12.音のイメージが重なる
「今回は夕焼け?」
片付けを始めていた葛西の背後から、涼は絵を覗き込んだ。キャンバスは赤と黄色などの暖色で塗りつぶされていた。所々に白が微かに混じっている。完成が近い絵は、もう何が描いているかわかるほどになっていた。しかし、それが理解できる者は限られている。
葛西は筆を洗いながら、涼に頷き返した。パレットはもう片付けられていて、あとはキャンバスを直すだけという状態になった。しかし、油絵の具独特の臭いが辺りを充満している。それは絵の存在感を強くさせているようで、涼は息を大きく吸って吐いた。その時、喉から高音が漏れた。透明な、ソプラノ。それは聖歌の一部だった。口を閉じた涼は反応を窺うように、葛西に視線を向けた。
「…そんな音のイメージってことか」
納得したように苦笑した葛西は、絵の具が付かないように注意を払いながらキャンバスを手に取り、眺めてから片付けに行った。奥の部屋が絵の具を乾かす専用の部屋になっている。葛西はすぐに絵を置いて涼と千尋の元へと戻った。
千尋が考え込むように顎に手を当てているのを見て、葛西は声を掛けた。
「黒瀬?」
「あの音が絵のイメージ…うん、合うかも」
千尋は顎から手を放し、軽く指を鳴らした。夕焼けはどちらかといえば低めの音のイメージがある。しかし、葛西の描く夕焼けは高音で合っているような気がした。
葛西はそんな千尋に薄く笑い、思い出したかのように千尋に聞いた。
「そういえば、黒瀬って泉水の歌聴くのは初めてじゃないか?」
「いや、昨日聴いたよ。その前にも一回聴いたことがあったけど」
千尋の答えに、葛西はふーん、と軽く何度も頷き、涼は驚いて固まった。千尋が前にも聴いたことがあったとは思っていなかった。昨日の音楽室での千尋の反応は、聴いたことがあるとは思わせなかった。それは先入観があったからかもしれない、と涼は思い直した。
葛西はそんな涼の表情の変化を横目で見ながら、千尋に可笑しそうに尋ねた。
「いつ聴いたんだ?」
「去年のクリスマス、駅前でストリートミュージシャンに混じって歌っているところを。葛西くんもいたよね」
疑問ではなく言い切った千尋に、葛西は少し考えてから頷いた。確かに、昨年のクリスマスは涼と出掛け、涼が駅前で歌ったことを覚えていた。
「あのときのを聴いたのか。あれは凄かったからなー」
葛西は懐かしむように言い、時計を見てから歩き出した。予鈴が鳴るまで余裕があったが、歩いて教室に戻るにはギリギリになる時間だった。二人は葛西の後に続いた。
涼はイヤホンから流れる曲がちょうどクリスマスに歌った曲だったことに、口元を緩めた。