嵐は音も無く
嵐は音も無く
俺は、今お見合いをしている…。なんでこんなことに…
一時間前
俺は京都の観光をしていた。俺は一人旅が好きでよくこうして観光名所を一人で周っていた。
「いいなー、京都…んー…ん! あれは!」
俺の目の前に舞妓さんが歩いていた。俺は思わずその姿に目を奪われた。
「舞妓さんって綺麗だよなー。やっぱ京都に来てよかった」
はぁー、歴史の面影を残す街京都。ここは不思議な何かを感じさせる都市だと思う。俺は町を観光しながら大きな旅館の前を通った。
「あ! 君君!」
俺は不意に呼び止められた。
「はい?」
俺は黒いスーツを着た裕福そうな男の人が話しかけてきた。
「今、ちょうど困ってたところなんだ」
なんだ? この人なれなれしく…。
「なんですか?」
「いいからいいから、少しだけでいいから私に時間をくれないか」
そう言うと男は俺の腕を掴みグイグイと引っ張りながら旅館の中に入っていた。
「あの、訳がわからないのですが」
「あ! すまない。実はな。うちの娘なんだが…」
男は思い出したかのように話し始めた。
「うちの娘もそろそろいい年なのに結婚をする気が無いというものだから、お見合いをさせようと思ったわけだ」
お見合い? それって俺とどういう関係が?
「で、いざお見合いの場を作ったんだが…」
男は肩を落としてため息をつきながら
「その相手が今日になって体調を崩しこれなくなってしまったんだ」
「それは大変ですね」
俺は嫌な予感を感じながらそう言った。
「それだったら今日のお見合いは中止にした方がいいのでは?」
俺は逃げ道を作るべくそう言った。
「はぁ…私もできるならそうしたい。だが…」
何か嫌な予感しかしない。まずい、これは非常にまずい状況だ。
「娘の性格が性格だ…そんな事を言ったら一生口を聞いてくれないかも知れない。私はそんなのは堪えられない。だから、君に手伝ってもらいたいんだ」
嫌な予感は的中した。
「ええと、それは俺にそのお見合い相手になれって事ですか?」
「そういうことだ」
「…帰らせてもらいます」
俺はそう言うと旅館から出ようと出口に向かった。
「逃がさないぞ」
後ろで男がそう言った。それを無視して俺は門をくぐろうとした時、何か硬い物にぶつかった。
「なんだ?」
俺は前を見た。そこには黒いネクタイがあった。正確には俺より頭二つ分大きな大男が俺を見下ろしていた。
「な…なんですか?」
「……」
男は黙って俺を見下ろしていた。
「そいつを連れて来い。山田」
後ろでさっきの男がそう言った。
「わかりました」
大男はそういうと俺を軽々と持ち上げた。
「え? ちょっと! 待って! 意味わからないんだけど!」
俺は必死に抵抗したが男には無駄だった。
「よし、このまま控え室に連れて行くぞ!」
「わかりました」
俺はどんどん旅館の奥へと連れて行かれた。
「俺は関係ないだろー!」
俺の心の叫びは空しく空に消えた。
そして、今にいたる。
俺はなんでこんな目に…。おまけにスーツに着替えさせられてしまった。俺はあの男の娘がいるであろう部屋の前に立っていた。
「はぁ…失礼します」
俺は襖を開けて驚いた。そこには綺麗な人が一人座っていた。長い黒髪を肩まで伸ばし、鮮やかな着物を身につけた女性。
「…ええと、その…初めまして」
俺は深々とお辞儀をした。
「…ふーん、あんたが私とお見合いしたいって奴?」
ん? なんだろう? この感じ
「へぇー。まぁまぁって感じね」
「……」
俺はこの人の話し方に戸惑いを覚えた。そして固まった。
「正直、来なかったらどうしてやろうかと思ったくらいよ」
これは…
「あの」
この人…めんどくさい感じがする。
「たくっ、あのジジイ…いきなりお見合いしろって何様なのかしら? いい迷惑よねー。あんたもそう思うでしょ?」
「え? ええとまぁそうですね」
「でしょ? 全く、私は私の選んだ人としか結婚したくないっていうのよ」
「はぁ…」
物凄く帰りたい。というかこの人…
「あーほんと面倒ね。この着物も」
そういうと立ち上がった。そして、着物の帯を緩め始めた。
「って! あんた何を!」
俺は思わず怒鳴って言った。
「何って? 動きにくいこの着物を脱ぐだけだけど? 何? あー、まさかあんた私が裸になるとでも思ったの?」
ニヤリと笑うと俺の隣に来た。
「クスクス、あんな結構初心なのね」
と耳元でそういうとでこを指で小突いて
「残念、私の裸を見れるのはイケメンだけよ」
意地悪な顔で言った。
なんかイライラする…俺はこの京都に観光に来たはずなのに…なんでこんなことをしなきゃ駄目なんだ。
「ああそうかい。悪かったなイケメンじゃなくて。もういい、京都に観光に来ただけなのにあんたみたいな我侭娘の相手なんてしなきゃならないんだ!」
俺は着ていたスーツの上着を脱ぎ、女に投げつけて部屋を出て行った。
「ちょっと! 何するのよ!」
後ろであの女の声が聞こえる。そんなのにかまわず俺はさっき着替えさせられた部屋に戻った。
「お! 君は!」
さっきの男が部屋の前で俺の帰りを待っていたと言わんばかりに笑顔で歩み寄ってきた。
「どうだ? うちの娘は? 美人だろ?」
俺は無視して部屋に入った。そして鍵をかけて着替えを始めた。
俺は着替え終え、部屋を出ようとした。すると扉の前で男が土下座をしていた。
「頼む。娘と付き合ってくれ!」
と俺の脚に抱きついて来た。
「無理です。あんな我侭な人と付き合うなんて」
俺は手を振りほどいて出口に向かった。
あー今日は最悪な気分だ。せっかくの京都旅行だって言うのに…ホテルに戻ろう。
俺はイライラを抑えながらホテルに向かった。
「はぁー疲れた」
俺は部屋に戻って荷物をベットに置いた。
「ふぅー…」
ベットに横になって一息をついた。
「へー、よくもまぁこんな狭い部屋でくつろげるわねー」
ん? 誰?
「どうしたの? そんな変な顔して」
俺は驚きのあまり女の顔をボーッと眺めていた。
「なんで…」
俺はどうしてこいつがここにいるのか不思議に思った。
「あんた、これ忘れてったでしょ?」
俺の前に携帯を出した。その携帯は間違いなく俺の携帯だった。
「でも、携帯だけでどうやって俺の居場所を?」
わからない…なんでそんな物だけで俺の居場所が?
「簡単よ」
女は携帯を弄り始めた。そして俺に発信履歴を見せた。そこにはこのホテルの番号があった。
「あなたここに観光に来たんでしょ? なら、ホテルを予約した時に電話をかける。後はあなたもわかるでしょ?」
なるほど、後はホテルに連絡して部屋の場所を聞けば…ってあれ? 普通、見知らぬ人に部屋を教えるわけないよな。
「お前どうやってここに入ったんだ? 部屋の場所がわかっても入れないだろ? それに普通、知り合いでもなきゃ部屋の場所も教えてもらえないはず」
「ああ、それは簡単よ。部屋を教えてもらったのは私があなたの恋人を装ったから。部屋はあなたが来るのを待ってからこっそり部屋に入っただけ」
…普通ここまでするか?
「お前それ、世間ではなんていうか知ってるか?」
「ん? ええ、知ってるわ。ストーカーでしょ?」
何を今更と言う顔で俺に言った。
「あなたも光栄に思いなさい。私にストーカー行為されるなんて」
「……」
言葉が出てこなかった。
「あら、嬉しさのあまりに声がでないのかしら?」
「呆れてもの言えないだけだー!」
やっと言葉が出た。あまりの自己中ぷりに言葉を失ってしまった。
「お前なー、どこのお嬢様かは知らないけどな…俺はここに観光に来て上機嫌だったんだ…それをお前の所為で台無しになったんだぞ!」
俺は我慢できず言った。
「台無し? ふーん、面白い事言うじゃない。こんな美人に出会えてあなたは幸せに思わないのかしら?」
「出て行け…」
「何?」
もう我慢ができない。こいつと同じ空間にいることがもう我慢できない。
「出て行け! この部屋から! 二度とお前の顔なんて見たくない!」
俺は女の腕を掴み部屋の外へ追い出した。
「ちょ! ちょっと!」
女は外で何か言ってるけど、俺は無視してベットに横になって眠る事にした。これでもう安心だ。部屋には鍵もかけたし。
「はぁ…今日は散々だった。明日はどこに行こう?」
俺の意識は闇に落ちていった。
「ちょっと! 起きなさいよ! ええと…まぁいいか。いい加減起きなさいよ!」
誰だ? 気持ちよく寝てるところを…ん? この声聞き覚えが…
「起きなさーーい!」
俺の耳元で大声が聞こえた。俺は驚きのあまり飛び起きた。
「な!」
起きるとそこにはさっき追い出したはずの女が
「なんでお前が…」
「なんで? あんたって馬鹿? そんなの受付に行って彼氏と喧嘩して部屋追い出されたから開けてくれって言っただけよ」
「そこまでするか…普通」
俺は呆れてそれ以上言葉を続ける事ができなかった。
「別にいいじゃない。暇だし、何よりあなたが初めてだったのよ。私に好き放題色々言ってくれたのわ」
「何?」
「色々な男を見てきたけど、どいつもこいつも私の事なんてどうでもいいの。おまけにジジイの名前を知ったらどいつもこいつも私に頭を下げてばっか」
こいつの親父は何者だ? そういえばこいつの名前も知らないな。
「お前の親父って何者だ?」
昨日のあの男…あの顔をどこかで見た事がある。
「あら? 知らないでお見合いの席に来たの? あなた、ジジイが連れてきた奴じゃないの?」
不思議そうな顔で俺を見た。
「ああ、そういえばあんたは知らないんだったな」
俺はなんであのお見合いの席に行くはめになったかを説明した。
「え? 何あんた、私の事を知りもしないで話してたの?」
「うるさい。俺は被害者だ!」
俺はそっぽを向いて言った。
「はぁー、だから私の事を見ても平然としてたわけね。いい! 私は光道寺 桜花。光道寺って聞いたことない?」
光道寺? ああ、あの大企業の…
「……」
ん? と言う事はこいつ…あの大企業の社長の娘?
「はぁ、どうせあんたも他の奴等と一緒で媚を売るんでしょ。もううんざり、帰る」
光道寺は部屋を出ようとした。
「ああ、さようなら」
これでこいつとおさらばできる。ゆっくり寝よう。
「へ? 引き止めないの?」
引き止める? なんで? 帰ってくれるならそれに越した事はないからかまわないのだが
「引き止める理由もないし、帰ってくれるならもっと寝れるからな。こっちとしては大歓迎だ」
そういうと光道寺は俺を見て呆然としていた。
「驚かないの? 私、あのジジイの娘よ?」
なんだそんな事か
「ああ、驚いた。だから関わりたくないと思った。それだけだ」
俺はそれだけ言うと手を振って見送ろうとした。
「……」
光道寺の顔がどんどん笑顔に変わっていく。あれ? 選択肢みすった?
「何? あんた他の奴と全然違う事言うじゃない!」
俺の手を握って喜びながら言った。
「いや、他のとかどうでもいいから帰れよ」
俺は手を振りほどいて言った。早く帰って欲しい。
「嫌よ。あんたみたいなのなかなかいないんだもん。ねぇねぇ、これからどこか行かない? 京都は初めてなのよ。観光で来たんでしょ? 色々行くとこ決めてるんでしょ?」
光道寺の奴テンション高いな…こいつの考えが全然わからない。
「出かけるって…今何時だと思ってるんだ?」
俺は時計を指した。時刻は午後十時を指していた。
「まだ十時じゃない。ほらほら、行こ行こ!」
「もう十時だ! 明日は朝からお寺巡りするんだ」
そう、明日は色々な寺を周る。予定がぎっしりだから早く寝たい。
「何よー。あっ! そうだ!」
光道寺は立ち上がると
「どこかに食べに行かない? 私お腹空いてたのよー」
俺の話を全然聞かない女だな…。
「行かない! 別に腹減ってないし」
俺は突き放すように言った。
グゥー
俺の腹が鳴った。そういえば朝食べてから何も口にしてない。
「体は正直ね。で、どこに行く? 近くに大きなホテルがあるからそこのレストランでも行く?」
近くの? …まさか帝都ホテル? 冗談じゃない。あんな高級ホテルのレストランなんて行けるわけがない。
「おい、まさかそのホテルって…」
「どこって帝都ホテルに決まってるじゃない? 他にいいお店あるの?」
やっぱりか…金持ちの感覚にはついていけない。
「行かない。つか、行けない」
俺はきっぱり断った。
「奢ってあげるから行こ」
何が楽しいんだ? 今日初めて出会った人間と一緒に食べに行くくらいで。
「お前なー。金持ちなら他にも友達いるだろ」
「…いいじゃない、別に。あんた暇でしょ? あんたって言うのも面倒ね。なんて名前なの?」
完全にこいつの流れだ…。
「はぁ…なんでこんな奴に…」
俺は大きくため息を吐いた。
「何か言った?」
「何も!」
ああ、もう面倒だ!
「俺は米村 桐人! これで満足か!」
「桐人…へぇー、いい名前じゃない」
いきなり下の名前か…
「桐人ー。行きましょ! ほら、お店が閉まっちゃう!」
光道寺が俺の腕を掴んで力強く引っ張った。
「はぁー…」
これはどう頑張っても引く気ないな。
「やっと諦めたようね。ほら、行くわよ!」
「はいはい、だが帝都に行く気はない。食事なんて適当に済ませれればいいだろ」
俺はそう言うと部屋を出た。
「ここは?」
俺達は牛丼屋の前にいた。
「ん? 牛丼屋だが?」
俺はそう言うと店の中に入った。十時にもなると人はほとんどいない、店内はガランとしていた。
「安っぽい店」
不満そうにそう言うと渋々店内に入ってきた。
「安っぽいか…お前普段どんなもの食ってんだ?」
「ええとね」
「いや、言わなくていい…聞いた事を後悔しそうだ」
こいつのことだから松坂牛とかキャビアとかの高級素材使った料理しか食べてないんだろうな。
「お客様、何になさいますか?」
店員さんが話しかけてきた。
「あ、ええと…牛丼並二つください」
俺は適当に頼んだ。
「牛丼とか庶民の食べ物でしょ? 全く、私みたいな人間が食べるものじゃないわ」
全く
「お前、ほんと性格悪いよな」
俺は呆れて光道寺に聞こえるように言った。
「何? ひがみ?」
こいつは…。…こいつ友達とかいるのだろうか? ふと疑問に思った。
「なぁ、光道寺」
「何? 私のスリーサイズなら教えないわよ」
「んなの興味ねえよ。つかそんなもん聞いてどうすんだよ。馬鹿らしい」
こいつ、本当に自分の事ばっかだな。
「お前そんな事ばっかり言ってると友達できんぞ」
俺は無意識に言ってた。もう少し遠まわしに言えばよかったと言った後後悔した。
「え? とっ友達?」
やっぱりかなり焦ってる…こいつの性格じゃ無理もない。
「ええと…桐人とか?」
苦し紛れに俺の名前を出したか。
「俺はお前の友人になった覚えはない。つか、今日初めて会ったのに友人とかはない。普通は知り合い程度だろ」
あ…しまった。言い過ぎた。光道寺の目が涙目になっていく。
「そんな冷たくしなくても…」
ボソリとそう言うと顔を伏せた。
「お待たせしました」
店員さんが牛丼を持って来た。そして、光道寺を見て俺を睨み付けた。
「あ…ありがとうございます」
物凄く気まずい…
「光道寺、とっとりあえず食べよう。友人とかは明日一緒に京都巡りしてか…ら…」
あ、何口走ってんだ? 俺
「ほんと!」
椅子から立ち上がって言った。
しまった。変なところで優しさを見せてしまった…。
「どこ行く? 縁結びとかいいよね。一度ああいうのしてみたかったんだー」
女って卑怯だ。涙を見せればどんな男でも屈服してしまう…あー、折角の旅行が…。
「そうだ、明日に備えて食べないとね! ほらほら桐人も食べないと明日もたないよ!」
そう言うと牛丼を食べ始めた。…まぁ、いいや。ここまで来たら腹を括るか。
「なぁ…光道寺」
俺は牛丼を食べながら光道寺に話しかけた。
「ん? 何?」
光道寺は口に牛肉を含みながら答えた。
「お前、なんでお見合いなんてしてたんだ? お前どうみても若いだろ?」
見た感じ二十代前半…いい年と聞いて三十半ばを想像していたのだが。
「ああ、うちの家計ってなんでも二十歳行く前に結婚するのが家の仕来りみたいでさ、二十歳を超えたのに結婚しない私にジジイが焦っちゃってねー…あーめんどくさかった。けど、桐人に出会たからよしとするけど。そんな事よりさ、明日はどこ行くの? ねぇねぇ!」
こいつ話し出したら止まらないタイプか…。
「とりあえず有名な寺でも周ろうかと思ってる」
「移動はタクシー? バスとかは嫌よ? あんな箱で移動するなんて」
バスを箱扱いですか…これだから金持ちは…
「悪いがどっちも外れだ。徒歩で行く。京都って観光名所だからな。車のでの移動は逆に動けないからな」
京都という町は観光名所でよく渋滞を起こすものだから車やバスでの移動はなかなか難しい。お寺を周るならなお徒歩の方が効率よく周れる…場合がある。
「ええー、疲れるだけじゃない。めんどくさい」
言うと思った。
「いいだろう。それにそれだけ二人きりでいられるということだぞ?」
こういう類はこういう言葉を言うと
「え? …まっまぁそれならいいけど」
顔を赤らめてそう言うと黙々と牛丼を食べ始めた。
よし、これでゆっくりできる。タクシーでの移動なんて動きにくいだけだからな。人が邪魔で
「さて、俺は食い終わった。ここの金は払っておくからまた明日な」
俺はそう言うと席を立った。
「うん…」
えらく大人しいな…ここまで大人しくなるとは…逆に気味が悪い。
「じゃあな」
俺は金を払って店を後にした。しかし、光道寺と一緒に観光か…ため息しか出ない。
「まぁなんとかなるだろう…めんどくさい」
俺は面倒事は嫌いだ…なんでこうなったんだろう?
「ん…んー…」
俺は朝起きた。今日の事を考えると億劫だ。
「ん…」
隣で声がした。おかしいな…俺の部屋には俺しかいないはず…。俺は昨日の出来事を思い出した。そう言えば、あの女…確か俺の部屋に色々手を尽くして入ってきたな。まさか!
俺はベットの隣を見た。光道寺が小さな寝息を立てながら寝ている。俺はその光景を黙って眺めていた。
「ん…寒い」
光道寺がそう言った…とりあえず光道寺に布団をかけた。
「スースー」
どういう状況なんだ…これ…無防備に俺の隣で寝やがって…しかし、寝顔だけ見ていると本当に美人だ。
「ゴクリッ」
思わず生唾を飲んだ。
「って何考えてんだ俺?」
はぁ…こんな所いつまでも居られない。シャワーでも浴びよう。俺は部屋についてるシャワー室に入った。
「はぁー…なんでこんなことに…」
俺はシャワーを浴びながら今の現状を整理した。とりあえず、あいつはまだ起きないだろう。今のうちにとりあえず気持ちを落ち着かせて…
ガチャッ
誰かがシャワー室のドアを開けた。わかってる。この状況でこの扉を開けるのは一人しかいない。
「んー…ふあぁー…シャワー…」
こいつ寝ぼけて俺が入ってるの気づいてない?
「ん?」
俺と目が合った。さすがに後ろを向いてるから体は見えない。顔と顔が向き合ってる状態だ。
「……」
「……」
お互い何も言わず見つめ合ってから光道寺が黙ってシャワー室を出て行った。
「はぁ…なんなんだよこれ」
どこのラブコメだ…
「おい、シャワー空いたぞ」
俺は光道寺にそう言った。
「え? ええと、うん。わかった」
ぎこちない動きで光道寺はシャワー室に入っていた。
「あー…なんで朝からこんな目に…」
俺はベットに伏せて言った。
「……」
今日はこれから光道寺と観光とか…。
「はぁー…何か飲み物でも買って来よう」
俺はホテルにある自販機まで行った。
「あー、あいつ何が好きなんだろ?」
俺は光道寺の事を思い出した。
「コーヒーとか飲むのか? ああー面倒だし同じのでいいか」
俺は適当にコーヒーを二缶買った。
「おい、コーヒー買ってきたけど飲むか?」
俺は部屋に戻って光道寺に聞いた。
「え? どこの?」
いつもの光道寺だな。
「お前の考えてるようなコーヒーじゃない。普通の缶コーヒーだ」
「これだから庶民は…もう少し気を利かせなさいよね」
頬を膨らませて言った。
「俺はお前の執事じゃないからな。不可能だ」
こんなのと一日…ああ、面倒だな。なんでこの年になって子供の子守とかしたくないんだけどな。
「あら? 私に近づいてきた男達はみんなそうしてくれたわよ?」
自信満々に言われてもな。つか、こいつに近づく男なんてろくなのいないだろうに。
「あいにく、俺はお前と付き合いたいとは思ってないし。興味もない」
俺は光道寺に缶コーヒーを手渡して言った。
「つか、お前…いいのか? こんなところにいて、親父さん心配しないのか?」
思ってもいないことを聞いた。
「いいのいいの。どうせ、家に居たって暇なだけだし、それなら桐人と一緒にいる方が楽しいもの」
うわー…、やっぱこいつ友達いないんだな。
「そんなことより、早く行こ」
楽しげな表情で光道寺は俺を引っ張った。
「朝飯は!」
「そんなの後々!」
引率の先生ってこんな気持ちなんだろうな…。
「うわ…人が多い」
光道寺が少し引き気味に言った。
「当たり前だろ。ここは言ってもお土産屋が集中してる所だからな」
そうここは四条通り鴨川の橋の上。観光客で賑わっている。
「ねぇ…もう少し人気のない所行かない?」
「なんで?」
「だって、人ごみって息苦しくて嫌いなんだもの…それくらい察しなさいよ!」
ああ、こいつこういうの駄目なんだ。
「ならどこに行くんだよ。どこ行っても人だらけだぞ?」
「うっ…」
本当に人ごみ嫌いなんだな…まぁこいつに合わせる気なんてさらさらないけどな。
「行きたくないか。なら、ここでさよならだな」
俺は先に行こうとした。すると俺の手に何かが触れた。
「なんだ?」
この手に触れた感触、光道寺の手だ。
「私を置いていかないでよ」
困ったな。また涙目だ…。ほんと卑怯だよな涙って
「なら、俺の手を離すなよ? 離したら最後置いて行くからな」
俺はそう言うと光道寺の手を握り締めた。
「それは私の台詞! 桐人が私に着いて来るの!」
光道寺らしくなったな。まぁ、土地勘なんてないだろうから
「ええと…どこ行けばいいの?」
やっぱり…
「わからないくせに先々行くな」
俺は手を引いて通りからお土産屋がある通りを目指した。
「…うわー、何ここ? 有名な所なの?」
たくさんの人が通る通りを見て言った。観光地行かないのか? お土産屋なんてどの観光地行ってもこんな感じだろうに。
「なんだお前、観光地とか行った事ないのか?」
「日本の観光地なんて庶民の行く所! 私みたいなお嬢様は行かないわよ!」
そんな事を大声で言わなくても…まぁ、確かにこいつみたいなお嬢様は日本を飛び越えて海外だろうな。
「はいはい…ってどこに行く?」
俺の隣にいたはずの光道寺が一人でお土産屋に入っていった。
「はぁー…光道寺、どこ行く気…箸屋?」
箸屋『縁結び』…名前的にここってカップル御用達の店か?
「おい、光道寺」
俺が店に入ると光道寺が箸を眺めながら俺を手招きで呼んだ。
「なんだ?」
「これ可愛くない?」
光道寺は二つの箸を指差した。
「これ買わない? 私気にいっちゃった」
これ…夫婦仲円満って書いてあるぞ?
「断る」
俺は即答した。
「ええー!」
光道寺…お前ちゃんと見てないだろ。
「これを良く見ろ」
俺は箸の上にある文字を指差した。
「夫婦仲円満?」
少し間抜けた顔をして文字を眺めて首を傾げた。
「円満? 別にいいじゃない。そんなの気にしなければ。まさか…これ買ったくらいで私と結婚できると思ってるの? 桐人って以外と勘違い野朗なのねー」
クスッと笑うと俺を見た。
「まぁ、あなたがどうしてもって言うなら結婚して上げてもいいわよ?」
俺の心の中で何かが切れる音がした。
「…あんまりふざけた事を言ってると京都のど真ん中に置いて行くぞ」
声色を変えて言ったから光道寺は驚きの顔をしていた。
「はぁ…」
俺は大きくため息をついて店の外に出た。
「本当に置いて行く気?」
光道寺が心配そうな顔で俺を見た。
「外で待ってる」
俺は一言そう言うと店の前まで出た。
「はぁー…何してるんだろ? 俺は旅行に来ただけなのに…つか、今日でお別れな相手に切れて…あー何もかも面倒だ」
俺は頭を掻きながら店の壁にもたれかかった。
「ええと…お待たせ」
光道寺が袋を持って店から出てきた。
「……」
俺は無言で光道寺を見た。
「何よ! 少し冗談を言っただけじゃない! そんな怖い顔される言われはないわよ!」
「はぁ…もう怒ってねえよ。つか何か買ったのか?」
俺は怒りを抑えながら光道寺に言った。
「これ? フフン、感謝しなさい。私とデートできて箸も買ってもらえることを」
袋の中からさっき「欲しい」と言っていた箸が出てきた。
「ほら、これの片方を上げるわ。家宝にしてもいいわよ」
「はいはい…ってお前結局買ったのか」
「ええ、だって可愛いし…それに同じ箸を二人で持つって何か特別感あっていいじゃない」
特別ね…まぁ、確かに綺麗な箸ではある。桜模様か…こいつの名前も桜ってついてたっけか? あれ? こいつなんて名前だっけ? まぁいいか
「それに、誰かと買い物行くとか初めてなのよね」
頬を赤く染めながら俺の前を歩いて行く。
「ほんと、黙ってれば美人なんだけどな」
俺はボソリっと言った。
「ん?」
無邪気な笑顔で俺を見た。
「黙ってればな」
今度は光道寺に聞こえるように言った。
「え? どういうこと?」
「自分で考えろ」
俺は冷たく言った。光道寺は少しむくれて俺の前を歩いた。
「あ! あそこのお店可愛い置物が置いてる」
元気な奴だ。まぁこれがあいつの良い所なのかも知れないな。
「おい! 先行くと知らないぞ!」
「さっさと着いて来なさいよ! 桐人は鈍間なんだから」
嫌味な笑顔でそう言うと店の中に入っていった。
「チッ、好き勝手言いやがる」
俺は渋々光道寺の後を追った。
「ここは…」
ここは石の置物を置いている店のようだ。
「桐人! これ見てみて!」
俺に亀の石細工を見せた。
「桐人って鈍間だからさ。これとかどう?」
「鈍間ってどういうことだよ」
「言葉のままの意味よ」
光道寺はニヤリと笑って俺に亀の石細工を俺の手に乗せた。
「私は…そうねー。これとかどうかな?」
そう言うと鳳凰の石細工を俺の手に乗せた。
「私にぴったりでしょ? ほら、私って美人だし」
くるっと回って「ね」っと言った。
「そうだな。何度も燃え尽きそうな性格してそうだもんな」
「もう、本当の事だからって照れ隠ししなくてもいいのよ?」
俺の鼻に指を当てて言った。
「隠すか…その必然性を感じないな」
まぁ、美人なのは認めるが
「まぁ、いいわ」
ん? 素直だな?
「桐人は素直じゃないって事が良くわかったから」
「俺は素直だ」
「…ふーん、じゃ、これ買ってくるね」
嬉しそうな顔でレジに向かった。全く…
「素直じゃないか…」
素直に…そういえば、久しぶりだなこうやって本音で人とぶつかったの
「あいつのおかげ…か」
…あいつの。
俺はレジでカードで買い物をする光道寺を眺めながら思った。
「まぁないな」
っと心に言い聞かせておいた。なぜかあいつのおかげって言うのが癪だった。
「難しい顔してどうしたの?」
「別に、ただ、朝飯食べてないなーっと思ってな」
俺は適当に誤魔化した。
「そういえばもうそろそろお昼ね」
日が真上にある。時計も十二時…こいつに連れまわされて時間の事を忘れていた。
「また適当な所でご飯とか嫌よ」
「はいはい」
元より適当なところに行くつもりはない。
「料亭『風香』で食うつもりだ」
「どこ?」
…この店は結構有名な鉄板焼きお店なんだが。まぁこいつはそういうのは食べないんだろうから知らなくても当たり前か。
「付いてくればわかる」
よくわからないという顔で光道寺は俺の後に付いて来た。
「ここ」
俺は大きな看板のある古風な店を指差した。
「ぼろい店ねー」
わかってないな。光道寺は
「こういうのは古い店だからいいんじゃないか。ほら、入るぞ。安心しろ中は綺麗だ」
俺は光道寺の手を引いて店に入った。
「へいらっしゃい!」
お店の若い店員さんが俺に話しかけてきた。
「予約してた米村です」
「米村様ですね。二名様…はい、お待ちしておりました」
旅行前にここの店に予約して置いたんだよな。
「こちらへどうぞ」
俺と光道寺は二人席の机に案内された。
「桐人の癖に準備がいいじゃない」
席に着きながら光道寺が言った。
まぁ、俺もまさかこいつと来るとは思ってなかったけどな。
「お前は運が良かっただけだ」
「謙遜しちゃって」
本当に勘違いしてるようだ。
「この旅行は本当は友人と二人で行く予定だったんだ」
そうこの旅行は友人と二人で行く予定だった。
「お待たせしました」
店員さんが料理を持って来た。美味しそうな肉がお皿に盛られて来た。松坂牛だったかな? それもかなり良い部位を使うと言う事でこの店は有名だ。
「おおー」
「……」
光道寺が不服そうな顔で肉を眺めていた。
「なんだ?」
「なんというか、桐人って安物の食べ物しか食べないのね」
これを安いと言うか…二人前七千なんだが…。
「あっそ。ならお前の分俺がもらうから」
そういうと俺は自分の肉を食べた。うん、やっぱり評判通りの美味さだ。
「うん、美味い…あ、光道寺はいらないんだったな」
俺は光道寺の皿に手を出した。
「え? え、いや。食べないとは言ってないわよ!」
そう言うと肉を食べ始めた。
「そうかい」
俺と光道寺は無言で食事をした。何か話しかけてくるかと思ったけど何も話しかけてこない。まぁその方が気が楽でいいが。
「ねぇ」
食事が終わった時、光道寺が話しかけてきた。
「ん?」
「あのさ…桐人って恋人いるの?」
急になんだ?
「ん…いないな。今までそんな事する時間なかったからな」
まぁ、あんまり思い出したくないけど
「そうなんだ」
頬を赤く…こいつ面倒な想像してないだろうな?
「確かに今はフリーだが、お前とは死んでもごめんだからな!」
俺は念押しのつもりで言った。
「ばっ馬鹿言わないでよ! なんで桐人となんかと付き合わなきゃならないのよ! 私はもっとイケメンで、優しくて、私の言うことを何でも聞いてくれて…それで…」
全くこいつの言う理想の彼氏って人間なのか? っと疑問に思ったが。こいつと付き合うならまぁそれくらいでないと無理だな。というか、それくらいしないとやってられん。
「「ふん!」」
俺と光道寺はそっぽを向いた。ふと、光道寺の口元を見たら笑ったように見えた。
「さて、とっとと清水寺に行くぞ。早く行かないとここからじゃ一時間はかかるからな」
「ゲッ!」
光道寺が嫌そうな顔をした。
「一時間! そんなにかかるの!」
こいつ…お嬢様だから体力無いんだろうな。
「いや、途中茶屋とかあるからそこで休んだりお土産を買ったりしたいからそれの時間を含めてだ」
「なんだ」
ホッとしたのか机に伏せた。
「まぁ、友人のお土産を買うから時間かかるんだけどな」
「そういえばさ。あなたと一緒に行くって言ってた友人ってなんで来れなくなったの?」
元はと言えばそいつが原因なんだよな。光道寺と面倒な事になったのは
「これを見ろ」
俺は自分の携帯の一つのメール見せた。
「ええと…『すまん、彼女との約束できた。というわけで一人で楽しんで来い』…桐人って以外と薄情な友達しかいないのね」
言い返せない。俺の友達はどうも恋人を優先する…まぁ当たり前だが…。
「いいんだよ。今はお前がいるんだから」
「そうよ! むしろ光栄に思い…ってどうしたの? 急に」
光道寺が不思議そうに言った。そして俺も無意識に言った言葉に黙ってしまった。
「……」
「ん?」
光道寺が俺に顔を近づける。
「どうしたの?」
「ん? あ、いやなんでもない」
俺はこいつを無意識に友人と認めていた? こんな我侭で寂しがり屋で世間知らずを? けど、光道寺を否定する言葉が思いつかなかった。
「まぁいいか…」
俺は席を立つとレジに向かいお金を払った。
「ちょっと! 置いていかないでよ!」
「ああ、すまん」
少し頭が混乱してきた。
「とりあえず、行くか」
俺は店を出た。遅れて光道寺も出てきた。
「全くどうしたのよ。ボーッとして…まさか私に惚れちゃった?」
上目遣いで俺にそう言った。
「ねぇよ」
俺は額を小突いた。
「はぁ…めんどくさい」
俺は大きくため息をついて
「つかなんで、お前は俺なんかに付きまとう」
不思議に思っていた事を聞いてみた。
「理由?」
「ああ」
「んー、なんでかしら?」
自分でもわかってないのか。まぁ、あったとしてもろくな理由じゃあないだろうけど
「そんなことよりさっさと清水寺行きましょう!」
小さな子供がはしゃぐように光道寺は言った。なんでこいつこんなに楽しそうなんだ? まぁ、清水寺に行くのは俺も楽しみなわけだけど。
「そうだな」
深く考えるのはやめよう。今だけは
それから一時間かけて俺達は清水寺付近の二年坂まで来た。
「本当に時間かかったわね」
本当はここまでにかかる時間は三十分くらいだったんだが
「ああ、お前が寄り道ばかりしなければもう少し早くついたんだがな」
「ああ、そんな事? いいじゃない。たくさんお土産も買えたでしょ?」
確かに俺の両腕にはたくさんの荷物があった。だが、これのほとんどは
「確かに土産はたくさんある…主にお前のがな!」
そう、この手荷物の八割方は光道寺の物だ。
「何か不満?」
「不満しかないな」
なんでこいつの分の荷物を俺が持たなきゃならない…。
「いいじゃない。私の荷物を持てるなんてなかなかないことよ?」
こいつの荷物を持てる事が光栄? 冗談じゃない。
「そんなのいらねえ! お前が持て!」
俺は光道寺の荷物を光道寺に突き出した。
「なっなんで私が持たなきゃ駄目なのよ! 桐人、あなたが持ちなさい」
「お前の荷物なんだから当たり前だろ!」
光道寺は腕を組んで意地でも持たないと言わんばかりにそっぽを向いた。
「はぁ…」
俺は黙って荷物を持ったまま二年坂の途中にある茶屋に入った。
「ふぅー」
おれは荷物を置いて椅子に座った。
「ここは? どこか有名な所なの?」
「ここは…有名というわけじゃないな」
ここは適当に選んだだけだから知名度は知らない
「なんだー」
詰まらなさそうに光道寺はそう言うと机に手をついた。
「いいだろ。お前の我侭に付きあったんだから」
この二年坂周辺はお土産屋さんやこう言った茶屋が並んでいる。どこが有名かなんて俺は知らない。
「仕方ないわね…なら、これ貰おうかしら」
この店で一番高いメニューを指差した。
氏金時白玉パフェ? うわー。こんなのよく食べようと思ったなこいつ。
「それでいいのか?」
「ええ、なんだかおいしそうだし」
満面の笑みでそう言った。少しこいつがかわいいと感じてしまった。
「ん?」
「なんでもない」
一瞬の気の迷いとその考えを振り払った。
「なら俺はこのワラビ餅セットでも頼もうかな」
俺は抹茶とワラビ餅のセットを指差した。
「なんか安っぽいわね」
「安いとか高いとかの基準で考えるなよ。まぁ、お前には到底理解できないだろうがな」
俺は光道寺の頭を軽く叩いて言った。
「なっ何よ!」
顔を赤らめてそう言った。俺はそんな光道寺を無視して店員さんにメニューを注文した。
「まぁそう怒るなよ。これが普通の人とお前の違いだと思えばいい」
そう、こいつは金持ち、俺は庶民。この違いは大きい。
「…何か嫌ね。桐人と違うと考えるのって」
少し頬を膨らませてそう言った。
「俺と? なんで?」
「他の庶民はどうでもいいのよ。でも桐人と違うって何か嫌」
俺と違うことが嫌ってどうしたんだこいつ。
「お待たせしました」
俺の前にワラビ餅が置かれた。そして、光道寺の前にパフェが置かれた。
「俺と一緒がいいねー。変な奴」
「うっうるさい!」
光道寺がパフェを一口、口に運んだ。そして
「うーーん、美味しい」
幸せそうな顔で食べてる。こういう所見てるとこいつと俺って差はないな。
「桐人は食べないの?」
俺を見ながら言った。
「ん? ああ、食べるさ」
ワラビ餅を口に運んだ。美味しかった。けど、この美味しさって一人じゃ味わえなかったんだろうな。なんだかんだでこいつがいてくれて楽しい時がある。それだけは感謝だな。
「桐人、何にやけてるの?」
「ん? ああ、このワラビ餅が美味かったから。お前も食うか?」
俺はワラビ餅を一つ差し出した。
「……」
何か考え始めそして、口を開けて
「あーん」
なるほど、口に入れろと
「ふむ」
俺は持っていたワラビ餅を自分の口に運んだ。
「あ! 桐人! そこは私の口に入れてくれる流れでしょ!」
むくれた光道寺が俺にそう言った。
「ん? そんな事するわけないだろ。めんどくさい」
全く恋人でもないのにそんな恥ずかしい事ができるか。
「もういいわよ。そのフォークを私に寄こしなさい!」
光道寺がワラビ餅用のフォークを指差した。俺はそれを光道寺に渡した。
「全く…ん、美味しい」
光道寺が頬に手を当てて満足そうな顔で言った。
「だろ? さて、返してくれるか? 俺も食べたい」
そう言ってフォークを返してもらおうと手を近づけたとき、光道寺がフォークを引っ込めた。
「って! お前それじゃあ食えないだろ!」
「クスクス」
何がおかしいんだ?
「いいから返せっムグゥ!」
光道寺は俺の口にワラビ餅を運んだ。それもすごい速度で
「何を!」
「どう? 美味しい?」
何を期待して言ってるのだろうか?
「うまいも何もワラビ餅はワラビ餅だ。こんな食い方してもさらに美味しくなる事はない」
俺は冷たく言い放った。まぁ本当にこんなので美味しいかどうかと聞かれれば味に変化があるわけがない。
「全く、照れ屋なんだから、まぁいいわ」
そういうと自分のパフェを口にした。これって傍から見るとカップルなんだろうな。
俺達は茶屋を後に清水寺を目指した。
「ここが清水寺…すごい」
目の前の大きな寺に光道寺は目を奪われていた。
「ああ、すごいだろ。これが日本の文化って奴だ」
俺が清水寺の事を話そうとした時、手を引かれた。
「そんなめんどくさそうな話はどうでもいいから早く行こ」
「めんどくさそうって、おい光道寺!」
俺の手を引きながらドンドン清水寺の中へと入って行く。さすがに入場料は買ったが(買わないと入れないのを知らなかったらしい)
「っておい、どこに行く気だ! こっちは本堂ないぞ!」
光道寺は本堂を無視しして一つの場所を目指した。
「どこって縁結びに決まってるじゃない」
「縁結び? なんで?」
縁結びとか、カップルとかがするもんだろ。なんで友達未満の奴と
「いいじゃない。私と縁結びができるなんて光栄に思いなさいよ。わかったらほら、早く行こ」
グイグイと引っ張ってくる。けど、こいつどこに地主神社あるか知ってるのか?
「おい」
「何?」
「そのお前の言う縁結びの寺どこにあるか知ってるのか?」
「うっ!」
痛いところを突かれたと言う顔をしながら
「ええと、どこにあるの?」
こいつわからず行こうとしてたのか…さっさと行って本堂に行こう。
「全く…どういう場所かもわかっていないのに一人で進むなよな。こっちだ」
俺は地主神社の方に向かって歩き出した。
「こっちなの?」
「黙って着いて来い」
俺は光道寺の手を引いて地主神社に着いた。
「ここだ。うわぁ…女だらけだ」
そこには観光客と修学旅行の学生達で溢れかえっていた。主に女で
「人が多い…」
光道寺も後ずさりしながら言った。
「どうする? 諦めるか?」
「ばっ馬鹿言わないでよ! こっこんなの全然平気よ!」
そう言うとズカズカ人ごみの中に入っていった。
強情というかなんというか。
「おい、光道寺!」
今日はこんな事ばっかりだな。
「ん?」
光道寺が恋占いの石の前で立っていた。
「どうした?」
「ねぇ、桐人…みんな何やってるの?」
「ん?」
女達が目を瞑って石と石の間を歩いている。ああ、これが噂の…
「目と瞑ってこの石からあの石まで歩けたら恋が叶うらしい。まぁ本当かどうかは知らないけど…ってあれ? 光道寺?」
さっきまで隣にいたはずの光道寺がいなくなってる…まさか
「あいつ」
光道寺が石の前に立って歩いていた。
「くだらない迷信だっていうのに」
俺は小さく言った。
「まぁこういうのって女は好きだもんな」
昔、恋人がこういうのにはまってたのを思い出した。
俺は光道寺の前、対になっている石の前まで先回りした。
「よし!」
光道寺がゆっくり目を開けてる。
「何がよしだ。すごいずれてるぞ」
俺は光道寺に言った。光道寺は石から一メートル離れた場所に辿り着いていた。
「え? …もう一回!」
悔しそうにもう一度やり直すと言って向こうの石に向かった。全く、こういうのはうまくいかないから叶うなんて言われてるというのに。
それから何往復したのだろうか? やる度やる度ずれはなくなってはいるが。これだけしたら御利益なんてなさそうだ。けど、一生懸命やってる光道寺を止める理由も思いつかず黙って見ていた。
「おい、そろそろ」
まぁかれこれ三十分はしているから俺はそろそろと思い声をかけた。
「むー…これで最後にするから! お願い!」
どこまでやり遂げたいんだよ。
「これで最後だからな」
「うん」
…今度は成功しそうだな。真っ直ぐこっちに来ている。
「よし!」
目をゆっくり開ける。
「やった! 成功した!」
光道寺は俺の前で喜びながらその場で跳ねた。
「よかったな。んじゃ、次に行くぞ」
「何言ってるの! 成功したんだから次は縁結びのお守りでしょ!」
「縁結びって…お前なー」
俺は呆れて光道寺を見た。けど、こいつの嬉しそうな顔を見てると仕方ないかと思えてしまう。
「まぁ、記念にはいいかもな」
「でしょ?」
仕方ない…不思議なものだ。面倒だと思わない。
「ほらほら!」
光道寺はお守り売り場まで行くと
「すいません! これください!」
光道寺は一番高いお守りを指差した。おいおい、こんな高価な物を買う気か?
「おい、いいのか? こんな高いの」
「いいの。というよりこれじゃなきゃやだ!」
譲らないという顔だな。全く敵わないな。
「好きにしろ」
俺は離れた所で光道寺の姿を見ていた。
「ねぇねぇ! 私達カップルに見える?」
「な!」
こいつ巫女さんに何言って!
「はい、仲のいいカップルに見えますよ」
巫女さんも何言って!
「桐人! 聞いた? カップルだって」
クスクスと嬉しそうに笑いながら言った。
「最悪だ」
「最高の間違いでしょ? 全く照れ屋なんだから」
俺に指差してそう言うとお守りを二つ買った。
「二つ?」
なんで二つも?
「おい」
俺は理由を聞く前に俺の手にお守りが乗った。
「これは桐人の分…ありがたく持っておきなさい」
「…はぁ、わかった。もらっておく」
俺はそう言うと携帯にそのお守りを括り付けた。
「携帯に? なんで?」
不思議そうに光道寺が聞いてきた。
「これなら絶対落とさないだろ? 財布でもよかったが…まぁそんな細かい事はどうでもいいだろ」
俺は携帯をポケットに大事にしまった。
「そっそう…」
光道寺も急いで自分の携帯を取り出して、急いでお守りを括り付けた。
「これでお揃いね」
何が嬉しいのだろうか? 光道寺は満面の笑みで携帯を俺の前に突き出した。まぁ女心ってのはこの年になってもわからないものだが。
「まぁそうだな」
俺は光道寺の頭を軽く叩きながら言った。
「子供扱いしないでくれる? これでも二十一歳なんだけど?」
年下か…
「悪いな。二十五の俺からしてみれば十分子供だ」
「たった四歳違いじゃない!」
大きいと思うが…まぁこいつが年上を敬うとは思えないが。
「さて、さっさと本堂に行くぞ。お前の我侭に長い時間付き合ったんだ。今度は俺の言うことを聞いてもらうからな」
俺は本堂に向かって歩き出した。
「あ! こらー! 私を置いて行かないでよ!」
「ならちゃんと着いて来い」
俺は本堂を堪能した後近くの休憩場所で休んでいた。
「ふぅー…」
なかなかよかった。古い感じなのに中の清掃は行き届いていて綺麗だったし…まぁ約一名退屈そうに見ていたがな。
「はぁ…」
おまけに大きく溜息をついてる。
「お前なー、折角本堂に入ったんだ。もう少し楽しめよ」
「無理! あんな湿気臭い場所のどこに楽しむ要素があるのよ。ん? そういえば気になってたんだけどあの人だかりは何? みんな落ちてくる水を飲んでるけど」
「ああ、あれは…」
俺は音羽の滝を指差して
「音羽の滝って言うんだよ。あそこから流れる水を飲んで運気を上げようって奴だ」
俺は適当に答えた。まぁ、この後行く気だったんだが。
「へぇー…行って見ない? 運気を上げれるなんてすっごい良さそう」
まぁそうなんだが。こいつだと絶対この事で躊躇する。
「けど、汲み取る杓は他人が飲んだのと同じ奴だぞ?」
俺はそう言うと他の人たちが持っている杓を指指した。
「え? あれって綺麗なのくれるんじゃないの! 汚い」
だろうと思った。
「だったら、ほれ」
俺は自分の買ったお土産の中から一つ湯飲みを取り出した。
「怒られるかもしれないけどこれ使って飲め」
「いいの?」
良いも悪いもこうでもしないと観光客の前で「汚いから新しいの持ってなさい」とか言われたら大変だからな。
「いいから」
俺は湯飲みを光道寺の手にしっかり持たせた。
「…ありがとう」
光道寺が小さくそう言うと俺の先を歩いた。
「はいよ」
全く、世話のかかる女だ。
「列に並ぶか」
「うん」
俺と光道寺は列に並んだ。俺の渡した湯飲みを大事そうに持ちながら嬉しそうに笑いながら列に並んでいた。
それから数分、俺達の番が来た。
「ほれ、本当はこの杓で水を掬って飲むんだよ」
俺は一つ杓を持って言った。
「汚くないの?」
嫌そうな顔で光道寺は言った。まぁ何もしなければ汚いな。
「ほれ、ここを見ろ」
俺は杓を取り出した場所を見せた。
「紫外線消毒?」
紫外線消毒と書かれた看板を見ながら光道寺は言った。
「そう、だから一応綺麗っちゃ綺麗なんだよ。まぁお前の場合誰かが口に付けた物を使いたくないってタイプだろうけどな」
俺はそう言って水を杓に入れて言った。音羽の滝は上から水がこちらに落ちてくるのを杓で掬ってそれを飲む物なんだがそれぞれ滝によって御利益が違う。
「お前はどれを飲む?」
俺は恋愛運と書かれた滝の水を飲んだ。
「ええと…桐人と同じのを飲むわ」
俺と同じ恋愛?
「なんで?」
「それは…ええと…」
光道寺は顔を赤く染めて押し黙った。
「そっそういう桐人はなんで恋愛なの?」
俺に振ってきたか。
「俺は、単純に良い出会いがあるようにってな」
「あるじゃない良い出会い」
まぁこいつの事だ。こいつと出会えた事が良い出会いとか言いそうだな。
「そうかい。ほれ、湯飲みを貸せ」
「え? うん」
俺は光道寺から湯飲みを受け取ると杓に入れた水を流し込んだ。
「ほれ」
俺は湯飲みを光道寺に渡した。
「あ…ありがとう」
「おう」
俺は再度同じ水を掬って今度は味わって飲んだ。
「うん、うまい」
水は良い感じに冷えていた。
「うん美味しい」
光道寺も水を美味しそうに飲んだ。
「さて…あんまりここで喋ってると後ろに人たちに怒られるから行くぞ」
俺は光道寺の手を引いて滝から離れた。
「ってまだ飲んでるのか?」
滝から離れた時俺は光道寺の湯飲みを見てそう言った。水はまだ半分も無くなってなかった。
「べっ別に! 少し量が多かっただけよ」
そう言うと一気に水を飲み干した。
「はい! ありがとう!」
俺は光道寺から湯飲みを受け取った。光道寺の顔が少し不機嫌に見えた。やれやれ…。
「おい、光道寺」
「何?」
俺は光道寺にさっきの湯飲みを手渡した。
「やる」
「え?」
俺は渡すと無言で前を歩いた。誰かにプレゼントとかするのは初めてだった。前の彼女にもしたことなかったことだ。
「いいの?」
不思議そうに光道寺が言った。
「ああ、どうせ。友人にやるつもりで買ったからな。誰が貰っても問題はない」
「そう、それにしても安っぽいプレゼントね」
光道寺がクスッと小さく笑った。まぁそこら辺で買った安物だからな。
「けど、嬉しい」
「そうかい」
俺も小さく笑って
「さぁ行くぞ」
「うん」
俺と光道寺は清水寺を降りた。
「そう言えば、もうこんな時間か」
俺は腕時計を見た。すると時間は午後六時を刺していた。
「さて、解散しますか」
俺は大きく伸びをして空を眺めながら言った。
「え? 解散? まだ六時よ?」
「悪いな。もうホテルと出ないとまずいんだ」
これでやっとこいつから開放される。楽しかったが、こいつの我侭に付き合う正直疲れる。
「なら、また明日会いましょ!」
逃がさないと言う顔だな。
「ねぇよ。つか、合う理由が無い」
「あるじゃない。私達は友達でしょ?」
友達か…まぁ今日一日でかなり仲は良くなったかもしれない。けど、まだどこかでこいつを友人にしたくないと心が言ってる。
「光栄でしょ? 私みたいに容姿端麗で」
胸はないけどな。
「頭脳明晰」
発言は子供じみてるけどな。
「才色兼備って言葉がぴったりな私が友達なんだもの」
才色兼備? どの辺りを見ればそう見えるのだろうか?
「って何よその顔は!」
光道寺は俺の顔を見てかなり不満そうな顔をした。
「何ってそのままの意味だが? 悪いが俺のお前に対する評価は低いからな」
「低! なんでよ! ここまで完璧な女性いないでしょ」
「お前が最高ならもっと最高な女は腐るほどいる」
俺は切り捨てるように言った。
「まぁ、最高じゃないけど最低ではないな」
俺は付き足すように言った。
「それってどういう?」
「自分で考えろ。さて、俺は行く…もう二度と会わないだろうけどな」
俺は光道寺から離れるように歩いた。これでこいつとの時間も終わりだな…何か寂しい気もするが。
「会わない? 何言ってるの?」
「何ってもう会う事はないだろ? 俺と住んでる所とお前の住んでる所は違うからな」
何か可笑しな事を言っただろうか? ってしまった! こいつは普通じゃなかった。
「そんな問題? なら私があなたの家の近くに住めばいいだけの話じゃない」
「着いて来る気か?」
「勿論!」
…災難は続きそうだ。
「そう言えば桐人ってどこに住んでるの?」
「兵庫」
「なら近くね。隣に引っ越すからよろしくね」
本当に災難だ…まぁいいか。
完
キャラ紹介
米村 桐人 (よねむら きりひと)
本作の主人公。ひょんな事から光道寺とお見合いをさせられる。普段一人旅をしているが、今回は友人と京都に行く予定の所だった。今はフリーターだが元自衛隊員で力はなかなかある。だが、執事の山田には敵わなかった。性格はめんどくさがりで真面目、面倒事が転がり込んでくるとそれを避けて行こうとする傾向にあるが、必ずと言う確立で巻き込まれる。光道寺の事は少しながら興味引かれているが本人は完全否定している。
光道寺 桜花 (こうどうじ おうか)
本作のヒロイン、光道寺グループのご令嬢。娘を心配するあまりお見合いを無理やりさせられた。今はお嬢様大学の学生をしている。性格は自己中心的で傲慢。米村との出会いである程度は緩和された…かな? っというレベルでマシにはなっている。米村に好意を抱いてはいるが米村には断られている。