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二話

 

 翌日も義務教育という最悪の制度を造った政府を恨みながら、私は登校する。義務教育じゃなければ通信制の学校にでも通って出来るだけ人との接触を避けたかった。

 仮にも医者を目指している人間が発言する内容ではないと思うけど、私は人が好きじゃないから。

 人は複雑な想いを抱くし、予想外の行動をして私のことを困らせる。昨日の様に心までグシャグシャに乱してくることもあるし、やっぱり嫌い。


「佐藤さん、今日も塾あるの?」

「……!」


 ほら、こんな感じに予想を上回って背後から話しかけてきたりとかするから嫌だ。昨日、また明日も誘うと言っていたからまさかとは覚悟していたが後ろからとは想定外。

 塾ありますから!(本当はないけど)の意味を込めて頭が取れそうになる程縦に振ると、山田くんは笑った。あの私をバカにしている様な心の込もっていないヘラヘラとした笑い。


「そっかぁ。じゃあ塾のない日を教えてくれる?」

「……」

「俺とは話したくないかな?」

「……」

「曜日を言っていくから塾のある日に頷いてくれる?」

「……(こくんと頷いた)」

「よしっ。じゃあ、月曜日に塾がある」

「……(こくん)」

「じゃ、火曜日」

「……(こくん)」

「水曜日かな?」

「……(こくん)」

「…木曜日?」

「……(こくん)」

「金曜日にも?」

「……(こくん)」

「まさか、土曜日まで塾はないよね?」

「……(こくん)」

「えっと……もしかして塾がない日がないのかな?」


 最後にもう一度頷いた。全て山田くんが私を諦めるようにするためだけの嘘だけど、ちっとも心は痛まない。順調に機械に近づいている証拠なのか。

 また、山田くんはヘラヘラと笑った。けど笑顔の筈なのに目の奥は笑ってはいなくて、暗いナニかが渦巻いていた。

 諦めの感情なのか私への軽蔑なのか、何を思ってるのか分からないけど良い思いはしない瞳だ。


「そっかぁ。最後の学校祭だから皆一緒に作り上げたかったんだけどな」

「……」


 私はクラスの一員じゃないから山田くんの言う皆の中には入らないし、やりたくもない。

 ほら、早く会話を終わらせて。そうしないと刻々と時間は進んできているから、門限を守れなくなってしまう。


「じゃあ、また明日ね」


 山田くんが話を終えたところでまた、走った。ゼヒゼヒと乱れる呼吸のせいで頭に酸素が回らない。

 なるほど。頭に酸素が回っていないせいで私は今日も山田くんに話しかけられたことを嬉しいと勘違いしているのか。

 そうじゃなかったら、私がこんな感情を抱くなんて有り得ない。そんな感情生まれてから一度も持ったことないもの。




 次の日の放課後。

 やっぱり山田くんは私に声をかけた。


「きっと皆でやるのってさ、面白いと思うからやってみない?」


 慣れてきた私は、無言で帰るという方法を習得した。けど、山田くんは私が毎回無視して帰るのに次の日も、更にその次の日も私に話しかけることを止めなかった。


「もう少しで学校祭だね。一度だけで良いんだ。一緒に思い出を残さない?俺の思い出の中にも佐藤さんを残したいんだ」

「……で」


 山田くんが初めて私に話しかけてきた日から、一週間か二週間経った日の放課後。遂に私は怒りをぶちまけてしまった。


「……佐藤さん?」

「……何故ですか。別に中学の学校祭を頑張ったからって何か得られるモノなんてないですよね。なのに、何故」

「佐藤さんと俺は似ているから」

「……はい?」


 山田くんは即答した。けど、私にはその言葉の意味も山田くんがその言葉を発した理由も分からなかった。

 だって、私と山田くんは少しも似ている要素なんてない。


「だから関わりたくなるんだよ」

「……意味が分かりません」

「分かるように説明して欲しい?」

「……はい」

「じゃあ、一緒に学校祭の準備出てくれたら説明してあげても良いよ」

「……何故上からなんですか」

「教えて欲しいんでしょ?でもさ、佐藤さんだけ自分の欲求を叶えて俺だけ何もなしって狡いじゃん」

「……そんなこと知りませんよ」

「教えて欲しくないの?」


 ぐ、と喉が詰まった。教えて欲しくないと言えば嘘になるが、私には門限があるし興味なんて感情を持ってはいけない。

 けど、けど、一度位なら。


「……教えて下さい」

「オッケー。なら、一緒に学校祭の準備を頑張ろうね」


 ごめんなさい、お父様。やっぱり私はお母様の様な完璧な機械になれません。未完成の私はまだ、人間の感情を持っていました。ごめんなさい。

 今日、私は意図して門限を破ってしまいます。

 カタカタと震える手が私の将来を悟らせる。山田くんに全てを話して帰るなら今しかないと、心が叫ぶ。


「安心して。クラスの皆は佐藤さんが来ることを嫌がらないから」


 ぎゅっと、山田くんは私の手を握った。私の手が震えていることに気がついていた様だ。けど、私の震えの理由は全く違う。

 お父様に叱られるのが怖くて震えていたのだ……が、山田くんの手に包まれた私の手は震えが止まっていた。それと同時にお父様に抱いていた不安が胸の奥に隠れていく。

 消えてなくなる訳ではないけど今の私にはそれで十分だった。

 山田くんが教室の扉を開くと教室の中で作業していた生徒の大半が私を見て固まった。その態度はいつも受けているから傷つきはしない。

 むしろ早く山田くんの『私と似ている』と言った説明が聞きたかった。何故ここまで興味を持っているのかは自分自身分からない。

 もしかしたらお父様から逃げ出すための口実としてるだけなのかもしれない。興味がないけど自分から門限を破ろうとしたんじゃないって思いたいだけかも。


「佐藤さんも集まったし、これで皆で一緒に一つのモノを作り上げられるな!!」


 山田くんの言葉をきっかけに固まっていた人は動きだし、更に騒がしくなってから作業を再開した。

 山田くんは耳元で「行ってきな」と囁くと私の肩をぽんっと押した。思ったよりも力が強かったせいで、バランスを取れなくなって前にいた人の足を踏んでしまった。


「……ぁ、すいませ」

「大丈夫、大丈夫。何もすることないならさ、ウチ達の作業手伝ってくれる?」


 私が足を踏んでしまった女の子は笑いながら許してくれた。そして、彼女の問いに答えるように縦に頭を振る。


「んふふ。なんか小動物みたいでウケる」

「ほんとだー。ねーねー、佐藤さんって何でいつも早く帰ってんの?」

「……」

「おい。あんたのせいでビビってるじゃん」

「あっ。ごめーん」


 悪びれる様子もなく形だけ謝っているのは私に質問した女の子。頭のネジが外れた様な喋り方をしているから、きっとお父様に会ったらすぐに追い出されるタイプだろう。

 会うことなんてないと思うけど。

 最初は私と話そうと努力していた彼女達だったけど私が心を開こうとしないのを分かると次第に私を置いて会話を始めた。

 どうせ話なんてしないから一人でいる方が心地よい。だから彼女達が話を振らなくなったのは好都合だった。

 黙々と自分の作業だけを続けていると周りの音が聞こえなくなってきて、自分の部屋にいる様な気分になった。

 静かだけど息のつけない、あの部屋。

 家に帰っても学校にいたとしても私の存在する必要なんてないじゃない。どこにいようが機械の様に作業をこなすだけで、私じゃなくても出来る。

 なのに、何故山田くんは私を誘ったんだろう。例え私がいなくても学校祭に支障はきたさないし、不自由することはない。

 私と山田くんが似ている。そんな意味の分からない理由で誘うのもおかしい。何か隠している本当があるのかもしれない。けど、私にそんな価値もない。

 全てが分からない。これが今まで考えることを諦めて流されてきた代償なのか。人の気持ちなんてどうでも良いのに、私の心の奥が知りたいって叫んでいる。

 このモヤモヤが更に私を悩ませる。

 悶々と考えているとチャイムが鳴った。校内での作業を終了する時間、六時を指している。私の家の門限は何時間も前に過ぎていた。

 皆帰る準備を始めているが、私は帰れない。帰ったら、執事が私が門限を破ったことをお父様に伝えているはずだから…危ないことになる。

 流石に殺すことまではしないと思っているけど、それに近いことはするかもしれない。……あの、お父様ならやりかねない。


「佐藤さんは帰らないの?」

「……説明するって言いましたよね」

「そう言えばそうだったねー」


 また、ヘラヘラと笑う。やはり目の奥は暗くて怖い。

 帰りの支度を終えた生徒は順次帰っていき、教室に残ったのは私と山田くんだけになった。


「……何を考えているんですか。目が、怖いですよ」

「あれっ?俺の笑顔って怖いの?学校ではちゃーんと作ってるはずなのになー」

「……目が笑ってないです」

「それに気づいたのはきっと佐藤さんだけだと思うよ。やっぱり俺達似ているんだよ」

「……全く心辺りありませんが」

「じゃあ話すよ。似てるって思ったところを。時間は大丈夫?」


 時計を見ると六時を過ぎた辺り。しかし一度門限を破ったのだから時間なんて気にしなくて良い。それに、これを聞くためだけに残ったのだから。

 私は頭を縦に振った。


「ん。良かった」


 山田くんの声は明るいけど目だけじゃなくって顔全体が笑っていなかった。



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