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絶対音声  作者: 樒 七月
11/19

11.好きなモノと

 葛西は一人、始業時刻の四十分前に学校に来ていた。美術の時間だけでは教師の勧めるコンテストには間に合わない。放課後は時間が作れないため、葛西は早く登校していた。運動場から声は聞こえるが、校舎は静まりかえっている。葛西は正門を抜け、靴箱へと向かった。

そこには誰もいないと思っていたが、先客がいた。葛西はその先客が千尋だとわかり、声をかけようとしたが、止めた。千尋がいる前は自分のところではなかった。後ろ姿からは表情が窺えなかったが、葛西は何故か声をかけない方が良いと判断した。

 千尋が立ち去った後、葛西は千尋の立っていた場所で足を止めた。そこは名字が「さ行」のところであり、その中に涼の靴箱も含まれていた。

 葛西は確かめるために、涼の靴箱を開けた。

 そこには予想通り、一枚のCDが入っていた。

「黒瀬…?」

 CDは千尋が来る前から入れられていたのかもしれなかったが、千尋が入れたと考える方が自然だった。葛西はそのまま靴箱の蓋を閉め、考え込みながらも靴を履き替えて美術室へと向かった。

 千尋から送られていたCDだとわかり、葛西は安心した。聴いたときに嫌な感じがしたのは確かだったが、杞憂だったと思った。葛西は涼には秘密にしておこうと、美術室へ向かう中、密かに微笑んでいた。



 涼は葛西から、コンテストのために朝に美術室で絵を描くということを聞いていた。いつもの時間に登校した涼は、教室に千尋がいるのを見て、挨拶の後に言葉を続けた。

「葛西が美術室で絵を描いているんだけど、一緒に見に行かないか?」

「いいね。ご一緒させてもらうよ」

 涼の誘いに二つ返事で返した千尋は開いていた本を閉じ、席を立った。千尋が隣に並んでから、涼は美術室に向かって歩き出した。

 美術室へと向かう廊下に、人の気配はなかった。美術室がある棟は文化部が使用しているだけで、文化部は余程のことがない限り、朝に活動することはなかった。葛西は美術の教師から鍵を預かり、一人で描いている。

 涼は今朝靴箱に入っていたCDをウォークマンに入れ、人の声が聞こえるくらいに音量を下げて聴いた。千尋はそれを見ながら、遠慮がちに涼に尋ねた。

「葛西くんの絵、そんなに好きなの?」

「まあね。感覚的なもので好きかな」

 抽象的な葛西の絵は感覚で受け取るものが大きい。千尋にもそれがわかるため、くすっと笑って頷き、顔を前に戻して歩いた。

 涼はなんでもないかのように、不意にさらりと言った。

「黒瀬のピアノも好きだけど」

 弾かれたように涼に顔を向けた千尋は、涼の薄い笑みに言葉を返せなかった。千尋は開けた口を閉じ、じっと涼を見てから早足で美術室へと向かった。

 涼は後ろから見えた、千尋の赤く染まった耳に微笑した。顔も紅潮しているに違いなかった。

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