一話
クラスメートの山田くんは私とは少しも似てない。それどころか、私と比べるのがおこがましい程人望も厚くクラスの中心の様な人だ。
しかも山田くんの性格を表すかの様に頭髪の色は明るく染まっていて、大きな目鼻立ちと中性的な顔立ちは男女問わずに虜にさせるみたいだ。
(私は虜にさせられたことがないから同意は出来ないが)
私とは全く無縁の人物だ。近づいてもいけないし、話しかけられてもいけないという掟を心の中にひっそりと作っている。
私には話しかけようとする勇気もないからその掟を破ることはないと思っていた。が、勇気がないせいで破ってしまった。
それでは本題に戻ろう。
今は放課後。丁度学校祭を一ヶ月前に控えた私達はその準備に勤しんでいた。……少し訂正すると、私以外の生徒が準備に勤しんでいた、だ。
私には門限があるし、そもそもクラスの人に必要とされていないから準備なんてしようと思っていなかったのだが、山田くんは私に声をかけた。
「ねえ、佐藤さんってさ。いつも早く帰るけど一緒に準備をしないの?」
「……」
優等生の様な発言に不快な感情を抱きながらも無表情を貫き通す。
私の家庭環境や門限のことを知らない山田くんが私を誘わないで下さい、と心の中で悪態をついたが、知らないのも当たり前。
言ったことがないのだから。
仕方がないかと思いつつもチラチラと時計を見て時間を気にしているアピールをする。
「あっ。もしかして塾の時間があるの?」
「……」
すぐにでも帰りたかった私は、山田くんの話に合わせてこくんと頷いた。
すると山田くんはヘラヘラとだらしない笑顔を見せた。ただでさえ苛ついているというのに、怒りが増した気がする。
「じゃあまた明日も誘うから、一緒にやろうね」
「……」
山田くんが会話を終えた瞬間に鞄を持って走り出した。そうでもしないと門限に間に合いそうになかったから。
次、門限を破ったら殺されてしまうかもしれないという不安が私の足を加速させ、無事に門限を守ることが出来た。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「……ただいま」
「今日もお疲れ様でした」
執事が玄関先で待っていた。彼はすぐに鞄を持って労いの言葉をかけてくれるが信用は出来ない。
どうせお父様の執事だし、私を監視するだけの目にすぎない。一瞬でもお嬢様を怠れば、彼は即刻お父様に告げるのだから。
以前、私が門限の一分後に帰ってきた時だって家の門を施錠して私を追い出した挙句 すぐにお父様に連絡したのだ。
お父様は仕事の関係上遅く帰ってくるのでその時間まで外で放置され、お父様が帰ってきたら家に入れたが罰として門限を更に早くされ日々の宿題の量を増やされた。
お父様の口癖は亡くなったお母様の様な立派なお医者様になれということ。幼い頃から何度も何度も聞かされて耳タコだ。
私の将来の夢なんて聞かずに自分の理想だけ押し付けて、きっと私はお父様の人生をより良い方向に導く為だけの歯車にすぎないのだろう。
自分の考えなんて持たない機械のようにして私を利用するだけしてから、ポイ。私の人生はそれで終わり。
でも、こんな家に生まれてしまった以上この運命に逆らうことは出来ない。流されて、流されて行き着いた先に素晴らしいことが待っていると信じるのみだ。
「はぁ……」
自室に戻った後、大きくため息をついた。
私の部屋にも監視カメラが付いている為ベッドで気を抜くことすら出来ないから、勉強机に向かってを宿題をしているフリを見せながらだ。
少し位休息の場を、リラックス出来る場を、お父様の娘でなくなる場を作って欲しいというのは夢のまた夢で一生叶うことはないだろう。
今日の私は野蛮な考えばかりしている気がする。駄目ね。お父様に知れたら大目玉で済まない。
久し振りにお父様や執事以外の人間と会話(一方的に話しかけられただけ、だけど)をしたから、気分が滅入っているのかもしれない。
やっぱり私には機械になることなんて無理なんだ。どうやっても人間らしい部分が出てきて、お父様の望む真面目で他人に無関心なモノになれやしない。
お父様の利用価値にすらなれない私なんて、いらない。この先の社会においても必要とされない。
負の思いが激しく連鎖し、虚無感と絶望がグルグルと私の周りを回っては嘲笑っている様なそんな感覚にさいなまれる。
これも、全て、山田くんのせいだ。
私に関わろうとするから、弱い私の一部が活動を激しくさせてしまったんだ。もう、二度と話しかけて来ないで。私に近づかないで。
『お嬢様、ご主人が帰宅なされました』
「……ありがとう」
扉越しに執事の声が聞こえてきた。お父様が帰ってきたってことは、五分後に食事ね。なら、その前に宿題をやっている様子を見せないと。
お父様が帰ってきて一番にすることは私の部屋を録る監視カメラの映像を見ることだから、頑張っている様子を見せるのが義務だ。
さもないと……考えたくもないことが起こる。
しばらくして時計を見ると執事が報告してから四分の時間が経っていた。よし、今日も怒られることはなかった。
たったそれだけの事なのに嬉しくって、私は軽い足取りで廊下を出て重苦しい雰囲気を持つ食卓へと向かう。
「お父様、今日も一日お疲れ様でした」
「うむ。ところで来月にはテストらしいな。今回の定期テストも学年一位を取るんだろうな?」
「はい。日々の学習を怠らず、学力向上にはげんでいます。必ずや全教科百点を取ります」
「当たり前のことだ。座りなさい」
いつも通りの感情のない言葉の投げ合いをしてからお父様に指図されて、私はお父様の真正面の椅子に腰かけた。
普通の子にしてみれば百点を取る宣言の人を笑うかもしれないが、それは環境が正反対なだけで、私も普通の人が百点以外を取ることが不思議で堪らないのだ。
完全にこのお父様の影響だ。
かちゃかちゃと食器のすれあう音だけがお父様と私の間に流れるから、私は咀嚼音すらも必要ないと思い必死になくそうと努力するのだった。
「お父様。近々学校祭がある様です」
「そうか」
「それで学校祭の準備でクラス皆で居残りしているのですが……」
「駄目だ」
撥ね付ける様な言い方だった。私の自由を全否定する言葉に怯えて瞼を震わせると、お父様の声は更に低くなった。
「お前は将来がある者だ。その為には今必要なのは勉学のみで、交遊関係など必要ない。良いな」
「……分かりました」
お父様との会話はそれっきりだった。ただの作業の様に黙々と食事を続けて、咀嚼を終了させる。緊張のあまり味すら覚えてない。
きっとお父様との食事中に、どんな刺激物を出されても気づかないで食べ終えてしまうだろう。
「それでは、失礼します」
「お前は私の子供だ。私の顔に恥じぬ行動をしたまえ」
「……分かりました。お父様」
これはお父様なりの『頑張れ』という応援の言葉だと良い方向に解釈して、部屋に戻ってからも勉強を続けた。
このままいっぱい勉強して、頭に色んな情報を詰め込んでお父様や学校のこと全てを考えられない様に出来たらなんて素敵なんだろう。
そう思いながらも、手は機械の様に単語の書き取りをしていた。




