった。廊下を走っているのを擦れ違った教師が咎めたが、千尋が軽く頭を下げて謝罪した。千尋が廊下を走っているという事実に教師は驚いたが、それでも礼儀正しい千尋に無言で急ぐことを促した。

 追いついた千尋に、葛西は呆れたように笑った。

「丁寧なことで」

「それが僕なんだよね?」

 ニヤリと何か企んでいるような笑みを浮かべた千尋に葛西は絶句し、その後に可笑しそうに笑った。涼は何も言わず、楽しそうに二人を見ながら走っていた。

 三人が教室に着いたのは、本鈴の一分前だった。



 休憩時間は十分ずつしかないため、千尋は宿題の時間に充てていた。話していれば短い十分だが、問題を解くには充分だった。宿題は家に持ち帰るときもあれば、全て終わってしまうときもある。千尋が座ったままでいるのを涼は確かめ、鞄からイヤホンだけを出してCDを聴いた。葛西は十分の休憩時間はいつも他の仲良くしているクラスメイトと話している。涼は机の上に目を向け、前の授業の教科書が広げたままあったため、出された宿題に手を付けていった。音楽は耳を素通りする。宿題は授業の復習のような問題ばかりで、涼は休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴る少し前に全てを終わらせた。

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