一日目:夕 まずは腹ごしらえ
ドーガンの見た目が熊ならば、アツキとかいう伝令の中身も熊だ。
からかったり模擬戦のようなものを少しやってみたりと、気の小さい彼に慣れてもらうため、という名目で彼等は色々な事をしてみた。恐怖心を煽ってしまったようではあるが、ドーガンが何とか宥めてくれた。もちろん小言も言われたのだが。
帰って行く熊二匹を横目に見ながら、ジャイズン(ジン)は指令書の入った封筒の先を唇の下に当てた。
「どんな仕事?」
殆ど年の変わらない最初の妹、シヴィル(シル)が尋ねる。
「霊狩」
死んだ霊をもう一度殺す。もしくは、説得して霊界へ連れて行く。結局はどちらも冥界に逝く事になる。早いか遅いかだけの違いだ。
「手伝ってもいい?」
「今のところ必要なさそうだ。相手は一人だからな」
肩を落としてつまらなさそうな表情をしたのは彼女だけではなかった。弟も、末の妹も似たり寄ったりの反応を示している。
「ま、早いトコ死霊神になることだ」
彼は苦笑して、細長く厚い封筒でぽんぽんぽんと三人の頭を叩いた。聞き分けの良い彼の兄弟は、すぐにその表情を引っ込めてくれた。代わりに、彼の弟タラッド(タド)は別の疑問を口にした。
「どんな奴なんだ?」
「軍人らしい。死んだのは半月くらい前だそうだ」
「……ここって戦争してんのか?」
タドの眉がピクリと跳ね、その下の瞳をのせた頭がぐるりとあたりを見渡した。
所狭しと建物の並ぶ大通り、紙袋を抱えた二人の娘が笑いながら歩いている。そのそばを、追いかけっこでもしているのか子供達がきゃあきゃあ騒ぎながら走って行った。彼等がちらりと物欲しそうな目で覗き込んだパン屋からは、焼き立てのいい匂いが漂ってきている。大通りの両脇に並んだ石の建物達は、きれいな細工が施された薄い看板を突きだしていた。
眩しい陽の光に照らされたそこは、戦争とは無縁のように思える。
「国境近くでは、一応な。小競り合い程度で、しかも勝ちまくってるけど」
「いい匂いするね~」
末の妹、ヒルデガート(ヒア)が酔ったかのような口調で言った。深くかぶった白いフードの下ではウットリとした表情でパン屋を見つめていることだろう。昼食を兼ねた朝食をとってからずいぶん時間が経っている。この国では昼食を取る習慣が無いので、朝食の時間が過ぎると食品店はさっさと休みに入ってしまうのだ。しかし、太陽はもう傾きかけている。彼等も商品を並べ始めた。
「……何か食うか」
「やった~!」
ヒアは飛び上がって、パン屋へと走り出した。
「何でもアリ?」
ドアをすり抜けさっさと店内へ入って行ってしまうヒアを歩いて追いながら、シルが半分期待、半分諦めの瞳を向けてきた。ジンは肩をすくめ、パン屋の窓から中を眺めながら言う。
「安いのならな」
「それ何でもって言わない」
すかさず突っ込まれ、ジンは一つ頷いて訂正した。
「盗むんならな」
「じゃあ盗もっと」
意気揚々とドアをすり抜けたシルは、自分の姿が霊にしか見えないのをいい事にじっくりとパンの観察を始める。店の中にはたくさんの客がいると言うのに。
「シル、これすっげぇ旨そうじゃね」
タドが、分厚く切った四角いパンにバターや砂糖で味付けした菓子パンを指して、シルを振り向いた。
「うっわ、いいじゃんそれ。でもこっちも捨てがたいんだなぁ」
シルが目を落としたのは、ふわふわの白パン。何やら甘いいい匂いがしている。
「どうせ金払うのはジンだし、両方買っても良くね?」
「安いのしか駄目ってよ? ただし盗むんなら何でもアリ」
「よっしゃ、全部盗もうぜー」
軽口を叩きながら、タドは他の物も見ようと歩き始めた。
「ヒア、なんかいいの……何だそれ、でかっ」
ヒアがじっと見つめていたのは、恐らく十人で食べるものであろう巨大な菓子パン。色とりどりの砂糖と果実のジャムが乗っている。元が小食なだけに、間違いなく彼等四人では食べられない。
「一人一つ、小さい、安い。これは守れよ」
ジンは目元の力を抜き、指を三本立てて釘を刺した。彼の身体をすり抜けて行った肉付きの良い中年女性のお陰で姿は見えていないが、声は聞こえている筈だ。
「大分制限されてきたぞ。早くしねぇとまた増える」
ちゃんと聞き取ったタドがおどけて、しかしさっきよりも少し真剣な瞳になる。どれもこれも同じくらいに旨そうだから、余計に困ってしまうのだろう。ジンもパンを選ぼうと、小さな子供が目を光らせて眺めている棚に目を移した。
棚の向こうは、さっきジンがパンを眺めたガラスの窓だ。赤いジャムが塗られたパンと棚の隙間から大通りが見えた。
「…………ん?」
ジンは目を細め、大通りを挟んだ向かいにある家の屋根を見た。銀色の人らしきものがその上に居る。じっと止まったまま、少しも動かない。本当に人だろうか。
「何か変なの居るよ~? あれって、幽霊さん?」
ヒアも気付いたらしく、指を差して声を上げる。シルとタドも駆け寄ってきて、四人はその銀色を見上げた。
「さあ。置物って可能性もなくは無い」
いや、無いな。ジンは頭の中で否定した。そんな文化はこの国に無いはずだ。
「……【シーサー】的な?」
タドが言うのは、写真でしか見た事の無い、屋根に座る守り神。こことは別世界の島国にある。
「【シーサー】だってもちょっと遠慮した大きさしてるよ」
彼等の背後を、パン屋の店員らしき女性がパタパタと走って行った。客も一人、また一人と店を出始める。
「取り敢えず、行ってみるか」
ろくに見えやしないのに、ここでじっとしていても仕方がない。ジンはそのままパン屋を出る。三人もすぐに後を追ってきた。
その家は三階建てで、他の建物と同じように、幅は無いが上に大きい形をしている。ヒアが駆けて行き、地面を蹴ってその隣に建つ家の屋根に乗った。こちらの方が、目当ての家よりも少し低い所に屋根があるのだ。ジン達もすぐにそこへと跳び、続いて目当ての場所へ飛び乗った。
「何してるんですか~?」
「というか、生きてますかー」
さっそく、ヒアとシルがそれに話しかけた。しかし、くすんだ銀色の鎧にべっとりと黒い汚れが付いているそれは、相変わらず身じろぎ一つしない。しかし、兜の下に見える口元を見る限り置物ではないだろう。
「お前等、実体化してから話しかけろ。向こうが幽霊でない限り聞こえてねぇぞ」
ジンが言ってやると、シルがポンと手のひらに拳を落として「あ」と声を上げ、それから実体を取った。
「……あ、思ったほど暑くなかった」
「ホントだ~」
フードごしに遠い山脈へ差し掛かった太陽を眺め、そして顔を合わせて頷き合ってから、二人はまた同じように話しかける。
「何してるんですか~?」
「というか、生きてますかー」
「もしくは……」
「しつこい、黙れ、集中が途切れる」
付け加えようとしたタドの言葉を遮るように、低い男の声が発せられた。
「何に集中してるんですか~?」
すでに集中は切れているような気がするが、そこは本人が決めることという事でいいだろう。小鳥のようにチョンチョンと近寄ったヒアが、余計に集中をできなくさせている。
「五月蠅い」
ぴしゃりと言われいた彼女は頬を膨らませ、ジンの元へと戻って来た。彼は適当に頭を撫でてやると、先程から下を見て考えていたことを口にした。
「別なトコ、探すか」
ヒアだけでなく、シルやタドも何の事かと首を傾げる。ジンは黙って、パン屋へと視線をやった。三人がつられるように見た木の扉に、出たときには無かったはずの札がかかっている。
「ねえ、あれってもしかして閉まってる?」
シルが頬をピクリと動かし、詰まった声を出した。
「だろうな」
開くのも遅かったと言うのに、閉まるのもずいぶん早い。ちゃんともうけはあるのだろうか。確かに、客は多かったが。
タドが大きな溜め息を吐いて、お前のせいだと言いたげに男を一瞥する。
それに気づいたのか、はたまたヒアの落込みように自分が悪いわけでも無いのに罪悪感を抱いたのか、男の鼻がヒクッと跳ねた。
「……山脈の方へ歩け。遠くないところに小さいがレストランがある。右手側」
山脈の方。この建物から見て左側だ。
「馴染みなんですか?」
建物から見て左手側、遠い北の方に靄がかかって見える山脈を眺めて、シルが尋ねる。
「……娘のな」
集中はとうに切れていた。男はぼそりとだが答えてくれる。
「ありがとうございます。それではまた」
「会わん。これっきりだ」
ジンは口元に笑みを浮かべて一礼すると、兄弟達を促して屋根から飛び降りた。
それを見下ろす男の鼻がまた、ひくっと動かされた。
「いらっしゃい、エリアーヌ」
空のトレイを持った長い金髪の娘、ファニーが美人の笑みを浮かべてそう言った。
彼女の家族で経営している、小さなレストラン。次女である彼女は、客にも友人にも人気があるウェイトレスだ。
「ごめんなさいね、満席なの。相席いいか聞いて来るわ」
「ありがと」
服屋の長女エリアーヌは、きびきびとした動きで客席へ向かう友人を、小さく手を振って見送った。
狭い店内には、テーブル席がわずか五つとカウンター席だけしかない。しかし、彼女の父親と姉が腕を振るった料理はかなり旨いのだ。しかも、材料に拘っているわけでないから安い。とは言え、あくまでその『旨い』は二流にしては、というレベルで、さらには小さいからか新しい客はあまり足を踏み入れようとしない。たまに、安い料理を求めて学生が来る程度だ。
しかし今日は違った。
一番奥の席に、今まで全く見た事の無い、そして学生ではないであろう四人が座っていたのだ。青年一人に少年少女が三人。ファニーは、そこに座る青年に話しかけていた。ちらりとこちらを見てきた彼と目が会ったので、ひらひらと手を振っておく。一番小さな少女が振り返してくれて、少し微笑ましい気分になった。
ファニーが話を終えて戻って来た。笑みを浮かべているので、OKという事だろう。奥の席では、青年が他の三人に何やら話している。
「一番奥の方がOKくれたわ。ごゆっくり」
長いまつげに縁どられた目でウインクすると、彼女は踵を返し、厨房へ戻ろうとする。
「あ、注文はいつものでいいわよね」
「えぇ。お願いね」
金を払い、彼女を見送ると、エリアーヌは席と席の間を通り抜けて一番奥の席へ向かう。たまにかけられる顔見知りの声に、ひらひらと手を振って返しながら。
「こんばんは。相席、いいかしら」
「ああ。どうぞ」
挨拶をすると、青年はさっきまで小さな少女が座っていた場所を手で示す。遠慮なく腰かけて、テーブルを見回してみた。料理はまだ来ていないようだ。恐らく、ファニーがそういう席を選んだのだろう。
エリアーヌの隣には青年が座り、向かいには少年が一人と少女が二人座っている。ニコニコと向かいからこちらを見ているのは、さっき手を振りかえしてくれた小さな少女。その隣の少女は、エリアーヌと同じくらいの年ごろで、メニューをぱらぱらとめくっている。さらにその隣の少年は、青年と外国語で何かを話していた。
妙に肌の色が黄色っぽいと思ったら、外国人だったのね。エリアーヌは納得して、しかしすぐに首を傾げた。
――外国人だからって、角の生えた人間がいるかしら?
一番小さな少女以外には、形や色の違う角がそれぞれ生えている。青年には、太くて短い、とがった角が額に一本。色は金の混ざった黄色だ。少年には同じ場所に、太くて長い、天井に向かって伸びたものが。青年のものより色が薄い。メニューの少女には、耳の上から細長くて白い角が左右一本ずつ生えていた。
あまりじろじろと人の身体を見るのも良くないだろう。エリアーヌは角から目を逸らすと、思いついた事をそのまま言ってみた。
「私、しょっちゅうこの店に来るけれど、新しい人は久しぶりだわ。どうしてここに?」
「たまたま、腹の減ったところにこの店を教えてもらったんだ」
「あら、誰に?」
彼女の言葉と同時に、メニューから顔を上げた少女が口をとがらせて何かを言った。彼はひょいと眉を上げて一言言い、それから一泊置いて、また何かを話す。今度は少年が口を挟み、青年は肩をすくめた。
自分の知らない言語で話されるのは、なんだか仲間外れにされたようで嫌だ。
多分、メニューの少女も通訳を求めて口を開いたのだろう。
「自己紹介がまだだったな。俺はジャイズンだ。これは妹のシヴィル」
メニューをスタンドに戻そうと身を乗り出した少女を指して、ジャイズンは言った。続いてニコニコしっぱなしの少女を指して「そっちは末っ子のヒルデガート」と。最後に彼の正面に居る少年を差し、「弟のタラッド」とそれぞれ紹介する。やはり、外国人なだけあって少し変わった名前だ。
「貴方は?」
「貴方は?」
ジャイズンのマネをして、ヒルデガートが訪ねる。なんて可愛らしい。思わずこの小さな天使を抱きしめたくなった。
「エリアーヌよ」
「エリアーヌヨ?」
ヒルデガートが、微笑を湛えたまま首を傾げる。エリアーヌは吹き出して、笑いながら言い直した。
「エリアーヌ」
「エリアーヌ?」
「そう、エリアーヌ」
「エリアーヌ。エリアーヌ、よろしくね」
イントネーションがまだ不自然だが、確かに彼女はそう言った。
「よろしくね、ヒルデガート」
「お待たせ。当店自慢の日替わりメニューよ」
エリアーヌが微笑みかけたところで、ファニーと三女の姉妹ウェイトレスが、料理の乗ったトレイを両手にやって来た。
「エリアーヌのも、すぐに持ってくるわ」
ファニーが去り際にそう言って、一分と経たないうちにトレイ片手に舞い戻って来た。
エリアーヌが胸に手を当てて祈っているうちに、四兄弟は手を合わせること一秒足らずで食事に手を付ける。
「ずいぶん短いお祈りね?」
祈りを簡単に済ませ、エリアーヌはパンを千切りながら言ってみた。
「祈りじゃないからな」
「それなら、何?」
「食いもんに対する礼儀みたいなもの……だと思う」
最初から最後まで、暗闇の中手探りしているかのような口調だった。
「……礼儀?」
「食われてくれてありがとう、って感じかな」
困ったような表情をして、ジャイズンは言った。
彼等は神ではなく、食物そのものに感謝をするのか。遠い所を見ずに、近い所を見ている。『遠い所までよく見なさい』そんな宗教を信じるエリアーヌはぼんやりと考えながら、パンを口に運んだ。
――詰まらせた。
「何をやってるんだ、アンタは」
嘲笑うかのような声音。胸を叩きながら果汁を絞った飲み物に手を伸ばそうとする彼女は、彼に背中を叩かれた。口に戻って来たモノを再び飲み込んで、ふうっとひと息吐く。
「だいじょーぶ?」
シヴィルの声に力なく微笑んで頷き、飲み物を手に取って流し込む。甘酸っぱいその味が、口の中に広がった。
「大丈夫。ありがとう」
パンを再び食べようという気は起きず、エリアーヌはサラダから綺麗な緑色をした葉をつまんで口に運んだ。
「【なんだ、手で食っていいのか】」
その様子を見ながら言ったタラッドの言葉を皮切りに、また和やかな空気が戻って来た。
「ねえ、貴方達、たまたまこの店に入ったって言ってたけど、いつもは何をしているの?」
「旅かな」
ジャイズンが、指に着いたメインディッシュのソースを舌先で舐めながら答える。ちらり、鋭く尖った犬歯が見えたような気がしたが気にしないことにして、質問を重ねた。
「こんな小さい子と一緒に?」
小さい子、ヒルデガートの事だ。この近所に住んでいるか、越してきたのだったら、また会えるかと期待していたのに……。
「十歳は小さいに含まれない。なぁ?」
ジャイズンが鼻で笑い、飲み物を手に取って良く分からないでいる様子の兄弟達に同意を求めた。その態度が気に食わない。こんな奴が可愛らしく首をかしげているヒルデガートの兄だなんて、思えなかった。
「あら、そ。……どこまで行くの?」
「目的地なんかねぇよ。ただ見て回るだけだ」
「なんですって? お金とか、ちゃんとあるの?」
将来の事など、何も考えていないと言わんばかりの発言だ。こんなことをしていても金は入らないだろうし、彼等は学校にも行けていないだろう。心配事が次々に浮かんでくる。主にヒルデガートに関することが。
しかし、ジャイズンの答えは予想に反するものだった。
「ついでに仕事もしてるから」
「……何の?」
エリアーヌやファニーだって働いているのだ。彼が仕事をしていることは、外見から判断した年齢だけを見れば何ら不自然な事は無い。でも、旅のついでに出来る仕事って、何?
「仕事のついでに旅」
細長く切った芋を油で揚げたもので彼を指しながら、シヴィルが口を挟んできた。
「いいだろ。同じだ」
「違う思う」
ひょいと眉を上げたジャイズンに否を言ったのはタラッドだ。こちらはもうすでに皿が空っぽになっている。ちらっとヒルデガートを見ると、茶色い小動物のようにパンをかじっていた。
「……まぁ、そんな感じだ」
「だから、何のお仕事?」
――誤魔化されないわよ。
挑戦するように、エリアーヌはジャイズンを睨みつけた。彼は困ったように視線を逸らし、ボソボソと呟く。生憎、エリアーヌが分からない方の言葉だ。
「エリアーヌは、何のお仕事?」
突如聞こえてきた愛らしい声音。ヒルデガートが欠片になったパンを口に含みながら、こちらを見つめてきている。
「私は服を作ってるの。お店、来る?」
母と弟と共に経営している店は、機能性が高く、デザインのセンスがいいということで、それなりに街でも評判が良い。もちろん、それなりに服を買いに来る人が居る。ぜひ、自分のデザインした服を彼女に来てもらいたかった。
「行く!」
易しい言葉を使ったかいがあった。ヒルデガートは、ジャイズンの通訳が無くとも正確な返事を返してくれた。
「いい? いい?」
急かすように、ヒルデガートはジャイズンに許可を求める。
「今日は何処に泊まるの? 決まってないなら、うちに泊まればいいじゃない」
彼に返事をする間を与えぬうちに、エリアーヌも加勢した。
ジャイズンは微笑み、口を開く。何と言うか……。
「お言葉に甘えよう」
「やったわっ!」
思わず大声を出して立ち上がってしまい、この小さな店のいたるところから失笑を買ってしまった。その中にはタラッドも含まれている。シヴィルはけらけらと笑い、ジャイズンは口元を押さえて顔を伏せ、肩と背中を震わせていた。
「【ずいぶんとヒアの事、気に入ってるねぇ】」
ヒルデガートはと言うと、笑いながら何かを喋るシヴィルに、こちらもクスクスと笑いながら頭を荒々しく撫でられていた。
穴があったら入りたい。正にそんな気分だった。すぐそばに薄闇を映す窓がある。あぁ、これでもいいわ……。
無意識に窓を開け身を乗り出すと、伝票を挟んだボードを持つファニーに尻を叩かれた。
店中が爆発したかのようにに騒がしくなる。あの兄弟も、声を上げて笑っていた。
――あぁ神様、お願いだから、これからはどんなときでもお祈りきちんとするから、私をここから連れ出してください。そして彼等の記憶も奪っちゃってください。それから……
『無理。多い。減らせ。もう少し現実的に』
低い男の声が聞こえた。何処か懐かしいこの声は、きっと神様。エリアーヌは、どうやら裏切られたらしいと椅子になだれ込むようにして戻るとテーブルに突っ伏した。
彼等はまだ、笑っている。