四話
山田くんは私に話してくれた。彼の過去から何故私と似ているかって思ったことまで、全てを。
けどやっぱり私とは似ていないと思ってしまう。私の家庭環境なんて良い方で、私は虐待なんて受けたことがない。
それなのに山田くんは乗り越えて、笑える様になったし生きている。それってスゴいことだと思う。
「ははっ、学校で話す話題じゃないね」
「……」
「やっぱり佐藤さんに話して良かった。胸の中のつっかえが取れた感じだよ。ありがとう」
「……ありがとう、なんて」
初めて言われた言葉。その言葉を聞いて心臓が大きく鼓動する。今までは怖くてドキドキしてたのに、今は嬉しくってドキドキしてる。
こんな気持ち初めてで、胸の中心が熱くなってきて頭の奥がぽんっと弾けた。
「佐藤さん、泣いてる」
「……嘘」
そっと頬に触れてみたら、指が濡れて光った。
「……これが涙ですか?」
「泣いたことないの?」
「……(こくん)」
「じゃあ、教えてあげる。それが泣くって事なんだよ」
さっきの音は涙腺を止めていたのが外れた音かと思わせる程、涙は止まらなくってボロボロと流れ続ける。
「佐藤さん、聞いて」
「……ん?」
「きっと俺、佐藤さんよりも男性経験あると思うよ」
山田くんはヘラヘラと笑った。やっぱり目の奥は笑ってなかったけど、さっきの話を聞いた今なら分かる。山田くんはまだ心の奥から笑えないことを。
でもさっき私が怖いと言ったからか必死な様子が伝わる。
「……笑えないです」
「そっかぁ。俺の中では腹筋が捻れるジョークなんだけど」
自虐ネタ(と言って良いのだろうか?)にしては、重すぎる。きっと、私以外の人でも笑えないだろう。
けど山田くんには本気だったみたいで、今も不思議そうに首を傾げてる。笑わせようとしてくれたのは嬉しいけど、残念ながら私は笑えないから凄く申し訳ない。
「こら!帰りのチャイムが鳴ったのが聞こえなかったのか!?今を何時だと思ってる!」
ガラッと教室の扉を開けたのは眉間にシワを寄せた先生だった。そう言えば気にしてなかったが時計は七時を回っていた。
「すいませーん。聞こえてませんでした」
「まったく、山田はいつもその調子だな……佐藤を巻き込むんじゃないぞ。ほら、さっさと帰りなさい」
先生は怒りながら私達の事を追い出した。
暗くなった夜の道をぼんやりと眺める私の隣には、山田くんがいた。山田くんもまた、ぼんやりと空を見ていた。
「佐藤さん、帰らないの?」
「……帰れません」
「帰れない、か。俺がここまで残らせたせいだよね。じゃあさ」
山田くんはびしいっ!と言いながら私の目の前に指を突きつけた。
「ホテルに行こうか」
私の耳がおかしくなったのかと疑ったが、変になっていないし、山田くんが言い間違いをした様子もない。山田くんは本気で言っていた。
「……本当に行くなんて思ってもいませんでした」
「だってさ。俺の家に連れていく訳にもいかないじゃん。だから一番言いところって言ったらここしかないんだよ」
「……もしかして来たことあるんですか」
「ん?ああ。お客さんと何回か、ね」
だからあんなにも手際良く中に入れたんだ、と納得。一番重要なのは年齢の事だけどきっと山田くんの事だ。そこら辺も上手くやっているんだろう。
「そんなに緊張しないで、はい飲み物」
「……どうも」
渡されたジュースに口をつける。お父様に甘いモノは頭を悪くさせると言われて飲むことのなかったオレンジジュースはとても甘かった。
きっと馬鹿になってしまうけど、それで良い。お父様の言いつけを破った私はお父様の中では、もうどうでも良い子になっているだろうし。
「……山田くん。少しの間で良いので私の話を聞いてくれませんか」
「俺も聞いてもらった仲だ。勿論良いよ」
山田くんは私の事を受け入れると言った。その言葉を信じて、お父様の事、家庭環境のこと全て話した。
全て話しても山田くんは私の事を変な目で見なかった。それだけのことなのに、嬉しくなってまた、泣いていた。
自分がこんなにも涙脆い人だなんて知らなかった。
「佐藤さんのこと、俺が守るよ」
「……山田くん」
山田くんは私の隣に座って抱き絞めてくれた。初めて感じる暖かさ。こんなにも人は温もりがあるのだと知ると更に涙が流れ落ちた。
山田くんが強く私の事を抱いてくれるから、とても安心して、自分はここにいる、存在しているということを分からせてくれる。
山田くんといると色んな初めてがやって来て嬉しいけれど怖い。
「……ありがとうございます」
初めて人に感謝して、初めて自信を手に入れて、初めて生きている実感をして、初めて涙を流して、初めて嬉しいという感情を知った。
あ、と最後に初めてだから名前が分からない感情。
「……山田くん、教えてください。山田くんを思えば思うほど胸が苦しくなって暖かくなって嬉しくなる、この感情って何ですか?」
「それはね」
笑ってから山田くんは私の耳元で囁いた。「好きだって感情だよ」と。こそばゆくなって、ぶるっと身震い。
「……好きですか。なら、私は山田くんが好きです」
「俺も、佐藤さんが好きだ」
「……えっと、山田くんもこんな気持ちなんですか?」
「うん。佐藤さんの事が大好きで胸が切ないよ」
「……なんか、もっと嬉しくなってきました。山田くん、どうしたら良いでしょうか。私は変ですか?」
「変じゃないよ。俺も同じ気持ちだから」
すると山田くんの顔が近づいてきたから怖くなって目を瞑ると、唇に柔らかいものが触れた。何か、さっきよりも山田くんと私の体が密着している様な気がする。
口、開けてと小さく囁く山田くんの指示通り開けると口腔に山田くんの一部が入ってきた。びくっと、身体を震わすと山田くんは頭を撫でてくれた。
不安に思うことはないよ。大丈夫だから。安心して。そう言ってくれてるような気がして胸が熱くなった。
「……はぁっ」
「ごめんね。苦しかった?」
「……いいえ。嬉しかったです」
「嬉しいこと言ってくれるね。止まらなくなりそうだよ」
「……大丈夫です、止まらなくなっても良いです。山田くんがしたいことは、私もしたいですから」
「俺が何したいか分かって言ってる?」
私は盛大に頷いた。本当は何をしたいか分かってないけど、今止められるのはモヤモヤが止まらないというか変な気分になるから嫌だったのだ。
「ふふっ、やっぱり。佐藤さんの事が大好きだ」
「……大好きって好きよりも上の気持ちですか?」
「うん」
「……なら、私も山田くんのこと大好きです」
同時に、山田くんは私の事をベッドに押し倒した。柔らかい唇を耳につけたり、首に押し付けたりしながら器用に服を脱がせていく。
この技術も全て山田くんのお父様のせいで覚えさせられたと思うと、山田くんに申し訳ない気持ちになって泣きそうになった。
あっという間に山田くんも私も、産まれた時の姿に戻っていた。灯りをつけない部屋の中は月の光でぼんやりと照らされている。その光を受けて、山田くんは輝いていた。
発光しているんじゃなくて、明るい髪や白い皮膚が艶かしく輝いて見えたのだ。
「……山田くん、凄く綺麗です」
「佐藤さんも綺麗だよ。綺麗すぎて俺なんかが触ったら汚れてしまいそうで怖くなる」
「……山田くんは綺麗ですから汚くなりません。もしも、山田くんを汚いと仮定してもお父様の約束を破ってここにいる時点で私も汚れてます」
山田くんは硝子を扱うように恐る恐る触れては、手を戻す。やはり触れることを躊躇っているみたいだ。けど、ようやく山田くんは力強く私を抱き締めた。
「女性ってスゴく柔らかい。柔らかすぎて力強く抱いたら壊れてしまいそうだよ。痛くない?」
「……痛くしてくれないと私が生きている実感がないんです。もっと強くして下さい」
「分かった」
震える腕が更に私を強く抱いた。
その夜、私達は繋がった。