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絶対音声  作者: 樒 七月
13/19

13.クリスマスの夜に

 クリスマスの夜は、気温が平年より低い予報だった。そのため、ホワイトクリスマスになるかもしれない、といつも以上に浮かれる人々で駅は賑わっていた。様々な電飾が街に溢れている。

 涼と葛西は二人で商店街を歩いていた。

「なんか寂しい男二人って思われそう」

「実際そうだろ。絵が完成していたら、こんなに人が多いのがわかっていて外に出ないさ」

 涼の不満が籠った言葉に、葛西は両手を合わせて顔を歪めた。それに対して涼は気にするな、と口の端を上げた。本当に気にしていなかった。無理をして葛西に付き合う必要はなかったが、涼は葛西が絵を完成させるまで付き合っていた。

大きなコンテストに応募する絵は何度も色を重ねていったので、時間が掛かった。授業では間に合わなかったために冬休みになっても学校に通うことになり、葛西は一人登校していた。涼は葛西からそれを聞き、出来る限りは付き合うことにしていた。いつもより力の入っている絵を楽しみにしていた。

出来上がった絵は涼の予想を嬉しく裏切るもので、涼は思わず溜息を漏らした。その溜息に葛西は満足して絵を眺めた。絵が完成したのは締め切り前日のクリスマスになり、美術室を出たのは空が暗くなり始めた頃だった。

「良いクリスマスだった。あの絵を見れたから」

「…恥ずかしいヤツ。ま、力作だからな。聖夜にはぴったりかもな」

 涼は数時間前に見た絵を思い出して頷いた。今回葛西が描いたのは、木漏れ日だった。光を再現するのは難しく、抽象的でも表しにくい。それを涼にはわかる形で葛西は表現した。

 涼はクリスマスなのにもかかわらず駅前で歌うストリートミュージシャンを見て、悪戯を思いついたかのように笑った。その表情を見た葛西は諦めて見守った。涼は歌っている彼らの方へと向かい、歌い終わるのを待った。

 演奏が終わるのと同時に、涼はキーボードを弾いていた人物に声を掛けた。

「ソの音、くれる?」

 突然声を掛けられた相手は驚いたが、それでも要望どおりにソの鍵盤を押した。その音を覚えた涼は喉の奥でその音を出し、唾を飲み込んだ。そして大きく口を開けた。

 柔らかいソプラノの音が一瞬、辺りに響いた。人々の喧騒は相変わらずだったが、涼の声は歌を聴きに集まっていた数人にははっきりと聴こえていた。

「アメージング・グレイス…」

 歌声を聴きつけて集まった一人が呟いた。聖なる夜に合う曲だった。女性が歌うことが多い曲を、難なく高音を操って歌っている涼。体にぴったりとした膝までの長さのコートは黒で、神父の衣装のように見える。

 葛西は呆れたように腕を組んで、聴衆の一番前で聴いていた。

 涼は後半の、最も高い音を伸びる声で出した。聴衆の息を呑む音が聞こえた。涼が最後の音を出した後、静寂が辺りを包んだ。喧騒が遠くに聞こえる。

 歌い終わり、涼はその場を離れようとした。足を一歩踏み出したとき、拍手がぱらぱらと起こり、それは相乗して広がった。囲んだ円に拍手が響く。

「アンコール!」

 一人が叫び、後に何人かが続ける。アンコールを求める声は大きくなり、涼は困ったように葛西を見た。葛西は仕方ないだろ、とでも言うように頷いた。

 涼はもう一度同じ場所に戻り、一息吸った。肩が上がり、その動きに聴衆は段々と静まっていった。

 第一声から、ほとんどの聴衆には何の曲かわかった。クリスマスに歌う曲、『きよしこの夜』。それを英語で歌う涼に、集まった人々は柔らかい表情で聴いていた。単調だが、優しく響く曲。何度も聴いたことがあるが、それでも良い曲に変わりはない。

 聴衆の中に、千尋はいた。母親に頼まれた茶道の道具を買いに出て、たまたま駅前を通っていた。街の喧騒の中から聴こえた音は人の声で、千尋は惹かれるように足を運んだ。少しずつ集まりだした人に混じり、歌う人物を見た。

 アカペラで歌う涼は、聖夜のためだけに現れた存在のように見えた。黒のコートが神秘さを増す。無表情で歌っていたが声に感情が籠っていて、その差が余計に聴覚を鋭くさせた。

 千尋はこのとき、初めて涼を知った。クラスメイトになってから、半年以上を過ぎてのことだった。

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