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絶対音声  作者: 樒 七月
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1.夢の中で出会い

 感覚が、無くなったのかと思った。

 自分を取り巻く全てが白く、色を持たなかった。その中で鮮やかに存在するのは一人の人物で。

 彼の名前を呼ぼうとしたが、声は出なかった。




「何なんだ…?」

 汗で張り付く服に不快感を覚えながらも、泉水(せんすい)(りょう)は夢を思い出そうとした。妙な浮遊感と共に、確かに心地良い雰囲気を感じた。あの鮮やかな印象は現実にはないもので、何故彼が出てきたのかはわからなかった。現実では、たまに彼に視線を遣ることはあったが、理由はなかった。

 ない、と思っていた。

 涼は思考を振り切り、学校へ行くために制服に着替えようとベッドから降りた。床から伝わる冷たさが、これを現実だと実感させた。



 朝の人混みが嫌で、涼はいつも早くに登校していた。高校は中学より規模が大きく、電車は時間帯によってかなり混み具合が違う。始業時刻の三十分前は一般生徒は少なく、運動部の声だけが校舎に響いた。あと十分もすれば徐々に人が増えてくる。その十分の余裕が、涼に安息の時間を与えていた。

 教室のドアを開けると、いつも通りに一人の生徒が姿勢正しく席に着いているのが目に入った。

「おはよう」

 涼の挨拶に反応した生徒は振り向き、銀縁の眼鏡を押し上げて答えた。

「おはよう」

 形式的に返しただけだとわかる挨拶に、涼は苦笑した。彼が無愛想なのはいつものことだった。

 黒瀬(くろせ)千尋(ちひろ)。一年から同じクラスの優等生だった。入学してから試験で彼以外が一番を取ったことはない。全国の模試でも優秀な成績を修めており、教師から一目置かれている人物だった。しかし、生徒からの評判は悪かった。嫌みと取れる発言ばかりをして、無表情で愛想はなかった。教師に対しても特別良い子を演じることはなく、ただ当たり障りなく過ごしているように、涼には見えた。その千尋の行動の理由が知りたかった。その為、目で追っていることが度々あった。何度か目が合ったことがある。

 涼は真ん中の列の前から二番目の席に座る千尋の席をちらりと見、その千尋から右隣の列の二つ後ろの自分の席へと座った。その角度からは、千尋の顔の輪郭が見てとれた。意外にも綺麗な輪郭を描いている。時折覗くペンを持つ手は男のものには違いなかったが、すらりと細い指がしなやかに見えた。

「…変態か」

 涼は夢との相違を見つけようと千尋を観察している自分に気付き、自己嫌悪に陥った。見れば見るほど違いはなかった。夢では美化されていると思っていたが、そのままの千尋だった。涼は、何故自分が細部まで知っているかを疑問に思った。それほどまでに千尋を見たことはなかった。それなのに、夢では再現されていた。

 思考に呑まれながらも、涼は鞄から教科書とノートを取り出し、ノートに書き込んでいった。考えていることと書くことは違う。英語の構文をすらすらと書きながらも、涼は夢の分析をしていた。夢は深層心理だということを聞いたことがあったため、涼には何か意味があるように思えて仕方なかった。その間も千尋は姿勢を崩さず、机に向かって何かを書いていた。

二人だけの静かな空間は、慌ただしく廊下を走る生徒の足音と、騒がしい声によって壊された。十分間は高速に過ぎ去っていた。涼は次の時間の予習まで済ませたノートを片付け、訪れるであろう友人の襲撃に備えた。朝の短い時間も休憩であることには違いない。話しに興じるにはちょうど良かった。

「泉水! 昨日なー」

 涼の姿を見るやいなや話しだす友人に苦笑しながらも、涼は空いている席を勧めた。まだ登校してきていない生徒の席。その席に友人、葛西(かさい)晃一(こういち)は座り、昨日あったことを話し始めた。

 それを千尋が一瞬、不思議な笑みを浮かべて見ていたことを、涼は知らなかった。

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