家庭にて
「朝ご飯の用意ができたわよ」
女性が木製のテーブルの上に料理を並べている。二人分のパンやサラダ、スープなどが置かれ、茶色一色だったテーブルの上は色鮮やかになった。部屋全体には、食欲をそそる良い匂いが漂っている。
「今行くよ」
食卓部屋西側のドアの向こうから男の子の返事が返ってきた。やがて少年が現われた。顔立ちはまだあどけなさが残るものの、背丈はずいぶんとある。もうすでに着替えたのか上下とも服は整っていた。少年は、料理が並べられたテーブルまで真っ直ぐ来たが、そこからは慎重に手でイスを探し、見つかると勢い良く引いて座った。
「いただきます」
少年は元気いっぱいにそう言うと、右手側に置いてあるフォークの柄を掴んだ。しかし首を傾げ、左手の指先でフォークの先端に触れると、それを元あった場所に置き、スプーンの柄に持ち替えた。また指先で確認すると、今度はスープに手を伸ばそうとした。
「ちょっと待ちなさい。お祈りしてないでしょ」
「したよ。心の中で」
「ちゃんと声に出して言いなさい」
「はいはい。わかりました」
「なんですかその態度は。私達が今こうして生活できるのは、」
「わかってる、わかってるって。学校で毎日散々聞かされてるから」
少年は強引に話しを切って、右手にスプーンを持ったまま何かを唱え始めた。そしてそれが終わると左手でスープが入っている食器を持とうとした。しかし人差し指がお皿に激突してしまった。
「いってぇ~」
「そんなに急がなくてもスープは逃げませんよ」
「今日はいつもより卵一つ分手前に置いてあるよ」
「そんなの知りません。だいたいのお皿の配置は守ってるでしょ」
「それにスプーンとフォークの位置がまた逆だったよ」
「あら、それはごめんなさい。急いでると、ついね」
少年はもういちどスープのお皿に手をのばした。今度は慎重にゆっくりと。
少年は食事を終えると部屋に戻った。しばらくするとリュックを背負って出てきた。そして、そのまま玄関へと向かった。しゃがんで自分の靴を探し当てると、足を入れ、靴ひもをきつく縛った。用意ができると立ちあがり、ドアの横に立てかけてある黄色のスティックを右手に持った。
「危ないから、ちゃんと歩いて学校に行くのよ」
「わかってるって。じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
少年は勢い良くドアを開け、出て行った。