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絶対音声  作者: 樒 七月
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7.抽象的な絵を見て

 教室から離れている美術室には、誰もいなかった。油絵の具の独特の臭いが鼻を擽る室内に踏み込んだ葛西は、一直線に向かって行った。そして迷うことなく一枚の絵を持ち、千尋に向けた。千尋は近くに寄り、その絵を眺めた。

「教会…?」

 ぽつりと呟いた千尋に、葛西は目を見開いた後、喜びで表情を崩した。千尋はその葛西の反応に、驚きで声が出なかった。その後ろで涼は二人の様子を興味深そうに見ていた。

「よく分かったな。慣れてきたら大体分かるようになるみたいだけど、一目で分かるなんて…」

 千尋に向かってにこにこと嬉しそうな表情を浮かべた葛西は、自分の方へと絵を回転させた。キャンバスには赤を基調とした、形が曖昧なものが描かれていた。抽象的すぎて、ぱっと見ただけでは分からない。十字架もなければ、聖母も描かれてはいない。しかし、千尋には分かった。千尋はただ、絵から感じるものを言葉にしただけで、はっきりと確信を持っていなかった。そのため語尾を疑問系にした。葛西の喜びようから、それは中々人に理解されないものだとはなんとなく分かった。

「きっかけって、もしかして」

「そう、泉水も見抜いたんだ。こいつのときは確か海の絵だったよな」

 確かめるように聞いた葛西に、涼はそうだと首を縦に振った。葛西は持っていた絵を元に戻し、奥の部屋へと入って行った。葛西の意図が分からずにその場で待っていた千尋は、涼の顔を見た。まだ耳にはイヤホンが着けられており、涼は視線だけで返した。涼の視線は葛西が消えていった奥の部屋へと向けられていた。

 一分も経たない内に、葛西は同じ大きさのキャンバスを手に、二人の前に立った。そして、発表するかのように堂々と絵を引っくり返した。

 そこに描かれていたのは、一面の深い蒼だった。少し濃淡があり、緑が所々に隠れていたが、全体的に眺めると蒼と白以外の色は見出せなかった。

 今度は、千尋にははっきりとその絵がわかった。

「…確かに海だね。空との境目が曖昧だけど…」

 千尋の感嘆するような呟きに、葛西は何度も頷いた。その度に絵も揺れた。

 涼はイヤホンを外し、葛西の持つキャンバスに触れた。油絵のそれは葛西の個性が出ていて、凹凸がはっきりとわかる。軽い感じに見られる葛西だが、絵に関しては類を見ない技術を持っていた。しかし、それは教師に認められるものであっても、同世代には通じない。葛西の感性が余すところなく表現された抽象的すぎる絵は、涼だけが理解できた。それがきっかけだった。いつもなんとなくで付き合ってきた友達とは違う、自分を理解する人物は、傍にいることが苦痛ではなかった。話を合わせなくてもいい。適当に相槌を打たなくてもいい。それが息抜きできる、涼と葛西の関係だった。

 今その二人の中に踏み込んだ千尋は、何も言えずに沈黙を保った。懐かしむように絵に触れていた涼は、さっと千尋の手を取り、さっきまで自分が触れていた部分に当てた。蒼が薄くなり、白に近くなっている部分だった。

「ここが空と海の境目。緑が少し見えるけど、わかるか?」

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