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絶対音声  作者: 樒 七月
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4.放課後に残った

 午後の授業が全て終わり、放課後を迎えた。部活に向かう生徒や、そのまま帰宅する生徒で廊下は賑わった。千尋は、優等生という名目で教師から頼まれたアンケート集計をするために教室に残った。面倒な仕事を押し付けられたとしか思えない。しかし、千尋は断る理由がなかったために引き受けた。考えずに出来るものは、時間潰しには良かった。

 千尋が十センチほどの紙の束を机に置いていても、手伝う者はいなかった。それはいつものことで、千尋は気にしなかった。この状態を望んだのは自分だということはわかっている。そして、下手に手伝ってもらって余計な仕事が増えるよりはマシだった。役に立たない手伝いはいらない。千尋は眼鏡を中指で押し上げ、紙の束に手を伸ばした。

「黒瀬、一人でやるんだ?」

 横から掛かった声に、千尋は目線だけを動かした。そこには声から予想出来た人物、涼が立っていた。葛西もその後ろから様子を見ており、千尋は口の端を上げた。

 そして、右手のシャープペンをくるりと回して頷いた。

「もちろん。いつものことだよ」

 簡単に言った千尋は、会話は終了した、というように目線を用紙へと戻した。一枚一枚目を通し、集計していく。速い作業は見ていて気持ちの良いものだった。涼は千尋の前の席に座り、向かい合うように座った。そして集計結果を記入する白紙の紙を手元に置き、紙の束を半分に分けた。葛西は涼の横に移動した。

 千尋は突然の涼の行動に動きを止め、訝しげに涼を見た。

「泉水くん?」

「手伝うよ。手伝いなんていらないかも知れないけど、それでも少しは違うだろ」

 作業がしやすいように用具を配置していく涼に、千尋は呆気に取られたが、とりあえず頷いた。涼が手伝うとなると、時間は短縮されることは間違いない。それを千尋は知っていた。千尋は呆然としながら、涼の横に立つ葛西に視線を向けた。葛西は鞄を抱えたままで、涼も帰る用意をしていたが、千尋を手伝うことで鞄を下ろした。

 葛西は、千尋の視線にすまなそうに顔を歪めた。

「悪いな。俺は手伝えない。じゃあな、泉水、黒瀬」

「いや、ありがと。さよなら」

 手伝えないことを詫びて帰ろうとした葛西に、千尋はその気持ちだけを受け取り、礼を言って帰りの挨拶した。葛西は意外そうな表情を浮かべたが、可笑しそうに笑って手を振ってから教室を出て行った。千尋にはその葛西の表情の変化の意味がわからなかった。

 涼は、不思議そうに葛西が去った後も目を向けている千尋に対し、苦笑した。その苦笑に気付いた千尋は首を傾げた。

「黒瀬って素直だよな。嫌みそうに振舞ってるから、知らなかった。葛西も意外だったんだろう」

 素直、と言った涼は、くすくすと笑いながら動かす手を止めなかった。千尋はなんとも言えない困ったような顔で、手元に残った紙に手を付けていった。そんなことを言われたのは初めてだった。素直というよりも、ただ咄嗟に言っただけのこと。それを二人は意外だと返し、笑顔を浮かべていた。

 千尋は胸がざわざわするような感じがしたが、作業に没頭することで気を紛らわせた。涼が手伝ったことにより、一時間はかかると思っていた集計が半分以下で終わった。まだ教室には生徒が数人残っていて、何人かが涼と千尋をちらちらと見ていた。珍しい組み合わせなのが気になるのだろうと予想できる。千尋はその視線を無視し、帰る仕度をした。涼は椅子を戻し、床に置いた鞄を手に取った。すぐに帰ることが出来るのに、涼はそのまま動かなかった。千尋は帰る用意ができ、鞄を手に取って帰ろうとした時、涼は当然のように千尋について歩いた。

「家がどこか知らないけど、校門までは一緒だろ?」

「そうだけど」

 千尋は教室に視線を遣った。教室に残る生徒のほとんどが、千尋と涼を見ていた。不躾な視線に千尋は溜息を吐きたくなったが、涼は気にしていない風で、出ていった。千尋は考えるのを止め、涼の後を追った。去った後で何を言われているか大体わかる。涼が気にしていないのなら、千尋は気にする必要がないと思い、思考を振り切った。

「で、黒瀬の家はどこ?」

「駅を越えて、少し行ったところ。小学校があるところの近く」

「近いんだな。それなら駅まで同じだ」

 涼は確かめた後、千尋がついて来ることを確信した足取りで先を歩いた。

 千尋は密かに笑みを浮かべ、すぐに表情を変えて涼の後を追った。

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