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絶対音声  作者: 樒 七月
6/19

6.CDを見つけた

「涼」

 はっきりと自分の名前を呼ばれた。その声は知っているもので、声の持ち主はわかっていた。

 振り返った先にいたのは頭に浮かんでいた人物で、彼は穏やかに笑っていた。その笑顔は見たことがなく、自分の想像であることが理解できた。

 千尋はいつもとは違う、切なく感じる声で言った。

「声を聞かせて」



「声…?」

 涼は思わず喉を押さえた。話すために声は出している。それなのに、夢の中の千尋は切実に訴えるように言った。涼は自分の夢なのにも係わらず現れる千尋とその言葉に戸惑った。理解できない。夢の中の千尋は何を望んでいるのか。そして、その夢を見る自分は何を思っているのか。

 夢は深層心理の表れという言葉を思い出し、涼は額に浮かんだ汗を拭って気持ちを入れ替えた。

 深層にある意識が、何かを示している。



 いつものように千尋は一番に教室に入り、人の気配が消えた空気を肌で感じた。これから嫌でも濃くなっていく。澄んだ大気を取り入れるために、運動場に面した窓を開けた。

 全ての窓を開けて五分程経ち、半分の窓は閉めていった。空気さえ入れ替われば、後の温度調節は人の多さによって変えれば良い。人の体温で、室温は微妙に変わる。一人では肌寒くなった教室を、千尋は満足そうに眺めた。

 そのとき後ろのドアが開き、涼が入ってきた。いつもとは違い、後ろに葛西が続いた。

「おはよう」

 先に千尋が挨拶し、涼は軽く返した。

「おはよう」

「うわ、本当に黒瀬がいる。早いよな、おはよ」

 千尋を認めると驚いたように口を開けた葛西は、感心したように頷いた後に短く挨拶した。

 千尋はそれが癖だとでも言うように、口の端を少し上げた。爽やかな笑顔とはほど遠いが、それでも涼と葛西には、それが悪意を含んだものではないことがわかっていた。

 涼は自分の席に鞄を置き、一度も座ることなくまた入ってきたドアに向かって歩いた。手には四角い布の袋を持っていた。葛西も涼と同じように荷物を置いてドアへと向かった。

「黒瀬。葛西の絵を見るんだろ」

「え、うん。でもいいの? 葛西くん」

 二人の待つドアの前へと小走りで向かった千尋は、葛西の顔を窺うように見た。葛西はそれに楽しそうに口元を歪め、人差し指を立てて横に振った。

「いいぜ。黒瀬がどんな反応を見せるか楽しみだ」

 ニシシ、と奇妙に笑った葛西は、前を歩いた。その後に、涼と千尋は続いた。涼は手に持っていた袋からイヤホンを取り出し、耳に着けた。形状からCDウォークマンだということがわかり、千尋はその中身が気になった。

「何聞いてるの?」

「洋楽。何のかは不明」

「不明?」

 不自然な答えに、前を歩いていた葛西は振り返って嫌な顔をした。器用に後ろ向きに歩き、三人は足を止めずに会話を続けた。

「またアレか? 聴くの止めとけって。怪しいじゃないか」

「アレ? 怪しい?」

 不吉な単語に、千尋は眉を寄せた。涼は葛西の警告を聞き流し、二人の声は聞こえる程度に音量を調節して音楽を聴いていた。

 葛西は呆れたように涼を見、それから苦笑して千尋に説明した。

「一週間に一回くらいの間隔で、泉水の靴箱にCDが入ってるんだ。中身は洋楽。気持ち悪いから止めろって言ってんだけど、曲が泉水の好みでさ」

「…へえ」

 特に興味無さ気に頷いた千尋に、葛西は困ったように笑った。千尋も一緒に説得してくれれば、と思っていたこともある。しかし、千尋は個人の自由、とでもいうように、CDについてはそれ以上触れなかった。杞憂に終わればいいが、と葛西は思っていたが、それでも何か引っ掛かる。何度かそのCDを聴いたことがあるが、特に異常はなかった。しかし、脳裏に掠める何かが不快にさせる。涼は何も感じていない様子だったことから、葛西は深く追求することを止めた。

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